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2/ぱく君とぬっくぬくで、ましまし

 メジロ共は鳥だというのに、揃いも揃って寝坊助ねぼすけである。

 怠惰たいだである。

 仕事で疲れている時など、眠りこけている姿を見るとイライラしてくる。

 カトリック教の七つの大罪で、神の怒りの炎によって燃やされろ。焼きトリになっちまえと内心思う。


「れっきとした鳥ならば、早朝から電線に止まり、ちちちと鳴くのが本来の姿であろう」


 わたしがそう言っても、暖簾のれんに腕押し。

 しろい円に囲まれた目を細め、小馬鹿にしたように短い舌を打ち鳴らす。そうだ。こいつ等は、鳥のくせして舌打ちまで一丁前にするのである。


「なんと時代遅れの石頭でありますことか」

「こう言った男が、世の女性たちの地位向上の妨げとなるのでありましょうな」

「全く、嘆かわしいこと、このうえなしでましまし」


 いっぱしに、良い事を言っているつもりなのであろう。だがあにはからんや。その姿は怠惰そのものだ。

 奴らは三羽そろって、わたしの机上。リラックマのタオルのうえに横たわる、謎の物体の腹の中で、べろーーんと伸びきっている。

 だらしがない。

 全くもって、だらしがない。


 ※ ※ ※


 わたしの机のうえには、籐籠とうかごがある。でかくて、正直邪魔だ。

 四角い籐籠は、一昨日突如出現したものだ。出現といっても、天から降ってきたものではない。そこまでわたしの周りはミステリーゾーンではない。

 籐籠は経理の広瀬さんが、近所の幼稚園バザーで購入したものだという。底にスポーツタオルを二重にひき、そのうえにリラックマタオルが重ねられ、三本の膨らんだハイソックスが長く伸びている。三足ではない。三本である。


 右から黒にピンクのライン。

 黄色に水色の水玉。

 赤と青のしましま。


 派手なハイソックスはどれも新品ではない。適度にくたびれている。

 口の部分はだらりとゴムが伸び、しかも爪先つまさきには目玉までついている。さらに爪先からかかとまで、ぱっくり切り離されている。穴が空いているわけではない。切った部分はカラフルなフェルトでふたがされ、同じくフェルトで作られたながい舌が伸びている。


「……これ、蛇ですか?」


 籐籠が持ち込まれた朝。

 しましまハイソックスを摘みながらのわたしの質問に、広瀬さんが頷いた。


「息子のね、幼稚園の時に作った靴下人形よ」


 広瀬さんはしんみりと愛おしそうに、そのうちのひとつ。黒地にぴんくのラインの物を右手にはめた。広瀬さんの逞しい右腕にはめられて、ハイソックスの口の部分がみよーーんと伸びる。


「ぱく君って名前をつけて、たっ君と遊んだの。ああ、懐かしい!」


 ぱく君が改造ハイソックスの名称であり、たっ君が広瀬さんの大学生の息子さんであろう。それくらいは容易に想像がつく。

 それにしても。たっ君が仮に二十歳。幼稚園時代が五歳だとしたら、靴下人形は、ゆうに十五年はたっている。なんという物持ちの良さであろうか。わたしは妙に感心してしまった。


