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7/魅惑のアンドーさんで、ましまし

 メジロ共が夢中である。

 素敵に惹かれる、魅惑のアンドーさん。

 ましましいわく、アンドーさんに心を打ち抜かれたそうだ。


 わたしはあいつ等の言う、アンドーさんを知らぬ。知るわけもない。

 なにもメジロの行動全てを、把握しているわけではないのだ。むしろ二十四時間あいつらと一緒にいてみろ。確実に、わたしのなかのナニかが壊れる。


 だからといって、全く気にならぬわけではない。独占欲とか、心配という気持ちではない。あえて称するのならば、責務と言おう。

 そうとも。わたしの保護しているメジロ共が、世間の方々に迷惑をかけていないか確認する義務がわたしにはある。

 今まさにしている事は、飼い主としてのまっとうな、責務に基づいた隠密行動なのである。


「だからって、何でこんな張り込みしている刑事みたいな事するんですか。直接聞けば良いじゃないですか」

 わたしの隣で、そう言うのは早崎くんだ。

 五月蝿い。黙れ。


 今。わたし達は真昼の公園にいる。

 ちいさな寂れた公園だ。先ほどまで二組の母子おやこ連れがいたが、わたし達を見かけた途端出て行った。きっと昼飯なのだろう。

 無人の公園にいるのは、わたしと早崎くん。そしてわたし達から見て、一時の方角にいるメジローずだけだ。三羽揃って、すっかり葉を落としたプラタナスの枝にいる。

 寒いのだろうか。べったりとくっついてメジロ押し状態だ。


 わたしと早崎くんはスーツ姿。どっからどう見ても、平日の公園でちょっとさぼっているサラリーマン。何の不信感もないはずだ。

 更に弁明するのならば、さぼっているわけではない。昼休みである。


 やつらに見つかるわけにはいかない。これはわたしの矜持きょうじの問題だ。なのでこうやって、ぞうさん滑り台の塗料のげたお尻の部分にはりついているんじゃないか! 好きでやっているわけではない。それなのに、不用意に声をあげるな。

 営業だったらもう少し気を使え。空気を読め! 

 そんなんじゃあ、お前はにーくんにも劣るぞ、早崎くんよ。


 にーくんは、気配りが一丁前にできるメジロだ。お前は知らないだろうが、にーくんには嫁だっているんだぞ。知ったら最後。お前はきっと、きゃっと叫んで己の敗北に打ちひしがれるだろう。

 しかしお前が事実を知る事は今後ないはずだ。何故ならわたしは、先日知ったこの驚愕の事実を、誰にももらしていないからだ。


 一言でもらしてみろ。松岡所長を先頭に、家族を呼び寄せろと皆が説得しにかかるに決まっている。所長の行動は孫見たさの爺さん的なものであるが、あなどれない。なにせ所長は若い頃、そりゃあ凄腕の営業だったと聞く。

 鳥頭のメジロの説得くらい朝飯前であろう。

 説得されたらどうなると思う? 

 更に扶養メジロが二羽増えるのだぞ。そこからはもう無限の増殖だ。そう考えると頭が痛い。

 なのでメジロの嫁問題は、トップシークレット扱いだ。わたしの胸のなかだけで、収めるべき問題だ。

 感謝しろよ、早崎くん。これで君は負け犬の遠吠えを叫ばずともすむのだ。

 

