12/ぎくしゃくメジローずで、ましまし(4)
その部屋の壁際にずらりと並ぶ鳥籠の光景は、実に壮観であった。
白とグレーの文鳥。
十姉妹一家。黄色と赤のカナリヤ。丸く赤い頬をしたオカメインコ。
そしてみどり。きいろ。しろ。あお。色彩豊なセキセイインコ。
「うへえ。凄い」
早崎くんが驚きというには、いささか呆れた唸り声をあげる。
確かに凄い。部屋にあるものといえば、本棚とピアノ。椅子が二客。後は鳥籠だけの、とり部屋だ。
「冬は窓全開で換気とはいかないので、匂いが気になる方は居間で待っていて下さい」
「どうする? 早崎くん?」
斉藤さんが聞く。
「居間にいます」
素直に早崎くんはひとり戻る。
残ったのは我ら三名と三羽のメジロ。
永井さんはメジローずに、にっこりと微笑みかけた。
「いらっしゃい」
※ ※ ※
「母方なんですが、祖父母の代からの鳥好きです。川へ行くのは家族で、野鳥の写真を撮る為なんです」
永井さんに招き入れられ、メジロ共は永井家の小鳥たちとご対面だ。
まっしーは興奮の坩堝といった態で、「凄いでましまし。かわいいでましまし」と呟きながら、部屋中をぶんぶん飛び回る。
籠のなかの小鳥たちはこの珍事に、ストレスがかからないかと危惧するものの、得に騒ぎ立てる気配はない。
落ち着き払って、それぞれの籠のなかでマイペースに餌を啄み、水を飲み、或はうつらうつらとしている。
カナリヤは喉を震わせ、澄んだ歌声を朗々と響かせている。
集団の十姉妹一家は藁で編まれたツボ巣のなかに、これでもかと入っている。見えるだけで六、七羽もいる。鳥たちの籠はどれも皆清潔だ。余程永井家はとり好きなのだろう。
わたしは一籠一籠を覗いていく。小鳥たちは各々満ち足りた顔をしている。
まっしーのみが、はしゃいで部屋中を飛び回る。
一方やっくんとにーくんは、やや気圧された感じで、今のところ大人しい。二羽でぺっとりとくっつき合い、何やらヒソヒソと囁きあっている。
そこ。わたしの頭のうえだからな。粗相はするなよ。
「ココさんのそっくりさんで、ましまし」
まっしーは、インコの籠の前に降り立つと飛び跳ねだした。
そこにいるのは、みどり色のセキセイインコ。鼻の頭は……茶色である。
「キウイちゃん」
永井さんがインコを紹介する。
「キューリ?で、ましまし?」
「キウイ。フルーツのキウイよ」
「なるほど。みどりだからで、ましまし」
ふんふん。
頷きながらまっしーがキウイちゃんの籠を覗き込む。
いや、待て。まっしー。わたしはキウイフルーツなんて、食べさせた事ないぞ。どこで無駄な知識を、蓄えてくるのだ。
「きいろが、ポポくん。あおが空くん。しろが、ユキちゃん」
永井さんが指差しながら名を呼んでいく。
みどりと、きいろ。
あおと、しろが同じ籠にはいっている。わたしはそれぞれの鼻の頭を確認して、「番同士ですか?」永井さんへ尋ねた。
「そうです」
「なんだ……ご夫婦で、ましましか」
惜しそうにまっしーが言う。
「卵を生んだら、まっしーちゃんに紹介しようか?」
まっしーの失恋を知っているからか、永井さんがそんな事を言う。
いや、永井さん。それは困ります。メジロとインコ。インコがお嫁にきても、上手くいくとは思えません。
さぞや有頂天で喜び、飛び跳ねるかと思いきや、まっしーは、「うーーん」と首を傾げている。
「ココちゃんそっくりの、みどりのインコがきっと生まれるわよ」
「うーーん」
「生まれた時から一緒なら、きっとまっしーちゃんの事、仲間だと思うわよ」
永井さんがまっしーを甘い言葉で攻めていく。
頭のうえが、一気に動き出す。やっくんと思しき脚がさっきからばたばたと騒がしく動いている。
