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9/ぎくしゃくメジローずで、ましまし(1)

 メジロ共が変だ。

 いや。そもそもあいつらは、出現からして明らかに変なのであるが、今回の変てこさを追求する為に、そちらはひとまず置いておこう。

 この頃のメジロ共はおかしい。

 仲良しこよしのメジローずが三羽そろって、ぎくしゃくしている。おかげでわたしにまで、とばっちりがきてしまったではないか。


 ※ ※ ※


 曇天模様どんてんもようを背景に。つい先日まで世間は赤とみどりの配色で浮かれきっていた。

 スーパーに行けば、繰り返し聞かされる浮かれた歌。

 お惣菜コーナーをのぞけば、いつもより割高に見える刺身盛りだの、オードブルだの、焼いた鶏の脚の数々。

 そう。

 季節はクリスマスであった。

 恋人も夫婦もチビっ子も浮かれるクリスマス。正直ひとり者にクリスマス行事など、ほぼ関係ない。少なくともわたしはそうであった。

 割高なクリスマス飯を食べるくらいならば、カレーうどんでもすすっている方が余程マシだ。美味いし、安い。

 しかし世の中には一人であっても、きちんと世間のイベントに適応しているやからもいる。身近でいえば、早崎くんである。


 

 浮かれクリスマスが終わって、出社した昼休み。


「クリぼっち用の、お一人さまケーキ美味かったです」


 早崎くんはそう言うと、スマホに保存している写真を、得意げにわたしへ見せた。

 そこには上品なピンクのクリームをまとった、三角錐さんかくすいのケーキが写っている。


「栗なのに桃色なのか?」


 わたしの指摘に早崎くんが、「やだなあ。主任」と、シニカルに笑った。

 早崎くんのくせに生意気な笑みである。


マロンじゃなくて、クリスマスに一人ぼっちで過ごすの、クリぼっちです。僕や主任を指す言葉です」


 ますますもって、生意気だ。少なくともわたしは一人ではなかったぞ! 

 扶養家族が三羽もいるんだ。断じてそれを一人とは言わん。


「美味しそう! ベリーのケーキですか?」


 横からスマホを覗き込んだ斉藤さんが、可愛らしい歓声をあげる。肩にはにーくんメジロが乗っている。なんだか顔が寂しげだ。ケーキの画像を見るも無言。いつものかしましさが、まるでない。


 ケーキの天辺には苺。

 まわりはベリー各種。

 それらが、やたらファンシーな花柄の皿にでんと乗っている。ケーキの周りには、しろい粉雪を意識した粉砂糖と、フルーツてんこ盛り。隣にはまるいティーポットと、紅茶のつがれた、これまたファンシーなカップ。ご丁寧にもヒイラギ模様の、ランチョンマットまでひいてある。


 まさかこれが、早崎くんの日常ではあるまい。まさか、まさかだ。

 問いただすと、「ケーキ屋で食べました」

 平然と言う。


「クリスマスに?」と、わたし。

「無論です。限定ケーキですから」

「クリスマスに、一人でケーキ屋で?」

「だからそうだって、言っているじゃあないですか」


 早崎くんが不思議そうに聞き返す。いや、その堂々たる態度が、わたしにとっては不思議である。

 なんだってお前は、そんな自虐的行動にでられるんだ。ケーキ屋なんてカップルとファミリーの巣窟なんじゃないのか? 心が折れないのか? お前はいつ勇者になったんだ。


「いいなあ。どこのお店です?」


 斉藤さんが食いついてくる。目がきらきらしている。わたしの疑問は華麗にスルー。

 そうか。若い奴らには普通なのか。これがジェネレーションギャップってやつか。


「ペシェ・ミニョン。お茶セットで八百八十円。これはクリスマス限定のイチゴとベリーのケーキです」

「うわーー。いいなあ」

「普段ならチョコと抹茶味もありますよ」


 そう言って更にタップする早崎くん。出て来る。でてくる。いくらでもスイーツなる画像が続く。

 早崎くんと斉藤さんはふたりで、きゃっきゃと盛り上がる。わたしは置いてけぼりだ。


 早崎くんよ。お前はスイーツ男子であったのだな。

 わたしは初めて早崎くんに驚愕した。わたしにはできない所業だ。八百八十円あったら、おっさんは迷わず定食を選ぶ。

 わたしにこの話題で、若い二人と共に盛り上がるのは無理である。

 見切りをつけて立ち去ろう。そう思った時である。


「ちょっと」

 わたしを引き止める者がいた。


 いつの間にいたのか。我々の背後にいるのは広瀬さんだ。彼女はわたしの肩に、手をぐっと置く。本日も目の周りのシャドーに力がはいっている。茶髪のパーマネントも、ぐりんぐりんだ。

 なんだかやたら真剣な眼差しをしている。なんだ。なんだ? まさかくだんのケーキ屋にわたしと共に、行こうと言うんじゃないだろうな? 

