表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/31

3/よたかさんはキュートで、ましまし

 昼休み。

 外で早崎くんと食事をとって帰ってくると、会議室が騒がしい。何事かと思って見に行くと、事務所に残っている社員たちが、開いた戸口に鈴なりである。彼等の背後から、早崎くんと覗き込む。


 おいおいと、か細いなき声が響いてくる。真っ昼間の社内で、泣いているものがいる。

 人垣の背後から確認すると、ひとではない。メジロであった。

 泣いているのであって、ピチピチと鳴いているわけではない。


 三羽でかたまりあい、一羽はうえを向き、あふれ出る涙をえている。片や、翼で顔をおおいむせび泣いている。

 真っ黒い目玉に涙を浮かべ、「ましまし。ましまし」と泣いている奴もいる。なんだよ、その変な泣き方は。


 それにしても全くもって五月蝿い。どうしたのかと問いただすと、メジロ共を膝にのせている斉藤さんがばつの悪い顔をした。

 斉藤さんは今年入社した大卒の新人だ。

 今年の新人は彼女だけ。ひとつ結びにした黒髪に、丸い瞳の可愛らしい二十三歳。

 広瀬さんの下で、春から経理と総務についている。真面目だが要領が良ろしくない。有り体に言えば、不器用だ。ミスをしては広瀬さんにこってり絞られている。それでもめげる気配はない。根性があるというよりも、マイペースだ。


 その斉藤さんの膝のうえでメジロ共は固まって泣いている。

 異常事態だ。

 一体全体どうした事か。わたしは人の輪をかきわけて、会議室へと入り込んだ。


「どうしたんだい?」


 メジロ共は昼休みに、斉藤さんと一緒にいた。実は今日だけではない。この一週間ずっとそうだ。

 メジロ共がいると外食がままならない。

 鳥連れで、外食などできようもないからだ。羽毛アレルギーの人もいよう。衛生面で心配な人もいるであろう。

 そうすると自然弁当になる。わたしは今時の弁当男子ではない。朝から手間隙かける時間などない。

 すると出前か、コンビニ弁当となる。続くと正直飽きて来る。

 そんな時に、メジロ共から今週は斉藤さんと共にいたいと言い出したのだ。斉藤さんもまんざらではない顔で、引き受けてくれた。


「実家で文鳥を飼っているんです」

 そう言って両の掌に乗るメジロ共をうっとりと眺める。

 まさに渡りに船。ほいほいと斉藤さんに託し、外出していた。


「あの……あの」

 斉藤さんは制服のベストの裾を引っぱりながら、うつむいて口ごもる。


 ああ、いいなあ。新人の子の、フレッシュな仕草。これが広瀬さんクラスになると、下手な事を口にした途端、ぎろりと睨まれる。

 その点彼女にならば睨まれる心配など皆無かいむ。わたしは優しさに満ち、仕事ができて頼りになるお兄ちゃん系を意識して、続きを促した。


「うん……? どうしたんだい?」

「あの」

 斉藤さんが、ふせていた顔をあげた。

 うっすらと頬が赤い。気のせいか彼女の瞳も潤んでいる。その様子にちょっとだけドキリとした。

 一体何が、この会議室内で行なわれていたというのだ?


「斉藤さん……?」

 わたしの呼びかけに、斉藤さんがそっとわたしへ向かって手を伸ばした。差し出したのは、一冊の本であった。文庫本だ。これが? 何だ?

 思わず反射的に受け取る。

 

『 よだかの星/宮沢賢治 』


 普段読書の習慣のないわたしでさえ知っている、有名な作家の文庫本だ。

 但し、知っているのは作者名だけ。内容までは知る由もない。しかしこの本と、今の状況に何の関係が?

 わたしが不思議な顔つきをしていたのだろう。斉藤さんが慌てて説明しだす。


「メジロちゃん達に読んで聞かせていたんです」

「これを……?」

「はい」

「それでメジロが号泣を?」

「失敬な。やつがれは泣いてなどいないであります」

 一羽のメジロが憮然と顔をあげる。


 こいつはやつがれ。僕。と、ことあるごとに古めかしく言うものだから、社内でやつがれ改め、やっくんメジロと呼ばれている。

 本名は知らない。そもそも名があるのかも知らない。

 

 いや。お前。今まさに。おうおうと泣いていたじゃん。わたしはメジロを無視して斉藤さんへ再度問いただす。


「ええ、メジロちゃん達に、鳥がでてくる文学作品がないか聞かれまして」

「ご主人と違って、斉藤女史は文学に造詣ぞうけいがふかいで、ましまし」


 わたしの事はほっとけ。そしてお前ら、いつの間に我が社の女子社員の趣味をリサーチしているのだ。わたしは呆れた。

 今年の四月。

 斉藤さんの歓迎会が週末に行なわれた。すき焼き「わか」の二階の座敷で彼女は緊張した面持ちで、自己紹介をした。

「斉藤ふみ。趣味は読書と砂金とりです」


 読書と、砂金。

 素朴な雰囲気で、なかなかにユニークな女性だと。

 その時皆が一歩引いた記憶がある。

 早崎くんが宴会の鍋をつつきながら、「主任。砂金って採ったら申告いるんすか? 税金かかるんすか? ただなんすかね?」そう聞いたのに、「知らん」と返した。第一、主役のスピーチの間に喰っているとは何たることか。箸を置けと注意した。

