十八、空
意外にもこの【灯篭】の街で受ける依頼は街中が多く遠出をするというのは稀なことだった。
それこそ列車を使うのは焔羅の一件以来。
久しぶりの遠出に刃は少しはりきっていた。
囀哩経由の依頼ということで報酬目当てもあるが。
「おし、行くか」
「はい。頑張りましょう」
「お二人とも気を付けて。何かあればすぐ連絡をください」
焔羅は留守番だ。今までは遠出の際仕方なく事務所を無人にしていたが今は焔羅がいる。
事務処理などの雑務や不在時に入ってくる簡単な護衛任務などを任せられる。
助かる。
「頼むな、焔羅」
「焔羅さんも何かあればすぐ連絡してください。飛んで帰ります」
「ふふ、ありがとう」
そして二人は列車に乗り目的地へと向かった。
今回の任務の場所は東方の小さな街【秋雪】。
移民で作られたというこの街では二つの部族に分かれての諍いが多く、少し前とうとう死者が出たということでそれを収めるべく要請がきた。
「つってもどうすりゃいいのかいまいちわからんよな」
「そうですね。いきなり部外者が来て争いを止められるなんてとても思えません」
「だよな。まあ協力者がいるってことだからとりあえず話を聞くか」
依頼主は今街を収めている白鷺という男だった。
争いの原因や望む結末を聞いた上で力になれることがあれば良いのだが。
着いた街はひどく静かだった。
ちらほら人影は見えるがほんのわずか。街というよりは廃れた村のような印象だ。
「第一村人を発見したいところだな」
「刃さん真面目に」
いたって真面目なのだが。
「取り合えず教えられた場所に行くか。えーと」
事前に貰っていた街の地図を取り出す。雑にココと丸印が書かれた建物に向かうことにした。
そこはこの街の中でも大きい建物だった。街長が住んでるといわれても納得できるほどだ。
扉をノックすると中から声がした。
「合言葉は」
「…あ?」
「え…」
知らん。そんなこと聞いてないぞ。
一瞬焦ったが考えてみれば素直に答えればいいのだ。刃は普通に名乗ることにした。
「俺たちは傭兵だ。白鷺という男の依頼でやってきた」
「傭兵?」
中で何やら話し合う声が聞こえる。
事前に打ち合わせくらいしとけよ。
「入れ」
扉が開いた。
中は広い部屋だった。一階部分がまるまる一部屋になっているらしく、家というよりは集会場というほうがしっくりきた。
そこに数人の男たちが集まっている。
「お前たちか。囀哩さん紹介の傭兵というのは」
「ああ、俺は刃。こっちは守風」
「刃に守風だな。俺は白鷺。依頼を出した者だ」
「ああ、よろしく頼む」
「早速だがこの街の現状を説明する。この秋雪の街は移民で作られた街だ。大きく分けて二つの部族が共存している」
その辺りは事前に聞いていたことだ。
「俺達北方からの移民、色と南方からの移民、天。小さな意見の食い違いや諍いなんかは今までもあったが、最近それが肥大化してきた」
「話は少しだけ聞いてる。死者が出たとかなんとか」
「ああ。そうだ」
白鷺の顔が曇る。
「お前たち側にでたのか?」
「いや、天の方だ。だが仕掛けてきたのは奴らだ。正当防衛ともいえる犠牲だった」
「正当防衛ね…。で?争いが肥大化した理由は?」
「俺たち側から仕掛けることなんてない。戦力差が大きすぎて勝てる見込みがないからな。天は自分たちの領地を広げようとしているんだ」
「領地が分かれてるのか?」
「ああ、明確にではないが昔から双方納得の上で田畑や住む場所なんかを平等に分けてきた」
「何故天の方々は領地を広げようとしているんでしょうか?」
黙って聞いていた守風が疑問を口にする。
「そんなことは知らない。本当に突然襲い掛かってきたんだ」
「突然か」
考え込む。がこちら側の話だけを聞いて答えが出るとも思えなかった。
「で、俺達にしてほしいことはなんだ?」
その言葉に全員が黙りその場がしん、となった。
「なんだ?」
「……」
守風は何か気づいたのだろうか。鋭い視線を白鷺へと向けていた。
「お前たちへの依頼は…」
言い淀む白鷺。だが意を決したようにこちらを見ると告げる。
