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8/ひまわりの君で、ましまし

 わたしが勤める事務所と、同じ並びにあるH信用金庫とは、ふるい付き合いである。

 夏の商店街主催の祭りの時は、隣同士で夜店をだす間柄だ。我が社の口座もある。融資も受けている。


 日に一度は、経理担当者が現金の預け入れに訪れる。

 一定金額以上の預け入れの時は、女子社員に男性社員が付き添うのが社内規定だ。いつもなら早崎くんあたりがするのだが、あいにくその日は有給で不在であった。なのでわたしがつきあった。

 この日は広瀬さんではなく、斉藤さんが銀行回りであった。


 信金にはいってしまえば、後のやりとりは斉藤さんにお任せだ。わたしは長椅子に座って、作業が終わるのを待つばかり。手持ち無沙汰だからといって、スマホに集中するわけにはいかない。昼休みではないのだ。一応辺りに警戒する必要はある。


 

 午後の信金は、なんだか暇そうだった。

 店頭にいるお客さんの数はまばら。壁に貼られた色あせたポスターのなかでは、名も知らぬおんなの子が微笑んでいる。多分新人女優かアイドルなのであろうが分からぬ。近頃のおんなの子の顔は、皆同じにみえてきた。ヤバいと感じているのだが、いかんともしがたい。

 おんなの子の見分けはつかぬが、この頃メジロの見分けはついてきた。


 今。背広のポケットのなかで、ごぞごぞと動き回っているのは、まっしーだ。

 ましまし。ましまし五月蝿うるさい奴だ。おまけに鳥類にあるまじき音痴である。

 最もにーくんメジロに言わせれば、練習次第でどうにでもなるらしいが、本当であろうか。怪しいものである。

 まっしーは、このH信用金庫のお供が好きらしい。残る二羽がリラックマタオルのうえでお昼ね中だというのに、ついて来た。

 まっしーは今までも、斉藤さんにくっついては度々訪れているらしい。金勘定かねかんじょうに興味があるわけではない。

 まっしーのお目当ては、カウンターのうえにある。


 H信金のカウンターの端には、どういうわけなのか鳥籠がある。

 金融機関に鳥籠。不思議であるが、広瀬さん曰く昔からあるらしい。

 その時々で、なかの小鳥は代替わりをしている。文鳥。十姉妹じゅうしまつ。カナリヤ。今は一羽のセキセイインコがいる。


 わたしは鳥には詳しくないが、このセキセイインコという小鳥は、とにかく派手だ。目に鮮やかなみどり色。頭のうえから顔にかけては黄色。羽は黄色の縁取りのあるくろ模様。長い尾はぴんとして、実に立派なものである。

 同じ鳥類でこれだけ差があると、なんだかメジロが地味に見えてしまう。いや。だからといって見劣みおとりするわけではないぞ。メジロは、あれだ。日本のびの美だ。そうに違いない。


 このど派手なインコにまっしーは夢中らしい。だからといって、声をかけたりはしない。ポケットから顔をだしては、ちらちらと見つめているばかりだ。


「気になるなら見に行けばよいだろう」


 カウンターに鳥籠をどうどうと置いてあるのだ。よもや羽毛アレルギーの行員もいないであろう。籠のなかは清潔だし、きっと我が社に劣らず鳥好きが多いとみた。

 だが館大のうぐいすの時と違い、まっしーは気恥ずかしそうに、出てこない。


「インコさんは見ているだけで、満足でましまし」

「そうなのか?」

「インコさんは、まぶしすぎるでましまし」


 はにかんで(あくまでわたしの主観であるが)そんな健気なことまで言う。

 ウグイス相手に積極的にでた時は、正直途方にくれた。だがこうも卑下ひげされると、納得がいかない。わたしはがばりと立ち上がった。

 ポケットのなかで、まっしーがたたらを踏む。


「こけてしまうでましまし」

 まっしーの抗議の声を聞き流し、わたしはカウンターへと近づいた。


「こんにちは」

「ご用件がおありでしたら、番号札をお願いします」


 営業スマイルで、カウンターに並ぶ三名の女子社員が微笑む。わたしは素早く名札を確認する。

 二十代とおぼしき女子が二名。髪のながい藤原さんと、ショートカットの永井さん。残る一人だけが、おんなの子からちょっとだけ離れたご婦人だが、コワくてそんな事は口にはできない。しかし彼女ーー西本さんがこの三名のうちで、主導権を握っているのは間違いない。祭りの時の仕切り具合からも明白だ。