やめろ。髪が抜けるじゃないか。てっぺんからハゲてきたら、どう責任をとる気だ。
インコのカップルは永井さんの遠大なる計画など気にもせず、オスのポポくんが、キウイちゃんの首筋を嘴でカリカリと甘噛みしている。気持ち良いのだろう。キウイちゃんはうっとりと、目を瞑っている。
人間でいえば、いちゃいちゃしているカップルの雰囲気である。
「仲良しさんで、ましまし」
まっしーが二羽の様子にぽつりと言葉を漏らす。
「そうよ」
斉藤さんが頷く。
「やっくんと、にーくんも仲良しで、ましまし」
「そうなんだ」
「そうで、ましまし」
「まっしーちゃんも仲良しでしょう?」
「……まっしーは、おみそで、ましまし」
悔しさの滲んだ声で、まっしーが言う。
「そうなの?」
「まっしーは一羽だけ生まれた時期がずれていたで、ましまし。ホントならボールに入れなかったで、ましまし」
「だから三羽で一緒だったんだ」
永井さんの謎の発言に、わたしが「は?」斉藤さんが「え?」と言う。
「メジロボールは基本一個に二羽なんです」
永井さんがわたしの方に向き合い説明する。
「そうなんですか?」
蓋を開けたら、三羽でぬるんっと出てきた。
だからそんなもんだと、思っていた。
「母が産まれる前に、祖父がメジロボールを持っていました」
そう言って永井さんが本棚から、一冊のアルバムを取り出した。
白黒写真の貼られた、古いアルバムだ。写真の縁取りが白い。
そこに写っているのは、着物姿の男性だ。着物といっても、かっきりと着ているわけではない。褞袍のようなもので、かなり着くずしている。合わせからは肌着が覗いている。
男性は満面の笑みで、レンズに向かって、両の掌を差し出している。
見間違いようがないものが、右手にごろんと乗っている。丸いフォルム。へたのついた蓋。白黒だが、緑いろのはずのソレは、一見アイスのメロンボール。しかし左の掌に乗るものは、二羽のメジロ。
という事は、メジロボールなのであろう。
「僕らの、同胞であります!」
「まさに。まさにっ!!」
興奮したように、やっくんとにーくんが、頭のうえで、横っとびに跳ね回る。
「祖父の若い時代は、今よりずっとメジロボールが普及していました。それでも滅多に当たりません。当てた祖父は、それはもう喜んでいたそうです」
「当てた?」
わたしの問いに永井さんが頷く。
「新年の福引きであたったそうです」
「福引き。わたしと同じだ」
「当たり前であります」
やっくんが言う。
「メジロボールは、運次第。全てくじで当たる仕組みで、あります」
「お前ら全員くじの商品なのか?」
「吾らは、羽鳥組みのメジロであります」
にーくんが言う。
「組みまであんのか?」
「あります」
永井さんが重々しく頷く。
「祖父のボールは天鳥組みのものでした。ほら」
そう言って指差した別の写真には、メジロボールの底面がアップで写っている。裏側に「天鳥」と印刷されている。
「知っている限りで、天鳥。大鳥。高鳥。羽鳥。真鳥の五組がメジロボールを制作しています」
「五組? 制作?」
永井さんの発言に、わたしは改めて度肝を抜かれた。
制作という点においては、ある程度は推測していた。
野性のメジロが好き好んでボールのなかに入り込み、あまつさえ日本語を解し、福引きの景品になるとは思っていなかった。
しかし。なんというか、こう。現実を突き詰めと色々と複雑な思いがこみ上げてくる。
「……まっしーがボールに入れたのは、やっくんと、にーくんが内緒でいれてくれたで、ましまし」
まっしーが項垂れたまま、ぼそぼそと話しだした。