十七、祭
「祭り?」
「ええ折角ですから息抜きにどうかと」
刃は事務所を一度出ると空を見上げまた戻ってきた。
「なんです?」
「いやお前が俺を気遣うなんて雨でも降んのかと」
ぴしっと何か焔羅の周りの空気が割れる音が聞こえた。気がする。
「雨なんか降ったら使えない人間が出るでしょう。誰がそんなことしますか」
「使えないとかいうな。傷つくだろう。俺の陶器の心が」
「なら早々に砕いて新調してください」
「……」
「……」
「わー!お祭りって私初めてです!」
横から全く邪気の含まれない声が聞こえた。
「…そうか」
「…それは…行きましょう」
「はい!」
守風の笑顔に弱いこの二人は気持ちを改め祭りに聞くことを即決した。
素直に焔羅の気遣いを受け取れない自分にまだまだ子供だなと思う。
本当に息抜きにと提案してくれたのだろう。まあ自分が見たいというのもあるだろうが。
ここは好意に甘えることにした。
祭りにはやはり、というよくわからない理由で浴衣を着る刃。しかし着方がわからず守風に手伝って貰う。
「考えてみりゃ守風はいつも着物みたいな服だよな」
「はい。そうですね。厳密には動きやすさを重視しているので違いますが、浴衣とか着付けはできますよ」
そう。守風はいつも着物のような服を着ている。襟の合わせや帯、袖などはまさしく着物のそれだ。ただ下は丈が短くスカートのようになっている。
その辺も礎という古く由緒ある家系故なのだろうか。
と守風に浴衣を着つけられながら刃は思った。
「お前の家じゃ皆いつも着物なのか?」
「そうですね。着物です」
「そっか」
いつか出会った守風の兄貴も着物のようなものを着ていた。
「はい、できました!」
後ろで帯を締めた守風が刃の前に周りこみながら言う。
「刃さん、似合いますね」
満面の笑み。たとえ社交辞令だったとしても嬉しい。
「あー、そうか?こういうの着るのは初めてだがなんだ…ありがとう」
「ふふ」
次に焔羅の着付けを終え、三人は祭りへと向かった。
一年に一度、三日間海沿いの大通りで行われる燈篭祭。
元々人口が多い街ということと、地方からも海を越えた向こうからも観光で来る人が増える為、混雑していた。
それはもう死ぬほど。
「ぐお」
本日三度目の衝突に体がよろける。
「刃さん、大丈夫ですか?」
「お、おお」
守風と焔羅は全く人にぶつかっていない。これは日ごろの鍛え方の問題なのだろうか。
「風を少し纏うといいかもしれません。ほんの少しです」
「ほんの少し…。ってそりゃずっとはさすがに難しいな。俺コントロールは苦手なんだって」
「でしたら」
守風は刃の手を握った。
「!?」
「私が纏っている風を少し分けます。暑くて嫌かもしれませんが手を握っていてもいいですか?」
「あー…」
「すみません、嫌なら…」
と離れようとする守風の手をぐっと掴んだ。
「いや、いい。頼む守風」
「はい」
なんだかじれったいような甘酸っぱいような空気に後ろで見ていた焔羅は苦笑する。
一通り屋台を見て歩いた。
守風のおかげで手を繋いでいる間は人にぶつかることはなかった。有難い。
林檎飴、杏子飴、綿飴、かき氷、お好み焼き、焼きそば、じゃがバター。
食べた。とにかく食べた。特に揚げもんじゃというのが美味しかった。
そして射的、金魚掬い、ヨーヨー釣り、千本引き、輪投げ。
遊んだ。とにかく遊んだ。
型抜きは意地になり焔羅に本気で怒られるまで机にかじりついて夢中になっていた。
最後はーーー
「花火?」
「ええ、お祭りの期間中は三日間毎日上がるそうです。そろそろ時間かと」
三人は花火が見える場所まで移動することにした。
「しかし、人すげーな」
「はい。やっぱり皆さん花火好きなんですね」
「一年に一度ですから。それにこの季節の風物詩でもあります。これは見なければ」
いつになく浮かれた様子の焔羅。
「浮かれてはぐれるなよ」
「そうですね。私は手を繋いでいないのではぐれるかもしれません」
からかうように言われる。
「てめ…っと!」
急に人波が押し寄せてきた。
庇うように守風の手を引いて自分の後ろにやるが、焔羅に伸ばした手は届かなかった。
「焔羅さん!」
「大丈夫です!二人は先に行ってください!後で合流しましょう」
遠ざかりながらもそんな声が聞こえた。
守風がそれでも焔羅を探しに行こうとするが、人ごみにまた遮られる。
「…っ」
「守風。大丈夫だ。あいつもガキじゃねーし。多分適当な場所で花火見るだろ。楽しみにしてたし」
「でも…」
「ほら、行くぞ」
刃はまだ迷っている守風の手を引いて花火の見やすい位置に移動した。