 今思えば、メジロのいない穏やかな飲み会であった……


「それでよだかの星を、メジロちゃん達に音読してあげていたんです」

「わざわざ? メジロへ? 昼休みをつぶして?」

「はいっ。こどもへの読み聞かせが好きなんです。学生時代は幼稚園へ訪問でまわっていたくらいです」

 こどもへの読み聞かせならば、微笑ましい。しかしこいつら鳥だぞ、斉藤さん。


 わたしは件の文庫本をぺらぺらとめくった。

 短篇集なのか。目次には他の題名もある。流石に銀河鉄道の夜くらいは知っている。但し途中で挫折した。


「大体は分かった。しかしそんなにも、べそべそ泣くストーリーなのか?」

「失敬な!」

 やっくんメジロが声も高らかに抗議する。

「それはもう、心に染みるストーリーであります」

 さっき泣いたことは否定したくせに、今や肯定している。やはり所詮は鳥頭なのか? 三歩歩くと忘れるのか?


「ご主人も読むべきであります」

「主人公のよだかのいじらしさが胸にせまってくるであります。しかし惜しむらくは……メジロが。メジロが……」

「ああ。吾ら。よだかさんに謝りたいで、ましまし」

「……なんで?」

 何、よだかに謝るの? っていうかこれお話しだよね?


「よだかは、大層性格の良い鳥なのですが、醜いからと他の鳥たちから迫害されているんです。お前は鷹ではないのに、夜鷹よだかだと名乗っている。市蔵いちぞうと名前を変えろと鷹に無理難題を迫られます」

 斉藤さんがあらすじを言う。なんというか、暗い童話っぽいな。

 第一、鳥類で市蔵ってなんだよ。ほとんど人名じゃあないか。鷹の無茶ぶりすごいな。


「お話しのなかで、よだかがめじろの赤ん坊を助けるシーンがあるんです」

 斉藤さんが説明を続ける。そうしながらも、チラチラとメジロ共を気にしている。そんなにも極悪非道なメジロが登場するのか?


「うん」

「ところが赤ん坊を届けたよだかに、めじろのお母さんは割と酷い態度をとりまして。それによって、よだかが傷つくんです」

「それだけ?」

「ええ、それだけです」

「なんだ」


 阿呆らしい。名前を変えるのを迫る鷹よりはマシであろう。そう言おうとしたわたしへ、やっくんメジロが抗議する。

「よだかの心を傷つけた一言であります。よだかに死の決心をさせたようなものでありますっ!」

「メジロ代表として謝りたいで、ましまし」

 拳を。いや、違った。翼を高らかに振りかざして、ましましと叫ぶ。

 だからその決意に満ちた目はなんだよ。第一お前等いつメジロ代表になったのだ。


「よだかさんは、地味で醜くなどないであります」

「そうであります! もふもふでキュートであります」

「可愛い鳥さんで、ましまし。なのに、こんな。こんな……酷いで、ましまし」


 ましまし言う奴が言葉につまった。途端三羽そろって又泣き出す。三羽の背をそっと斉藤さんが優しくさする。


「よだかって、そんなにも不細工なのか?」

 わたしの素朴な疑問に、メジロ三羽が胡乱うろんな視線を向ける。

 だって知りたいじゃないか。他の鳥たちからも言われるぐらいの不細工ってどんだけだよ。

「これです」

 斉藤さんがすかさずスマホで検索した画像を見せてくれた。


「……なんだ」

 わたしは呟いた。

 思っていた以上に普通の鳥ではないか。

 そこに映っていたのは、茶系の鳥だ。地味っていやあ地味だが。半目になっている眠そうな目つきなどいっそ可愛いくらいだ。羽毛はもふもふだ。手触りも良さそうだ。迫害を受けるほどの醜さなど微塵もない。


「可愛いぞ。夜鷹」

 わたしの一言に、メジロ共が一斉に叫ぶ。

「ご主人!!」

「よくぞ言ったで、あります」

「それでこそ我らが主人で、ましまし」


 そうして又もや泣き出す。


「良かった! よだかさん、良かったであります」

「ましまし。ましまし」

 三羽揃って号泣だ。

「泣いたっていいのよ。感動した時は泣いたって良いの」

「おおっ!」

「そうなのでありますか?」

「斉藤女史は感受性がゆたかで、ましまし」

 

 ひしっ。

 と斉藤さんがメジロ三羽をかき抱く。

 そうして一人と三羽でしずかに涙を流す。

 その様子に社内で苦言をたれる者はいない。

 広瀬さんを先頭に、野次馬たちは皆、温かい眼差しで見守っている。 


 我が社は今日も平和で適度に暇であるらしい。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