「主任。寒いですよ」

 何も知らぬ早崎くんが弱音をはく。わたし達の足元を、北風に飛ばれた枯葉が舞う。


「君。それなら先に帰っていなさい」

「えーでも、気になるじゃないですか。魅惑の安藤さん」

「だったら、大人しくしていなさい」


 メジロ共の話しをもれ聞くと、どうにも昼間の某公園で、メジロ共は安藤さんと密会を繰り返しているらしい。

 いや、わたしが盗み聞きをしたわけじゃあない。わたしはそこまで暇ではない。情報源は主に広瀬さんだ。

 そして今日。たまたま「やぶ源」の帰りに、ちょっと遠回りをした結果、この公園でメジロ共を見かけただけだ。


「美女でしょうかね? 魅惑のって言うくらいですから、若い美女ですよね? まさか広瀬さんクラスじゃないですよね」

 早崎くんが聞く。


「わたしが知るものか」

「でも主任の家のメジロじゃないですか。好みのアイドルとか女優の話しとか、しないんすか?」

 するか! 馬鹿!! なんだってアラサー独身男が飼っている小鳥と、好みの女のタイプを語らなければいかんのだ。そんな絵づら、端から見たら痛すぎるだろう。


「鳥なんだから、とりっぽいのが好きなんじゃないか」

 早崎くんが五月蝿くて、わたしは適当に応えた。


「ええー? トリっぽいって、何ですか。鶏ガラみたいな子ですか? それは僕イヤだなあ。少しふっくらしていても、胸のおっきい子が僕は良いです」

「お前の好みなんか知らん」

「主任はどうです?」


 わたしは即答した。


「人間」


 適当にあしらったつもりだが、わたしの頓珍漢とんちんかんな解答をどう解釈したのか、「主任、ふところふかいですね。いやあ僕じゃあ、そこまでの境地にはまだまだ……」と、しきりに感心している。


「寒いのならば、温かいコーヒーでも買ってこい」

 もうこいつに付き合うのは、面倒だ。わたしは財布から五百円玉をだすと、早崎くんへ握らせた。


「主任の奢りですか?」

「わたしの分もだ」

「御馳走さまです」

「ここで買うなよ。公園の敷地外の自販機を探すんだ」


 公園内にも自販機はある。まさかそこまで軽卒な行動はするまいと思うのだが、念のために釘をさす。


「了解です」

 早崎くんが駆け出す。

 わたしは唖然あぜんとした。

 よりによって、メジロ共の方角へ行く。もはやわたしに対する、嫌がらせかと思える行動だ。

 確かに公園の入り口横に、プラタナスがある。だからってそっちを選択しなくとも、反対側に出口があるだろう! 現にわたし達はそこから入って来ただろうにっ!!

 わたしが静止する間もなく、メジロの一羽が早崎くんに気がついた。


「早崎さんでましまし」

 気がついたのはまっしーだ。枝からすいと早崎くんの肩へと飛び移る。


「お仕事でありますか?」

「サボリだったら、言いつけるでありますよ」

 やっくんと、にーくんもやって来る。


「やだなあ、サボリじゃなくて昼休みだよ」

 早崎くんが弁明する。


「そうでありますか!!」

「ご主人は、共にいるのでありますか?」

「僕……は、自販機に行くところ」

 流石に質問には答えずに、早崎くんが話題を変える。途端メジロ共が目の色を変えた。


「ジュースでありますか!?」

「ジュース! ジュース!」

「午後ティーがいいでましまし」


 早崎くんの肩で、メジロ共は奢れおごれと大騒ぎだ。全く意地汚い。まるでわたしが常日頃、飲み食いさせていないようではないか。今朝だって、リンゴジュースを腹一杯やったろうっ!!


「え〜でもいいのかなあ?」

 頭をかきながら、早崎くんが応える。迷っている素振りをしながらも、躯はすでに外へと向かっている。メジロ共のおねだりに目がくらんだようだ。

 メジロ共は、肩のうえで大喜びだ。


 お前は一体何をやっているのだ、早崎くん。これではこっそりと張り込んでいる意味がない。わたしは早崎くんの考え無しの行動に怒れるあまり、ぞうさん滑り台から飛び出しかけた。

 五百円返せと、セコくも叫ぼうとしたその時だ。


「あら」


 見知った顔が公園の入り口に現れた。

 黒のタートルネックに、メジロによく似た深緑のダウンジャケット姿。相も変わらず切り過ぎたような髪は、山田准教授ではないか。

 わたしは慌てて、再度ぞうさんのお尻に張り付いた。ご近所なのであろうか? いくら営業先とはいえ、先生方の住所までは知らぬ。肩から鞄をさげ、手にはレジ袋を持っているところを見るとご近所っぽい。