「いえ、違うんです」

 わたしも負けず劣らず、営業スマイルで応える。狙いは西本さんだ。


「ちょっとインコを、見せていただいてよろしいでしょうか」

「え? ええ。どうぞ」


 母親に連れられて来た子どもならいざ知らず。アラサー男がインコ見たさに頼んでいる。

 思わず鉄壁の笑顔がちらと崩れたが、そこはベテラン。西本さんは、すぐにも元の笑顔をつくる。天晴あっぱれ。受付のかがみだ。


「ありがとうございます」

 わたしはインコの籠に顔を近づけた。


「インコがお好きなんですか?」ショートヘアの永井さんが尋ねてくる。

「ええ。好きです」


 なにせインコは日本語を話しはしまい。メジロにくらべたら、楽勝もんだ。

「わたしも飼っているものですから」

「まあ、インコを?」

「いえいえ」


 そう言って、ポケットから、そっとまっしーを取り出して見せる。

 途端女子行員三名の顔から営業スマイルが消える。現れるのは、素の満面の微笑み。


「まあ」

「あら」

「可愛い!」


 それみた事か。自分を信じろ。お前は一瞬で、ご婦人方をとりこにできるメジロなんだぞ。誇らしい気持ちが、何故なのかこみあげてくる。しかしここで自己分析を悠長にしている暇はない。タイムリミットは斉藤さんの業務が終わるまでだ。


 わたしはまっしーを、カウンターへと置いた。突然のわたしの行動に、まっしーは、しばしキョトンとした顔をしていたが、そこは愛嬌が売りの奴である。


「お邪魔しますで、ましまし」

 頭をちょこんとさげて挨拶をした。


「いやあ、可愛い!」

「しゃべったあああ」

「きゃあああ」


 カウンターが一気に盛り上がる。奥にいる年配の男性行員が、「しっ」と軽くたしなめる。


「すみません」

 素早く二十代コンビが背後へ頭をさげる。西本さんはスルーである。


 さあ。まっしー。ここまで来たのだ。男なら腹をくくれ。そう思って、まっしーの背を軽く押した。緊張しながらも、まっしーが鳥籠に近づく。

 編み目越しに、インコとご対面だ。

 インコは籠に取り付けてある餌箱にとまり、まっしーをじっと見る。見慣れぬであろうメジロの出現に、インコは不思議そうに小首をかしげる。その様が可愛いぞ、インコ。


「いい匂いで、ましまし!」

 籠にぐっと近づくと、感に堪えたようにまっしーが呟いた。


「いい匂い?」

 何の事だろう? はてと思うわたしへ、信金レディース三人組みの藤原さんが、「ココちゃんの匂いですね。きっと」そう言った。


「ココちゃん。この子の名前ですか?」

「ええ。そうです」

 藤原さんが頷く。


「インコはうしろ頭から、匂いをだしているんですよ」

「なんと!」とましまし。

「へえ……」とわたし。


 どれどれと、わたしも顔を近づける。うん、確かに。こうなんというか、香ばしさにも似た匂いがするような。しないような。


「ふんふん。ふんふん」

 まっしーはもう大興奮だ。

 籠にがばっと掴まる。インコが驚いたように、一瞬羽を広げた。


「ふんふんふん。これは! アーモンドクッキーの匂いでましまし」


 言いながら、黒目を縮めた顔がコワいぞ。お前。

 おまけに妙に鼻息が荒いのも。なんだその……変態チックだ。


「ふんふん。そして、おひさまの匂いでましまし! ふんふん。ましまし。ふんふん。ましまし」

「おい」


 慌ててわたしはまっしーを、籠から離そうと両手で包んだ。

 なのにまっしーは、がっしりと爪先で籠に張り付いたまま動こうとしない。意地でも離れない。さっきまでの恥じらいを、お前はどこに置いてきた!? わたしは心中でそう叫んだ。


「……その小鳥、大丈夫?」

 西川さんが怪訝そうに聞く。

 ああ。はい。大丈夫じゃないけど、大丈夫です。


「いやあ。ホント。うちのメジロ、なんか喜んじゃって。あはははは」

 誤摩化す為にあげた笑い声は、自分の耳にも乾いて聞こえる。


 手に力をこめる。

 離れない。

 左右に振ってみる。

 離れない。

 それどころか、まっしーは網越しに、ココちゃんに向かってぐいぐいと顔を押し付け始める。


「ましまし。ましまし。いい匂いでましまし。可愛いでましまし。ココさんは美人さんでましまし」

 終いには興奮して早口で話しだす。

 信金レディースが一斉にひく。


「お待たせしました。あら。どうしたんですか?」

 この混沌の場に現れた斉藤さんが、一瞬わたしには女神に見えた。


「あ、終わったんですか?」

「はい」

「おい、まっしー。終わった。帰るぞ。帰る」

「いやでましまし。ここの子になりたいでましまし」


 まっしーは頭をぶんぶん振り回す。

 お前。いつもご主人と共にいきますとか、言ってるじゃあないか。

 そんな口先メジロだったのか。がっかりだよ。


「あら、ましましちゃん。ココちゃんとお友達になりたいのねえ」

 斉藤さんが、善意の固まりのような暢気な声をだす。


 いえ、斉藤さん。今のこいつにそんな純粋な気持ちはありません。

 まっしーが胸にひめているのは、友情を飛び越えた恋情です。


 籠のなかのココちゃんも、若干引き気味だ。どこか迷惑そうな顔に見えるのは、気のせいであろうか。いや、きっとそうに違いない。自分よりかなりチビすけのオスメジロが迫っているのだ。