「しかし何でそんな大切な思いでの品を、わたしに?」


 そうだ。広瀬さんはこれら籠と靴下人形のセットを、どうぞと朝一番で持って来たのだ。

 内心、何の嫌がらせかと思った。

 アラサー独身男がユーモラスな顔つきをした、蛇の靴下人形などもらって何が嬉しいものか。この人、頭がどうかしちゃったのではなかろうか。


「やだ、前迫まえさこさんにあげるわけじゃあないわ。メジロちゃん達へのプレゼントよ」


 その言葉にそれまでわたしの左右の肩で丸まっていた、メジロボールのメジロ三羽がはっと顔をあげた。


「我々にプレゼントですと?」

「なんという僥倖ぎょうこう!」

「嬉しいで、ましまし」


 なんだよ、僥倖って。どんだけ大袈裟なメジロなんだ。わたしは横目で睨んでみたが、メジロ共はいっかな気にする素振りもなく、籐籠へと舞い降りる。


「ほら、タオルをひいているから、ふかふかよ」

「おお、これは!」

「ふっかふかであります」

「ふかふかのぬくぬくで、ましまし」


 三羽は重ねられているタオルのうえで、ごろんごろんともんどり打つ。その姿に、広瀬さんがうっとりと目を細める。

 タオルの柄のリラックマと、コリラックマが、広瀬さんの趣味であるか否か。聞きたいような、聞きたくないような……。わたしは無難に後者を選択した。


「ほら、メジちゃん達。ここにも入ってみなさい」


 広瀬さんが靴下の口をおおきく開ける。いわば蛇の顔の反対側。尻の部分だ。

 三羽は興味深々という感じで、今まさに開かれた蛇の深淵しんえんを覗き込む。


「これは、なんでありますか?」


「いいから、いいから。ね? ちょっと一人だけでも入ってごらんなさい」


 広瀬さん。メジロは一羽であって、一人ではありません。ツッコミたいが、わたしは良い子で口をつぐんだ。

 わたしは正規社員で主任。

 広瀬さんは年上だが契約社員だ。地位的な事だけならば、断然わたしの方が分が良い。だが逆らわぬに、こした事はない。なぜなら広瀬さんには、元社員の肩書きもあるからだ。通算勤務年数と、事務所での力関係を考えると、彼女が強い。ほとんどラスボス級で強い。


「では、やつがれが」


 一羽が意を決したように、きっと頭をあげる。いつも最初に発言する奴だ。しかし「やつがれ」って何だよ。お前はどこの時代のメジロだよ!

 わたしは又もやツッコミたい一言を飲み込む。

 メジロはおずおずと蛇の開けられた尻へと、はいって行こうとしている。それを見守る広瀬さんの瞳の輝きといったらない。食いつかんばかりで結構コワイ。

 すっとメジロが蛇の穴へ身をいれた。

 広瀬さんが広げていた指を離す。

 ハイソックスの緩んだ口が閉まる瞬間。メジロの両の黒目が、はっと見開かれ、「はううう」言葉にならぬことばが、尖ったくちばしからもれた。

 感に堪えない響きであった。


「これは……」


 開いた目を閉じ、メジロが呟く。


「どうなのでありますか?」

「いかに? いかに?」


 すると残りの二羽が、蛇に躯を絡めとられた一羽の左右で騒ぎだす。


「これは、何ともいえぬ至福! ぬっくぬくであります!」

「おお! ぬっくぬく!」

われも! 吾も!」


 まるで野球少年がヘッドスライディングを決めるがごとく、身を横向きにしたと思いきや、残り二羽は脚先から滑りこんでいく。

 そして先の一羽のごとく、目をかっ開いたかと思えば、すぐにも閉じる。その顔は微睡まどろみのなかの幸せそのもの。


 メジロ三羽を見守る広瀬さんは、青いシャドウに彩られた目を細め、「まああ! 気に入ってもらえて良かった!」両の掌を、胸の前で組み合わせる。


 一方のわたしは、その様子に死んだ魚のような目になっていた。

 例え出生がプラスチックのメロンボールであったとしても、腐っても鳥。北風吹く野外を、大空を、飛んでこその鳥ではないのか。それなのに、このだらけきった姿はなんたる事か!

 しかもかなりシュールな絵づらだ。お前等三羽は、舌を伸ばす蛇の尻の方から、顔をだしているんだぞ。見るに堪えられないと思うのは、わたしだけなのか?

 ……わたしだけなのだろうな。


 いつもは朝一で各自にお茶を淹れてくれる、新人の斉藤さんがいっかな動く気配がない。それを課長もたしなめない。気がつくと、わたしと広瀬さん。横たわるメジロ共を中心に、社の人間は輪になっていた。


「わああ。可愛い!」

「もふもふ〜」

「なんとも癒されますなあ」


 好き勝手な感想を背中で聞き流し、わたしはその輪から戦線離脱をした。

 お茶はたまには自分で淹れよう。

 戸口では。今出社して来たばかりの早崎くんが、ダッフルコートを脱いでいる。営業担当でダッフルコートって、お前どんな感覚だよと、言いたいはずの台詞も今日はでて来ない。


「あ、主任おはようございます!」

「うん、おはよう……」

「凄い人の輪ですね? 何かあったんすか?」

「蛇の生き餌になっているメジロの鑑賞会だ……」

「ええっ?」


 わたしの言葉に軽くのけぞる早崎くんを残し、わたしは一人。給湯室へと消えたのだった。




靴下人形のぱく君は我が家にいます。小学生の息子が今よりもっとチビの頃、100均のハイソックスを買って作りました。チビだった息子が5本指の手袋をはめるのが下手で、出かけるとなると玄関でもたもた。こちらはイライラ。ところが靴下人形でしたら、すっと手にはまります。両手に蛇の顔をつけ(よく見ると靴下)息子は意気揚々と外出していました。結構シュールな絵づらでしたが良い思いでです。ぱく君は今でも大切にとってあります。

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