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双ツ刃のマガツカゼ  作者: 路折
第一章、出会
16/29

十六、探


「……」

「……」


流れる沈黙。


四人は取り合えず近くの喫茶店に入った。

この無礼な男には色々と話を聞かねばならない。


「で?目的はなんだ。さっさと吐け。吐かないと実力行使する」

「へえそれはそれで面白そうだな。風使いの実力に関してはお兄さんには負けてないとは思うが」

「てめえ」


(じん)が机に置いてあったフォークを握ると守風(しゅか)がそっと手で止める。


「ま、まあまあ刃さん、落ち着いてください」

疏鉄(そてつ)さんとおっしゃいましたか?本当にただの善意なのですか?」


疏鉄の隣に座った焔羅(えんら)が問う。


「勿論。手が空いてたってのも本当だよ。そこに面白そうな三人組が困っていたようだから声をかけた」

「…なかなかに信用できない理由ですね。貴方は暇な度に誰かを助けて回っているのですか?」

「だから、それも美しい女性限定だって」


じとっとした瞳を向ける焔羅に笑顔を返す疏鉄。


「ええと、すみません」


そこに守風が声を掛ける。


「今回の依頼は危険なものでもありませんし、刃さんが言った通り人手が必要な依頼です。取り合えず手伝って貰いませんか?何か怪しい行動をしたら私が対応します」

「へえ?お嬢さんが?」

「はい。お嬢さんではなく守風です。よろしくお願いします疏鉄さん」

「よろしく守風」


二人とも顔は笑顔だが油断なく探りあっている風だった。


「はあ、なんかよくわからんがまあいいか。時間もねーし。そんなに暇だってんなら死ぬほどこき使ってやる」

「おわ、お手柔らかに。それで、二人の名前を聞いても?」

「刃だ」

「…焔羅です」

「刃に焔羅ね。よろしく」


二手に分かれて猫探しを再開することとなったのだが、刃の猛反対と焔羅の提案により、刃・守風班と焔羅・疏鉄班に分かれることになった。


「私が疏鉄さんと組まなくてよかったんですか?」

「まあそれは…」


(あんな軽そうな奴と守風を二人きりさせられるか)


「焔羅でも大丈夫だろう。何かあれば知らせるように言ってるし」


すると守風は足を止めた。


「刃さん」

「ん?」

「気づかれてたかもしれませんが、疏鉄さんからは私と同じ匂いがしました」

「…それは」

「影の世界に生きる者の匂いです」



◆◇◆



焔羅は疏鉄と共に街の西側を探していた。


「見つかりましたか?」

「いや早い早い。そんなに簡単に見つかるわけないでしょ」

「助太刀を申し出た割にあまり役に立ちませんね」

「きついお言葉。いつも焔羅はそうなのか?」

「そうですね、信用できない方に対しては大体こんな感じです」

「言うねえ」


割ときつい言葉を選んで言っているつもりだが全然効いていない。

疏鉄はずっと笑顔のままだ。


「……」


それにかすかに感じる暗い気配。それは守風にも似た裏の世界の気配。

信用するしない以前にその危険な雰囲気が焔羅に気を許させない理由でもあった。


「この街には詳しいのですか?」

「ああ、もう十年以上かな?住んでるからな」

「そんなに?ではもしかして刃のことも知っていたのですか?」

「まあね、向こうは知らないだろうけど」

「それは何故?」


予想する答えはあるが、敢えて本人の口から答えを聞きたかった。


「そんなの」


疏鉄は笑顔のまま焔羅の方を向き告げた。


「日の当たらない世界で生きてきたからさ」


「……」


やはり…そちら側の人間だったか。

疏鉄は立ち上がり焔羅に体を向ける。


「私たちに近づいたのは誰かの依頼ですか?」

「はは」


笑いながら近づいてくる。


「目的は?」


さらに近づいてくる。


「止まりなさい」


疏鉄は止まらない。そして焔羅の目の前まで来ると頭の横の壁に手を付き逃げられないようにする。


「…っ」


左館の支援者かなにかか?自分達が殺したことを気づかれた?もしくは礎の?それとも刃の…


思い当たることが多すぎて色々な考察が頭を駆け巡る。だがいくら考えても結果は変わらないだろう。

このまま殺されるのだろうか。

とても逃げられる気がしない。武器を向けられているわけではないのに目の前の男からあふれ出る

黒い気配が焔羅の体を縛り動けなくさせていた。


だがーーー


「ふ。ははっ」

「!?」


疏鉄は笑い出す。


「想像以上に可愛い顔するから止められなくなっただろ」

「な…」

「何も無いよ。本当に。ただ興味があって声をかけただけだ。あの(いしずえ)の少女に」

「!知って!?」

「まあ、オレも同じ世界の住人だからね。けど危害を加える気はない。誓って。表の世界で生き始めた彼女と話してみたかっただけだ。あとはまあ、オレも猫が好きなんだ」

「……」

「信じられない?」

「いえ…そうですね…」


ここでまだ疑いの目を向け続けるなら殺されるのだろうか。それほどさっき向けられた空気は恐ろしかった。


それでもーー


「…でも今の言葉が真実であれば良い…とは思いました」

「そっか。それじゃ、ま。猫、探すか」

「はい」


守風と同じ、とはいえこの男は纏う気配が全く違う。まるでその存在自体が全て影に染まっているような気がした。

もう、元には戻れないほどに。


まだ信用にたる人物かはわからないが、問い詰めても正体をあかしても自分が殺されていないところを見ると、


(少なくとも今は危険ではない)