 そりゃあひく。ひきまくりだ。

 ココちゃんにも選択の自由があるのだ。


「この子。インコになりたいんですか?」

 永井さんが頓珍漢とんちんかんなことを聞く。

 いや。きっとこの場をなんとか、まとめたいのであろう。その心意気には共感だ。


「ははは。どうなんでしょうねえーー」


「インコは集団生活をする鳥だけど、流石にメジロは仲間だと思わないんじゃない」

 西川さんがまともにきりかえす。


「そりゃあそうだけど。でもココちゃん、藤原さんは仲間だと思っているじゃあない」

 永井さんが果敢にも反論する。


「あら。たしかにそうね」

 西川さんがちょっとだけ、きょをつかれた顔をした。


「そうなんですか?」

 わたしは好奇心にかられて永井さんへ尋ねてみた。

 この頃の鳥類はそうなのか? 皆がみなそろって人間と同格だと、主張するのであろうか? 


「セキセイインコは元々集団行動をするたちで、人間に飼われると、飼い主に対して番的つがいてきな好意をもったりするんです。ココちゃんは人懐ひとなつこいですけど、得に藤原さんには、よく求愛しているわねえ」


「きゅうあい?」

 わたしは永井さんの回答に思わず素っ頓狂な声をだした。

 奥から又もや「しいいい」とたしなめる声がする。

 まずい。あの人確か課長さんだ。わたしは無言で頭をさげた。


「インコって人間にプロポーズするんですか?」

 声をひそめて聞く。


「やだ、プロポーズだなんて」

 永井さんと藤原さんが、きゃっきゃと笑い合う。


 見ててくださいね。

 そう言うと藤原さんはココちゃんの籠の入り口の留め金を外した。

 まっしーも思わず動きを止める。

 藤原さんは入り口から右手を籠に差し入れた。

 待ってましたと言わんばかりの早さで、ココちゃんが手に乗る。俗にいう手のりインコだ。

 まっしーはナニが起こるのだと言わんばかりに、ココちゃんをじいっと凝視する。


 やがて藤原さんの掌で、ココちゃんが首を上下にふりだした。

 スイング。スイング。スイング。

 恐ろしい勢いで上下に動かす。そうしながら黒目をすうっとすぼめる。

 なんだかまっしー並みにコワイ顔だぞ。ココちゃん。


 ココちゃんはぐちゅぐちゅと寄声を発しながら、くちばしを大きく開けたと思いきや、突然げろりと茶色の物体を吐き出した。どう見ても、お腹から吐き出した餌のようだ。

 そうして藤原さんの中指に、嘴を使いながら器用に元餌を塗りたくる。


 ……感想は控えたい。


 見守る信金レディースの眼差しは生暖かい。

 イヤがっているようには見えない。それはそうであろう。イヤなら積極的に手を差し入れないはずだ。

 しかしわたしだったら御免被ごめんこうむりたい。


 だってアレ。……ゲロだろう? 


 わたしはチラとまっしーを横目で確認した。

 まっしーは呆然とした顔をしている。茫然自失とは、まさにこの事だ。

 

「ココさんは。ココさんは」

 まっしーが息を飲んだように言う。


「ココさんはもしかして……オスさんでましまし!?」


「ええ」

 邪気なく永井さんが説明モードにはいる。


「インコは鼻の頭の色で、雌雄がはっきり分かるんです。青はオス。茶がメス。ココちゃんはおとこの子です」

「……オス」

 まっしーが力なく呟く。


 籠のなかで、ココちゃんは勘違いメジロを歯牙にもかけず求愛をしている。


「スキスキ。スキスキ」

 その片言日本語に、藤原さんがあまい声で「はいはい」と応える。


 その瞬間。まっしーは、ずささと籠からすべり落ちた。

 実に無様ぶざまな様子で、そのままべちょりとカウンターに落ちる。


「スキスキ。ダイスキ。テイキモヨロシク。フユノボーナス。マッテ。マーース」

 ちゃっかり定期貯金の宣伝までしながら、ココちゃんは夢中で藤原さんの指先を甘噛みしだす。


 わたしはすっかり伸び切っているまっしーを回収して、ココちゃんの愛の巣から、ほうほうのていで逃げ出した。慌てて斉藤さんがついて来る。


 強く生きろ。まっしー。

 ついでに雌雄を見極めろ。


ココちゃんのモデルは小学生の時に飼っていたセキセイインコです。

わたしは、インコのインコ臭が大好物。ずううっと、ふんふんと嗅いでいたいです。インコは飼い主によく求愛行動をしますが、餌のゲロ吐き戻しは序の口ですね。もっとあからさまな求愛もしますが、インコでR18はイヤなのでここで止めておきます。笑。

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