一、刃
神風というものがある。
この世界においてそれは、最も強きものに与えられる神からの力とされていた。
だが実際噂こそありはすれど誰にその力が与えれているのかは定かではなく、人々は面白半分で噂話をする程度だった。
強さとはなにか?そんなことは誰にもわからない。心なのか、力なのか、はたまた人では持ち得ない何か…。
そんなとりとめのない傭兵たちの話を隣のテーブルで聞き自分のひもじい食事をつつきながら刃は深い溜め息をついた。
「はあ…」
最強だの神風だのそんなことはどうでもいい。刃の頭を悩ませているのは目下の借金のことだけであった。
便利屋として色々な街を転々とし、資金を稼ぎ、ようやくこの商業都市【灯籠】で店を構えたところまでは良かった。
ところが…仕事がない…。
いや、正確に言えば仕事はある…あるのだが原因は自分にも大きくある。
便利屋と歌ってはいるが主にくる仕事の依頼は商業都市ということもあり護衛や深いところまでいけば暗殺などだ。
そしてまあ、なんというか、刃は弱かった。その結果店を構える際足りずに借りた金を返せずにいた。
「…なんで荒仕事ばっかりなんだよ、畜生」
本日何度目かの溜め息をついたあと刃は立ち上がり店を出る。そしてここ最近で唯一ありついた仕事を請け負うべく目的地へと向かった。
「やぁ、相変わらず辛気くさい顔してるねぇ」
いつも世話になっている【つゆりのお仕事案内所】の店主濡傘露李はニヤニヤしながらやってきた刃に声をかける。
年齢不詳かつこの世の全てを見てきたような落ち着き、そしてどこか人をからかうようなつかみ所の無い態度、加えてその美しさからこの街では誰も逆らえないと言われている露李にじとっとした目線を向け刃は返す。
「うるせえ。それより仕事内容教えてくれ」
「はいはい」
と仕事内容の説明を始める。
とはいえ依頼の内容はただ手紙を運んでほしいというだけのものだった。運び屋に頼まないのは場所がかなりの僻地であり、行くのが難しいからとのことだ。
「場所は砂漠か…めんどくせぇな」
「文句言わない。君これくらいしかできないでしょ?」
「はあ、わかってるよ」
砂漠を走るため二輪自動車の準備をし始める刃を露李はじっと見つめる。
「…君さぁ」
「なんだよ」
「風使いでしょ?なんで弱いの?」
一瞬手を止める。
「……俺のは戦い向きの力じゃないんだよ」
「へぇ?風にも種類とかあるんだ?」
風使いとは風を操る力を持った者のことである。生まれ持った才能ともいうべきもので、神から与えらた力だと考える者もいる。
その力自体を持つものは少数しかおらず、風を手足のように自在に操り、武器として使う。その為傭兵、暗殺家業などを生業とするものが多い。力を利用し一国の主にまでなるものもいるほど強力な力だ。
「まあな、人間にも色々いるように風にも色々ある」
「ふーん?仕事に使えないなんてもったいないねぇ」
「……」
使えなくはないのだが…まあ面倒だからいいか。
「ま、気をつけてねぇ。風の加護があらんことを」
いつものニヤニヤ顔ではなく心から無事を祈るような笑みを向け露李は言った。
それに少し笑みを返す。
「ああ、行ってくる」
そして刃は砂漠へと向かった。
どこまでも続く砂。果てしなく続く砂。顔にかかりまくる砂。
遠い。ただただ遠い。
だから便利屋に依頼が来たのだろうが、しかしなんだってこんな不便な場所に届け主は住んでいるのだろう。よほど偏屈な奴なのだろうか。
全く変わらぬ景色に心を仏のように無にしながら走る。するとようやく家らしきものが見えてきた。
「あれか。あれしか無いよな。あれであってくれ」
祈るように家のそばに二輪自動車を止める。
そして扉を叩こうとすると、
「やぁ、まっておったよ」
その前に開いた。
「おわ!?」
「その顔だとわしのことはなんも知らんようじゃの」