刃ならそれでいいかと仕事を手伝って貰うだろう。

焔羅はそこまで軽く考えることはできないが…しかし今はその言葉を信じ手を貸してもらうことにした。



◆◇◆



刃と守風は街の東側を探す。


「それは…大丈夫なのか」

「大丈夫で無いと思ったら私がなんとしても疏鉄さんと組んでました。でも、日陰に生きていたものが日向に出てきたような、そんな感じもしました」

「お前と同じ…か?」

「はい。勿論理由は私とは違うでしょうが。案外本当に困っていたから助けてくれたのかもしれません」

「そんな奴には全くみじんも見えなかったが」

「ふふ。でもきっと…悪い人じゃないですよ」

「お前が言うならそうなんだろうな。わかった。けど用心はするぞ。俺は」


守風の手に口づけしたことは全く許せていない。そこはきっちり用心しなければ。



◆◇◆



結局猫は見つかった。

依頼人の家の中で。


「…灯台下暗し」

「というよりは一度外に出て戻ってきたのでしょう。私が昔飼っていた猫もそんなことを繰り返していました」

「焔羅さん猫飼ってたんですか?」

「ええ、海羅(かいら)が…妹が好きで」


なるほど。依頼を受けた理由はそれか。ならば言ってくれればよかったのに。


「ほんと意地張るよなお前」

「?」

「いや」


刃は疏鉄へ向けて言う。


「で、本当に報酬はなしだぞ。俺達も結局依頼人が自分で見つけたってんで報酬減らされたんだ」

「わかってるわかってる。いらないって。オレそんなに金に困ってないし。それより手伝いができてよかったよ」


と笑顔の疏鉄。


「うおー嘘くせー」

「いやいや。失礼な奴だな」

「でも本当に疏鉄さん、手伝っていただいてありがとうございました」

「ん」


何か目で会話をしているような二人の間に刃は割って入る。


「はいはいはい。じゃ任務完了ってことで。帰るぞ守風。焔羅」

「はい」

「ええ…」


「またな。焔羅」


とすれ違いざま焔羅は疏鉄に声をかけられたが何も答えず通り過ぎる。


しかし何か気になり最後に一度だけ振り返る。

だがそこにもう疏鉄の姿はなかった。


◆◇◆


夜。事務所一階の椅子に座り茶を啜る焔羅。

昼間の疏鉄のことを考えていた。


(本当の目的は一体…)


「なんだ、まだ起きてたのか?」


風呂から上がったらしい刃がやってきた。


「ええ。少し気になることがあったので、お茶を飲んでから寝ようかと」

「疏鉄か?」

「…ええ。刃はどう思いましたか?」

「俺?んーそうだな…」


冷蔵庫から飲み物を取り出し口にしながら考え込む。


「守風に近づけてはならんってこと以外は、特に何も」

「そんな楽観的な」

「考えてもよくわかんねーしな。俺は俺と仲間たちに危害を加えなきゃなんでもいいよ。守風も悪い奴じゃないっつってたし」


自分にはできない刃のこういう考え方が羨ましい。


「守風が?」

「ああ。自分と同じ匂いがするって。でも大丈夫だろうって」

「そう…ですか。守風が言うならそうなのかもしれませんね」

「そうなんだろう」

「……」


言葉ではそう言っても納得できないのが人間だ。また会った時どう対応したものかと悩んでしまう。


「まあ…なんだ。考え込みすぎるなよ」


刃は明後日の方を向きながらいう。気を使われているのだろうか。


「気になって仕事にならないっつーなら、気晴らしに猫でも飼ってやるから」

「え…」

「妹がー、なんて言ってたけど、お前も好きなんだろ?猫」

「あ」


気づかれていたらしい。変なところが鋭い。


「ほんと長女気質だよな、お前って。じゃあおやすみ」

「おやすみなさい」


(ありがとうございます。刃)


不器用な気の使われ方が、今は嬉しかった。



◆◇◆



新月の夜。

街を一望できる屋根の上。

眼下の街並みが光で溢れる中、その男は無表情で深い闇の中に佇み、その光景を見つめていた。

そこに訪れる一筋の風。男はその風に問いかける。


「お前は、今の選択に後悔はないか?」

「ありません。私は私の意志でここにいます」

「そうか」


風が人の形をとる。少女の姿を。そして男に告げる。


「疏鉄さん。私にはあなたが何を選ぼうとしているのかわかりませんが、自分が望む道を選択すべきだと思います」

「……」

「もし何か助けが必要なら、私も力を貸します」


疏鉄は守風へと顔を向ける。その顔には昼間に見せた笑みが貼り付けられていた。


(いしずえ)の力を借りられるなら百人力だね」

「やはりご存知でしたか」

「そりゃ。こんな有名人知らないわけが無い」

「嫌な有名になり方をしていますね。私」

「けど一目見た時は気づかなかった。あまりにも光に溢れていて」


笑みを消し真っ直ぐに守風を見つめる。


「…私には不似合いですが」

「そんなことはないさ」

「眩しすぎます」


苦笑しながら守風は一歩疏鉄に近づく。


「もし何かに縛られてそこから抜けられないのであれば…力になります」

「…お見通しか」


今度は疏鉄が苦笑する。


「殺しはできませんが、多少はお役に立てるかと」

「いや、それ目当てで近づいたわけじゃないんだけど…」

「疏鉄さん。貴方は貴方の望むことをすべきです。私が刃さんにそう教えてもらったように」

「刃に。なるほどそういうことか」

「はい」

「はは、羨ましい」


笑いながらも疏鉄は何かを考えるような顔をする。

守風はそれをじっと待った。


「…もしかしたら力を借りるかもしれない。その時はーーー」

「喜んで」


間髪入れず笑顔でそう返す守風。


「ありがとう」


疏鉄はそのまま闇に溶けるように屋根から飛び降りた。

守風はその闇をただじっと見つめ、これから訪れるかもしれない影の気配に身を委ねた。

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