真希まきさんでましまし」

 浮かれた声で叫ぶなり、まっしーが飛んで行く。

 変わり身が速いぞ、まっしー。やっくんと、にーくんも続く。


「今日はご主人に、くっついていないのね」

 可笑しそうに山田准教授が言う。

 この場にまっしー達がいる事に、不審がっている様子がない。

 まさか……嫌な予感に胸がざらりとする。


「先生!」

 早崎くんがメジロ共に遅れて、慌てて素っ飛んで行く。腐っても営業。取引相手の顔は忘れていないようだ。


「先生。お久しぶりです」

 早崎くんが深々と腰をおる。

「お久しぶり。今日は早崎くんがメジロ当番?」

「え? ええ。まあ、その……」

「早崎さんは、われらにジュースを奢ってくれるでましまし」

「あら、良かったじゃない。じゃあ、早崎くんもご一緒しましょう」


 わたしはその言葉に確信を得た。メジロ共と山田准教授は約束をして、今日ここで落ち合っているのだ。


「アンドーさんで、ましまし!」


 まっしーが歓喜の声をあげる。

 アンドーさん。アンドーさんと、やっくんと、にーくんも浮かれ騒ぐ。三羽そろって、ちーたか。ちたーか。脚を上げ下げして踊りだす。

 安藤さん? メジロ共はなにを言っているのだ。彼女の名は山田だぞ。にーくんならば知っているはずだ。


 わたしの疑念を、早崎くんが口にする。

「先生、もしかして姓が変わられたんですか?」

「あら。どうして?」

「だってメジロ達が、魅惑の安藤さんに会っていると、さんざん事務所で吹聴ふいちょうしていたんです。先生の事なんでしょう?」

「え? ええ?」


 そんな。いつの間に結婚していたんだ。

 わたしはぞうさんのお尻に隠れ、項垂うなだれた。

 決して死ぬ程恋いこがれていたわけではない。告白する予定もなかった。なにせ恋に落ちる前に、諦めていた女性だ。だからと言ってショックを受けないわけではない。


「違うわよ」

 山田准教授が、呆れた声をだす。わたしはその一言に、がばと頭をあげた。


「安藤さんは、わたしじゃない」

「なんだ、てっきり」

「安藤さんじゃないわ。安納よ」

「あんのう?」

「ええ。安納あんのういも」

 そう言って。山田准教授は手にしていたレジ袋から、さつまいもを取り出した。


 ※ ※ ※


「つまりメジロちゃん達は、公園で山田先生からイモをもらっていたってわけ?」

 広瀬さんが早崎くんに確認している。

 昼休みが終わり。

 どっと疲れたわたしは、机で冷めたコーヒーをすすっている。冷めたのは、早崎くんのせいである。早崎くんはわたしをほったらかしにして、メジロ共と山田准教授と、きゃっきゃっとベンチでイモを喰っていた。わたしはぞうさんの陰から、そんな光景を見ながらひとり帰ったのだ。

「主任。コーヒーです」

 ご機嫌で後から戻って来た早崎くんから渡された缶コーヒーは、既に生ぬるくなっていた。


「すっごい美味い焼き芋でした」

 早崎くんは、にこやかに広瀬さんに報告している。


「甘くて、ねっとりとしているんです。サツマイモで作ったお菓子を食べているみたいでした」

「あらあら、そうなの」


 そんなに美味しいのなら、今度皆で食べよう。メジロちゃんにも御馳走だ。と、広瀬さんを中心に皆が盛り上がる。わたしは和気あいあいと盛り上がっている皆から距離をとり、生ぬるいコーヒーを一人すする。

 メジロ共は山田准教授にひっついて大学まで行ったらしい。


「ちょうど良いじゃあないか。引き取りに行くついでに、前回の汚名返上だぞ。前迫まえさこくん」


 所長がわたしの肩をぽんとたたき、机上に真新しいパンフレットを置いた。


「今度は途中で逃げずに、売ってこい」


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