「あ?」
腰が曲がり背の低い老人がそこにはいた。真っ白な髭もまゆげも長く、口と目は半分隠れている。
「まぁ入りなさい。久方ぶりの客人じゃ。もてなさせておくれ」
「いや、俺はただ依頼を受けて手紙を届けにきただけなんだが」
「わしにとっちゃどっちだって同じことじゃ。まぁ座れ。茶も菓子も出すぞ」
正直かなり疲れていたのでその申し出は有難かった。刃は言葉に甘えて休ませて貰うことにした。
それから老人の身の上話を聞き続ける。初対面の人間の話など興味はなかったが、この老人が占い師というくだりには少しだけ興味を引かれた。
「これでも結構名の知れた占い師なんじゃ。どこぞの国の王族からも呼ばれたりしての」
「まじかよ。すげぇなじいさん」
「じゃろじゃろ」
このところどころ調子に乗りやがる態度が無ければもっと素直に敬えたのだが。
「もしかして俺が来るのも占いでわかってたのか?」
「勿論。お前さんが運んできたその手紙の中身も」
「手紙の中身?読んでないのにか?」
「うむ、ほれこれが先に書いておいた返信じゃ」
「嘘だろ…」
手紙を手渡される。そこには確かに先程渡した手紙の差出人の名が宛先にかかれていた。
時間的に刃と話していた間に書いたとは考えられない。だとすると予知というのは本当か。
「……」
「ほほほ」
「…わかった。信じる。それはそれとしてこの手紙の配達料を」
「ちゃっかりしておる」
時計を見ると夕刻に差し掛かる時間だった。
「と、そろそろ帰らないと日が暮れちまう」
「そうか、残念じゃ」
「まあ、気が向いたらまた来るからさ」
「いや、お前さんはもう二度とこの場所を訪れることはない」
「あ?なんだよそれも予言か?」
「まあの」
そこまで薄情な人間でもないつもりだが、如何せん遠いからな。もしかしたらいつでも行けると思って行かないパターンですごしてしまうのかもしれないと考える。
「じゃあ爺さんが街まで来ることがあったら言ってくれよ。護衛を引き受けてやるから」
弱いけど。
「ほほ、頼もしいの」
老人は笑う。
そして刃が扉に手をかけたところで
「刃」
声がかかる。
ふと浮かぶ疑問。自分はいつ名を名乗っただろう?
そのまま振り返る。
慈しむように微笑む老人は告げる。
「例えその存在が間違いだったとしても、意味は必ずある」
「…なんだそりゃ」
「ほほほ、じゃあな。この先の出会いに運命があらんことを」
最後は何を言ってるのか意味不明だった。
すっきりしたような、もやもよしたような不思議な感覚が刃を襲う。
取り敢えず依頼はこなせたからいいが、また砂漠を走るのかと思うと気分は憂鬱だ。
行きと同様代わり映えのしない砂漠を一時間ほど二輪自動車で走った頃だろうか、突如目の前に竜巻が 現れた。
「…っ!!!」
それは文字通り突然のことで避けきれない。竜巻にぶつかり風の流れに巻き込まれ流される。
とっさに二輪自動車だけは守らねばと思い風を操り竜巻の外に飛ばした。
自身は巻き込まれたまま上へ持ち上げられ、そしてふっと風が消えるとそのまま下に落ちる。
したたかに腰を地面に打ち付けるが砂漠の砂のおかげだろうか、思ったほどのダメージはなかった。
…まあ痛いことは痛いが。
「……っ」
だが更にそこに風が飛んでくる気配がした。
「!」
今度は咄嗟に避ける。
先程まで刃がいた場所には短刀がささっていた。だが風で出来ていたらしいそれはすぐにふっと消える。
「なん…」
更に上に気配。
「くそっ」
腰に差してした折り畳み式のロッドを出し気配の方に向ける。
ガキンッという金属が鳴り火花が散る。
今度受け止めたのは風ではなく実体のある武器のようだった。
そして砂煙が晴れその得物の主が見えてくる。
少女だった。
そして彼女は次に驚きの表情を見せ、
「…あ!す!すみません!間違えました!」
と言った。




