十五、猫
「なんだってこんな依頼受けたんだよ」
本日の依頼と書かれた書類を睨みながら刃はその提出元、焔羅に向けてそう言った。
「困っていたからです」
「誰が」
「その依頼主が」
「そりゃそうだろうな」
「……」
「……」
「あの、刃さん。いいじゃないですかたまには。私猫好きです」
いつも通り見かねた守風が仲裁に入る。
「けどなあ報酬がだなあ」
「でしたら結構です。今回は私一人で行きます」
「え?おい、えん…」
焔羅はそのまま出て行ってしまった。
「…珍しいですね。あんなに感情的になるなんて」
「まあ、なんかあるんだろ。猫に思い入れが」
しかし何も言わずに出ていくというあの性格は直した方がいいと思う。出会った時から思っていたが、一人で抱え込みすぎるのは問題だ。
「私行ってきます」
守風が立ち上がる。
「いや待て、俺も行く」
焔羅が請け負った依頼とは、とある少女からの猫を探してほしいというものだった。
以前の戦えない刃ならこういった小さい仕事も請け負っていただろうが、今は違う。
経営的な理由と焔羅の妹のこともあって基本的には傭兵としての報酬の良い仕事のみを請け負うようにしていた。
そして反対した理由はもう一つ。
猫探しと言っても現実的に考えてこの街で一人で猫を探すなんてことは不可能だ。とにかく広い。ばかみたいに広い。
数年この街に暮らしている刃でさえ全ての地区を把握できていない。
ならばなおのこと、この街にやってきたばかりの焔羅では探しきれないどころか最悪迷子になりかねない。
「あいつの捜索願を出すのは御免だ」
守風は苦笑しながら「では行きましょうか」と言った。
焔羅はすぐに見つかった。
事務所から少し離れた細い路地でかがんで何かを探している怪しい女の後ろ姿。
「焔羅さん!」
「!守風…それに刃も」
「私も一緒に探します」
「ですが」
「依頼人の女の子が困っているなら放っておけません。それにさっきも言いましたが猫、好きなんです」
守風が笑顔を向ける。それに焔羅は申し訳なさそうに困った笑顔を見せ、そのあと刃に視線を向けた。
「……」
「……」
「…単純に考えても人海戦術の方が効率がいいだろ。お前が迷子になってミイラ取りがミイラになるのも困るしな」
「ありがとうございます」
と焔羅はまた困ったように笑った。
とはいえ、だ。
依頼人である少女の家の近辺の路地をくまなく流してみたが…見つからない。
「当然ちゃ当然か。この辺は探しつくしてるだろうしな。範囲を広げるか」
「そうですね。守風、風で何か気配を感じませんか?」
刃と焔羅とは別に屋根に上がり風を読んでいた守風に焔羅が問う。
「うーん…猫のような小さな気配はなかなか掴みづらいですね…それにこの街には猫、沢山いますし…」
と屋根から飛び降り軽やかに着地した守風が答える。
「だよな」
どうしたものか。
情報は情報屋だろうか。
「あんま期待はできんが露李のとこ行ってみるか」
「はい」
「ええ」
意外なことにその日露李の店は閉まっていた。
「あ?まじか。珍しいな」
「そう、ですね」
最後の頼みの綱が切れいよいよ途方に暮れつつあった。これは一日中街を歩き回ることを覚悟しないとか…。
そこに声がかかる。
「何かお困りかな?」
「?」
視線を向けた先にいたのはいつか露李の店の前で見かけた男。
白い髪に長髪、おまけに端正な顔立ちをしているところに刃の胸に若干の苛立ちが生まれる。
「いや、困ってない」
「大丈夫です」
なんとなくの胡散臭さを感じたのか焔羅も刃に続き即答する。
守風は何も言わずじっと男を見ていた。
「即答か。ひどいな。良ければ力になるのに」
「初めて会ったよくも知らない人間に助けを求めるほど困ってはいないって意味だ」
「なるほど。じゃあ自己紹介でもすればいいのか?」
「それを信じろと?」
焔羅は疑いの目を向ける。
「そんなに熱い目を向けないでくれよ。美しいお嬢さん。オレはただ女性たちが困っているようだから声をかけただけだ」
本当にそんな歯の浮くような台詞を言うやつがいるのかと刃は背筋がぞわっとするのを感じた。
「お前暇なのか?報酬は払えないぞ」
正確に言うと払いたくない。断じて嫉妬ではないがかっこいい顔というのを見るとなんだか腹が立つ。
「はは、確かに時間はある。報酬もいらない。だから…」
その男は先ほどから何も言わない守風の前にやってきてーーー
「力にならせてほしい」
その手を取り甲に唇を落とした。
「……」
「……」
「…死ね」
刃が低く呟き男に向けて風を放つ。
焔羅が庇うように守風を抱きしめ甲をハンカチで拭いた。
だが、刃の放った風はかき消される。同じく放たれた風によって。
「な…」
「自己紹介が遅れたな。オレは日向疏鉄。風使いの傭兵だ」




