ARグラスでイケメン処理
「ふぅ・・・・・・」
千恵子は一息ついて、周りを見た。
イ、イケメン達が一生懸命仕事してる!
事務作業をしている千恵子の周りでは、同じく事務作業をしているイケメン達がいる。
向かいの左の席からナイスミドルなおじ様、ハリウッド男優のようなイケメン、アイドルのような細面のイケメン。
イケメンばっかりだ。
千恵子の胸は高鳴った。
「余所見をしない! 暇なら皆の分お茶を淹れて!」
「はーい」
ノーマークだった厳しい顔の軍人系イケメンからお叱りを頂いた。
千恵子は叱られた事にドキドキしながらも立ち上がった。
素直に給湯室に向かう。
「今の時代、お茶淹れるのなんて全自動なんだから自分でやればいいのに」
千恵子は給湯室で呟いた。
給湯室に設置してある機械のボタンをポチッと押す。
すると、陶器のコップが出てきて適温の緑茶を淹れ始めた。
ふと見ると、給湯室の鏡に自分が映っている。
地味で冴えないOLだ。
今流行のARグラスをかけている。
ARグラスは、ついこの間買ったばかりの最新モデルだ。
お試しコースで安く買った。
職場の新聞に広告が挟まっていたのだ。
機能としては、周りが1ヶ月間イケメンに見える。
冴えないおじさん達の顔や体を、現実に仮想現実を重ねるARグラスの処理にてイケメンで細マッチョに見せている。
細マッチョの体エリアからはみ出している太ったおじさんは、背景を体に描画する形で補正しているらしい。
千恵子には難しい事はよく分からない。
このARグラスをかけてから毎日がドキドキだ。
出勤が楽しみでたまらなかった。
仕事も捗りまくる。
この前、昇給も間近だとも言われたのだった。
「福岡さん、大丈夫? 僕も手伝うよ」
千恵子は後ろから声をかけられて振り返った。
眼鏡をかけた知的クール系のイケメンが自分に微笑んでいる。
涼しげな目元に眼鏡がかっこいい。
このイケメンは高草明という。
前々から地味な千恵子に優しく手を貸してくれていた。
千恵子がARグラスをかける前は、ド近眼なのか瓶底眼鏡をかけたダサい男子にしか見えなかった。
今はどうだ。
知的クール系イケメンの高草が自分だけに微笑みかけてくれる。
「うわぁ、ありがとう!」
千恵子は喜んでお盆にお茶を載せる作業を手伝ってもらった。
給湯室の狭い空間が、イケメンの出現であっという間にドラマのワンシーンのような空間になる。
ちなみにさりげなくARグラスをちょっとずらして見たら、高草はやっぱり瓶底眼鏡のモサい男子だった。
がっかりだ。
ふと、千恵子の視界の隅にキラキラした何か丸いものが走った。
時々、ARグラスの描画が追いついていないのか、キラキラの端から黒い感じの何かが見える。
床を這いずり回る、アノそれ。
「きゃ、きゃあーーー!!!」
「え? 何? うわっ!」
千恵子が悲鳴をあげると、高草も遅れて叫んだ。
だが、しかし高草は果敢にも近くに積まれていた新聞を引っつかむと立ち向かう。
手早くやっつけてゴミ箱に入れてくれた。
そのアノそれな虫をものともしない行動に、千恵子はまたも高草にときめく。
「もう大丈夫だよ。福岡さん」
「ありがとう、高草くぅん」
大丈夫だと笑う高草に、千恵子はもう恋に落ちているも同然だった。
困難を乗り越えた二人の間に良い雰囲気が流れる。
高草はそつなく千恵子の肩に手を置いた。
「福岡さん。好きだ、付き合って欲しい」
イケメンによる真剣な告白が千恵子の胸に響く。
「・・・・・・はい、喜んで!」
千恵子は即答した。
いつも優しく自分を助けてくれる高草となら付き合っても良い。
顔はARグラスでいくらでもイケメンに見える。
大事なのは中身よね、と千恵子はある意味純粋な気持ちで一杯だった。
恋に仕事に何もかもをうまくいかせてくれたARグラス様々だ。
周りの男が永遠にイケメンに見えるプレミアムコースをすぐに申し込もう。
プレミアムコースは自分も美女に見えるらしい。
ドラマのような美男美女の物語が貴方の物に、とのキャッチフレーズを千恵子は思い出していた。
一方、千恵子に告白した男・高草明は、だいぶ前に既存の眼鏡をARグラスに変えていた。
あからさまにARグラスをかけていると分かるとみっともないからだ。
ARグラスは職場の女たちを美女に見せている。
人生にハリがでて、仕事も上手くいっている。
仕事が上手くいったら次は結婚だ。
若い美女と結婚したい、と高草は考えていた。
だが職場の女たちは既婚者が多く、年齢も高い。
それに加えて、地味な容姿の高草は敬遠されている。
そこで、高草はふと思いついた。
ARグラスを買った店で貰ったパンフレットを、福岡千恵子が職場で整理している新聞に紛れ込ませたのだ。
福岡千恵子はもともと地味な容姿をしているが、ARグラスで見れば問題ない。
清楚な美女に見えるから、特に優しくできた。
若く未婚で手ごろだった。
千恵子が運よくパンフレットを見て、ARグラスに興味をもったようだった。
高草への態度がガラッと変わり、ちょっと優しくしただけで付き合うことが出来た。
このまま結婚しても問題ない、美女にならいくらでも優しくできる。
大事なのは若い未婚の女という事だ。
高草はにんまりと笑った。