 まさか。イヤです。勘弁してください。

 ケーキ屋に高額を落とす甲斐性も。

 広瀬さんと差し向かいで、ファンシーなケーキをつつく気力もありません。

 しかしそんな思いは、おくびにも出さず、「なんでしょうか?」

 社会人として全うな対応をした。

 偉いぞ、わたし。


「ケーキよ。前迫くん!」

 広瀬さんが力強く言う。


 くそ。やはり行きたいんですか? 広瀬さん。しかし勘弁してください。


「それは是が非でもご主人か、御子息たっくんとお願いします」

 わたしは冷静かつ、丁寧に応えた。だと言うのに、広瀬さんは「はあ?」と怪訝けげんそうな声をだす。


「作るのよ! 前迫くん。あなたが、ケーキを作るのよ!!」

「はあああっ?」

 今度はわたしが怪訝な声をだした。


 ※ ※ ※


「この頃のメジロちゃんは、メジロちゃんじゃないわっ」


 わたしを会議室に連れ込んだ広瀬さんは、口角泡こうかくあわを飛ばす勢いで切り出す。


「いえ。十分メジロですよ? スズメにもインコにも見えません」


 わたしの反論に、ばっかじゃない? と言わんばかりの態度で、広瀬さんがわたしを睨む。いや、被害妄想などではない。よく女性が無言でする目つきだ。


「馬鹿じゃないの」


 ほら、言った。ここで口にしてしまうのが、広瀬さんの御局ひろせさんたる所以ゆえんだ。


「そんな生物学的な視野で話せって言っているんじゃない。メジロちゃん達がぎくしゃくしているって、言っているの!!」

「あーー。ああ」


 それなら少しだけ、わたしも感じている。

 今だってそうだ。にーくんは斉藤さんの肩にいた。

 やっくんは、ぱく君のなかでごろごろしている。

 まっしーは一羽で外出中だ。


「いい? 前迫くん。メジロちゃん達はメジロ押し状態で、ぎゅうぎゅうしてこその、愛くるしさ倍増なのよ」

「そうですかあ?」

「そうよっ」


 広瀬さんが宙高く振りかざした拳を、ぎゅっと握りしめる。


「三羽で仲良くしてこその、メジローずじゃない!!」

「うーーん。けどなあ……」

「いいからっ! 問答無用にそうなのっ」

「あ、ハイ」


 妙齢の女性に、上から目線で激しく主張されると思わず頷いてしまうのは、わたしの悲しき性分だ。


「クリスマスで、少しはまた仲良しになっていると思ったら。全然駄目じゃない。一体ナニやっていたの?」

「……うどん食べて、寝てました」


 ここで胸をはれないのは、矢張りわたしがおっさんだからだろうか。

 早崎くんに負けた気分だ。情けない。


「はあああ? ケーキは? ツリーは? メジロちゃん達へのプレゼントは?」

「えーーっと。あ、プレゼントなら蜜柑! それも温州みかんです」

「……」


 広瀬さんは、いぶかしむ目つきでわたしを凝視する。

 ここで目をそらしたら負けだ。

 猛獣とは目を合わせて、勝負をしなければならないのだぞ、前迫篤。ふんばれ! ふんばるんだ。

 あくまで下出に。けれどそこはかとなく、自分の正当性を主張するのだ。


「豪華にも、一羽につきなんと! 三個もあげました」


 但し。蜜柑の出どころは大家さんだけど。それを口にする義務はないと、即座に判断する。


「まあ。ないよりはイイけど。それにしたって……」


 ながいため息をつくと、広瀬さんはわたしの両肩にがばと手をかけた。

 そのままぐっと上目遣いでわたしを見つめる。やだ。なに。これ。コワイ。


「いい? 前迫くん。あなたはメジロちゃん達のお父さんなの。そこの覚悟を、きちんと持たなきゃ駄目」

「はあ……」

「思春期の子ども達が、ぎくしゃくしている。ましてやその原因を、あなたは把握している。だったら、お父さんが率先して行動に移し、家族間のわだかまりを無くす必要がある」

「はあ……」


 面倒だ。思いっきり面倒だ。

 しかも独身でお父さんなんて荷が重い。重すぎる。せめて複数で分担したい。


「ではお母さん役は?」

「あら」


 わたしの一言に、広瀬さんがにっこりと微笑んだ。


「前迫くんがどうしても。って言うなら、わたしがお母さん役でも良いのよ? はりきっちゃうわ」

「いえ。責任もって一人で対処致します」


 背筋を伸ばし、速攻断る。


「分かればいいわ。そこでケーキよ」

 話しは振り出しに戻ったのであった。


 ※ ※ ※


 それが五日前。

 そして本日。十二月三十一日。大晦日。


 朝からわたしは台所に立っている。

 朝食だっていつも冷やご飯をチンして、納豆かけて食べるだけだというのに、ボールを片手に悪戦苦闘している。天井には広瀬さんと斉藤さんから渡された、金銀のモールがぶら下がっている。これゼッタイ、クリスマス飾りの残りですよね。そう聞きたかったが、無言で借りた。もはや議論する気力もない。


 さらにここまでお膳立てをされて、ケーキ作りの放棄は許されない。

 本日の成果を除夜の鐘が鳴るまでに、わたしはスマホにあげる約束をさせられている。松岡所長をはじめ、皆がみな希望を胸に待っているのだ。


 これと言うのも、全ては君のせいだ。


 わたしは八つ当たりと思いながらも、にっくき敵の、のほほんとした顔を脳裏に思い浮かべた。


 全部。ぜんぶ。君のせいだぞ。

 インコのココちゃんっ!



多分(前)(中)(後)の三部に分かれます。(前)は人間ばかりですみません。(中)からいつも通りにメジローずがいっぱいでてきます。

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