「天の棟梁、継代空破を殺してほしい」
話を聞いた後、滞在中泊まる場所としてその家の上の階の部屋に案内された。
二人は向かい合って考え込む。
「うーん、まさかそっちの依頼とはな。事前に言ってくれりゃ受けなかったのに」
列車代は依頼主から出るとはいえここまで来た時間の方が無駄だった。
殺しの依頼は受けない。守風の為に刃はそう決めていたからだ。
「帰るか、守風」
「少し待って下さい」
実はそう言うとは思っていた。
「だよな」
「はい、まだ天の方の話を聞いていません。本当に殺す必要があるのかもわかりません。もっと別の解決方法があるかもしれない」
守風の気持ちもわかる。ある程度足を突っ込んだ状態で依頼を放棄するのは刃も気持ち悪かった。
「とするとなんとかあっち側にもコンタクトできるといいんだが」
その時ーーー
「!」
守風は突然窓を開けると飛び出す。そして次の瞬間キーンと刀がぶつかる音が聞こえた。
「な、なんだ!どうした守風!」
窓から身を乗り出し下を見るとそこには身の丈ほどの大きな刀(と呼んでいいのかわからないくらい大きい)を持った男が守風と刀を交えていた。
数戟打ち合った後、互いに距離を取り守風の方が問いかける。
「あなたは誰ですか?天の刺客ですか?」
「……」
男は黙ったままじっと守風を見つめる。
「…お前は…なんだ?」
「人間です。私の質問にも答えてください」
「……白鷺に雇われてきたのなら立ち去れ」
それだけ言うと男は走り去っていった。
「待っ!…行ってしまいました」
刃も下に降りた。
「どうしたんだよ。守風。急に刀抜くからびびっただろ」
「刃さん、すみません。とても強い殺気を感じたので」
「殺気?あいつから?」
「はい。一体誰だったんでしょう」
「うーん」
刃達は最初に訪れた建物の二階部分に泊まらせてもらっていた。ということはーーー
「天のやつとしか考えられないよな。敵打ちか?」
「そうですよね。でも…」
「?」
「いえ、なんでもありません。戻りましょう」
現時点ではわからないことだらけだ。しかし毎晩こうして襲われるようならおちおち寝てもいられない。
守風がいるから刃は大丈夫だろうが。白鷺たちはもうずっと本当の意味で休まってはいなかったのだろう。
(だから終わらせる為に依頼した…のか?)
翌日朝から物騒な話を聞くはめになった。
継代空破の暗殺計画だ。
「はあ…」
「刃さん」
守風に軽くこずかれ姿勢を正す。しかし朝から聞きたい話では全くない。
「基本的に実行はお前たち二人にやってもらうことになる」
「まじか」
「刃さん」
少し強めにこずかれまた姿勢を正す。
「それが仕事だろう。俺達では恐らく継代空破は倒せない。だから腕利きと言われる傭兵を紹介して貰ったんだ」
囀哩め…。
「そんなにお強いんですか?」
「ああ、この街最強の戦士だ」
「最強ね…嫌な言葉だ」
守風が強いのはわかるが下手したら怪我をしないとも限らない。
そうなるくらいならばやっぱり帰ろうかなんて考え始める刃。
「その方がいたのに被害はあちら側にあったんですね」
「…ああ、どうやら継代のいない間に天の若者たちが勝手に行動したらしい。その結果あのようなことになってしまった」
「血の気の多そうな連中なんだな。あちらさんは」
「そうだな、元々戦闘民族だったというのもある」
「なるほどな」
戦闘民族か。今までよくこの街のパワーバランスが取れていたなと思う。
「継代は毎晩自分たちの領地の見回りをしているんだが、最近はこちらの領地にも入り込み我々を見張っているようなんだ…。襲ってきたことは無いが恐ろしくて眠れない者もいる」
白鷺の顔色は昨日同様悪い。睡眠不足なんだろう。
「だから見回りが終わり奴が家に戻る朝方。そこを狙ってもらう」
「眠くて気が緩んでるとこってことか」
「そうだ」
卑怯だな。
正直なところいくつか気になる部分はある。こちら側の話しか聞いていないうちは恐らく解消されない。
ならば自分たちで情報収集するしかないだろう。