人波に身を任せながら焔羅は、
(上手くいきましたね)
と思う。
折角の祭りだ。たまには二人にしてあげた方が良いだろう。
しかしちょっと流されすぎたかと人波をかき分けようとしたが大きめの男にぶつかりよろめく。
「!」
倒れると思ったその時ーーー
「大丈夫?」
支えるように背に当てられた手と、聞き覚えのある声。
「疏鉄…さん?何故…」
「いいからこっち」
手を引かれ雑踏から離れたところにあったベンチに腰掛ける。
「助かりました。でも何故ここに?」
「ん?そりゃ焔羅の綺麗な浴衣姿が見れると思ったから」
「花火と一緒に飛ばして差し上げましょうか」
「いやいやそれは勘弁。でも、似合ってるよ」
一瞬、ほんの一瞬真面目な顔をされ心臓に響いた。
まるで本心のように聞こえてしまった自分を悔いる。
「そういうのはいいですから。いい加減本当のことを言ってください」
「本当だって。目的の一つではあった」
「では他の目的は?」
疏鉄は答えず空を見上げる。
丁度最初の花火が打ちあがった。
刃と守風はなんとか見やすい場所を確保し並んで座る。
「焔羅さんも見れる場所にいるでしょうか」
まだ心配する守風。
「大丈夫だって」
「…はい」
きっと仕組んだんだろうと思っていた刃はたいして心配はしていなかった。
それにしても任務以外で二人になるのは久しぶりだななんて考える。
「なんだか、こうして二人なのって久しぶりですね」
同じことを思っていたことに嬉しさを感じる。
「そうだな」
人ごみから離れたのに手は繋いだままだった。離すタイミングがわからなかったし、なんとなくこのままでいたかった。
するとーーー
ドーンと大きな音と共に花火が打ちあがる。想像以上に大きな音と迫力に驚いた。
「こりゃ…」
「すごいですね…」
数年この街で暮らしていたがこんなにちゃんと見たのは初めてだった。
「惜しいことしてたな」
「花火ですか?」
「ああ。毎年この時期は見物客の財布探したり迷子案内してたからな」
遠い目をする。
「な、なるほど。人多いですもんね」
「警備隊の補佐要員だな」
「刃さんは、どうして傭兵の仕事をしようと思ったんですか?」
唐突に守風が疑問を投げかけてくる。なかなか困る質問だった。
「ん?うーん、そうだな。…正直最初はお前みたいに人を救いたいなんて大義名分とか情熱ってのは
無かったんだ。弱かったしな」
「……」
力の無いものが誰かを救おうなんておこがましい。昔の刃はそう思っていた。
「俺はただ恩返しをしたかった」
「恩返し?」
「ああ、露李と今は街を離れてるあいつの相棒に」
「それは…」
「最初に俺を見つけて助けてくれた…だから俺はあの二人の力になりたかった」
「見つけた…?とは」
頭の中に霞がかかる。
あの時のことははっきりとは覚えていない。
見つかったとき意識は朦朧としており、覚えているのはあの二人の驚いた顔と、水…そして凍えるような寒さ…あとは真っ黒な…。
「…んさん!刃さん!」
「っ!」
ハッとする。いかんトリップしていた。
「ああ、悪い」
「いえ。その…すみません。嫌なことを思い出させてしまいましたか?」
「いや。嫌な思い出ってわけじゃない。そもそも思い出ってほど何も覚えてないっつーか」
「もういいです。聞いてしまってすみませんでした」
「お前が謝ることなんて何もない」
けれど、思い出したくないという気持ちも確かに刃の中にあった。
一体何を思い出したくないのだろう。
「露李さん相棒という方。会ってみたいです」
守風が話題を変えようとする。
「あー。あいつの相手ができるくらいにはぶっとんだ奴だよ。あと暴力的」
「ふふ。ますます会ってみたくなりました。刃さんのその顔を見て」
どんな顔をしていたのかは聞きたくなかった。なんとなく笑っていた気がしたからだ。
花火の打ちあがる数が増えてきた。
いよいよ終わりに近いらしい。
いつの間にか繋いだ手の力が強くなっていたことに花火が終わるまで気づかなかった。
「さて、帰ります」
「ん」
花火が終わり立ち上がる焔羅。
「助けて頂いてありがとうございました。もう深くは聞きませんが、無理はしないでください」
「お?心配してくれるの?」
「さっき助けて貰った分の優しさを返しただけです。もうカラなのでこれ以上期待されるような言葉はでません」
「はは。きっちりしてるなあ」
疏鉄は伸びをして焔羅に背を向ける。
「あんまり貧乏くじばっかり引くなよ」
「え?」
「それじゃ」
疏鉄は風と共に消えた。
「……」
その後三人は無事合流し帰路についた。




