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10/ぎくしゃくメジローずで、ましまし(2)

 

 事の発端は、ましましメジロ。

 まっしーの勘違い失恋からだ。


 その日。まっしーは憧れの相手につのらせていた恋情を、捨てざるを得ない目にあった。

 失恋だ。

 しかも普通の失恋ではなかった。

 よりによって、相手の性別を間違えたうえでの失恋であった。

 ぶっちゃけ、可笑しい。

 わたしは背広のポケットのなかで、「ましまし、しくしく。ましまし、しくしく」と泣くまっしーに気取けどられぬ様に、笑いを抑えるのに苦心した。一応、気を使ったのだ。


 しかし身内というものは容赦ない。

 急先鋒きゅうせんぽうやつがれやっくんであった。


「信じられないであります」


 まっしーが事務所に帰って来た時。

 残る二羽は、広瀬さんお手製。へびのぱく君のなかにすっぽりとおさまり、ぬっくぬく状態であった。そのびろーーんと伸びた、だらしのない格好のまま、涙にくれるまっしーから事の顛末を聞く。

 まっしーは二羽から慰めて欲しかったのであろう。

 だがやっくんの一言は、傷心のまっしーにはキツかった。


「信じられないであります。一体どこをどうしたら、そんな間違いをしでかすので、ありますか?」


「……ココさんは、とびきり良い匂いであったで、ましまし」

 やっくんの問いに、うなだれた調子でまっしーが応える。


 まっしーは、リラックマハンドタオルを海苔巻きのように躯に巻き付け、頭の先っちょだけが見える状態で二羽の間にいる。

 おかげで、まっしーの声はいつもより、くぐもって聞こえた。

 へび。

 のり巻。

 へびの順で寝そべりながら、三羽の会話は続く。


「匂い?」と、にーくん。

「ああ。匂いでありますか」と、やっくん。


 そうして二羽は顔を見合わせると、互いにヒソヒソと話しだす。まだ下半身は靴下へびに入ったままだ。全くもって、ぐずぐずで自堕落な姿である。しかもまっしーを間に、ヒソヒソ話しをする意味はあるのか? 丸聞こえだぞ、お前ら。

 わたしは来期の予算見積もりをはじき出しながら、二羽の会話に耳をすませた。

 決して暇だったからではない。奴らはデスクの上。イヤでも聞こえてくるからだ。


「インコの匂いって、例のやつでありますかね?」と、にーくん。

「有無。うむ。きっとそうであります」と、やっくん。

「インコさんは、良い匂いをだしますから、まどわされてしまうのも分かるで、あります」

「いや、しかし。流石さすがに雌雄の区別はつくであります」

「それはそうでありますが……」

「それさえつかぬとは、まだまだお尻の青いヒヨッこ。それで恋の季節を迎えようなど、烏滸おこがましいというもの。まったくもって笑止千万しょうしせんばん

 やっくんが厳しく言い切る。


 なんだよ、その口調。

 お前遠山の金さんか、暴れん坊将軍かよ。わたしが心中でそうツッコンでいた時であった。ガバとタオル海苔巻きが、いやまっしーが起きあがった。


「それは聞き捨てならないで、ましましっ」

「おっ?」とにーくん。

「なんと?」と、やっくん。


 靴下へびに飲まれたままの二羽の前に、まっしーは、ば・ばーーんと仁王立ちになる。


「お二人はココさんの愛くるしさ。美しき姿を知らないから、そんな風に言えるんで、ましまし。一目見れば、ココさんの愛くるしさに、メジロはひれ伏してしまうで、ましまし」


 いや。お前。

 失恋しても天晴あっぱれな態度だな。ある意味男として尊敬するぞ。しかし言われたやっくんは、違ったらしい。重々しくも靴下へびから抜け出し、まっしーの前に、むっふんと立ちふさがる。

 双方ともに威厳を保った姿をしているつもりなのであろうが、そこはメジロ。ただ単に小鳥が向い合っている、ほのぼの絵づらにしか見えない。まるで緊迫感がない。


「それは聞き捨てならないで、ありますな」やっくんが言う。

「真実を言っているだけで、ましまし」まっしーも譲らない。


やつがれらメジロ。成りはちいさきとも、異国の鳥さんに、ひれ伏す事など考えられぬであります」

「躯の大小ではないで、ましまし。美しさでましまし」

「なんと。自らを卑下するばかりか、全メジロに対する暴言ともとれるその言葉。ますますもって聞き捨てならないで、あります」


「まあまあ」

 靴下へびの中から、にーくんが翼を伸ばして、やっくんの脚をちょいちょいと突く。


「二羽共ちょっと落ち着くで、あります」

「五月蝿いで、あります!」


 にーくんの羽を、やっくんが足蹴にする。

 軽く。あくまで軽くであったが、やられたにーくんの顔が強張こわばる。

 やっくんは気がつかない。


やつがれは群れのリーダーとして、暴言に目をつぶるなどできないで、あります」

「やっくんがリーダーなんて知らないで、ましまし。やっくんがしているのは、威張っているだけで、ましまし」


 どうした、まっしー。わたしは我と我が目を疑った。

 せせら笑いながら、まっしーが楯突くではないか。

 あのまっしーがせせら笑う。これはもう異常事態だぞ。メジロの恋とは、かくも恐ろしいものなのか。

 おいおい。ホント。大丈夫か。わたしは思わず、にーくんと目を見交みかわせた。にーくんも非常に難しい顔をしている。


「そんな風に思われていたとは、心外で、あります。すくなくともやつがれは、まっしーを大切に育ててきたつもりで、あります」

「ふんっ」


 まっしーが鼻を鳴らす。

 メジロって鼻鳴らせるんだ。こんな時なのに、わたしは妙なところで感心してしまった。


「だったらわれが、雌雄の判別を間違うメジロになったのも、やっくんの育て方が悪かったからで、ましまし。きっとそうで、ましまし」

「なんとっ!!」

 

 やっくんが、まっしーに向かって突進して行く。


「もう、やめろ」

 わたしは思わず、二羽の間に右手を差し入れた。


 わたしの手を境界線に、二羽は「ひどいでありますっ」「どっちがで、ましまし」「ひどい」「ましまし」「侮辱で」「どっちが」とヒートアップするばかりだ。しかも口汚くののしりながら、わたしの掌を蹴ったり、突いたりする。

 地味に痛いぞ、お前等。


 にーくんが、まっしーの背後に回り込み、

「やめるで、あります!!」


 まっしーを、がっしと押さえつける。

 一回り小さなまっしーは、後ろからにーくんに馬乗りにされると、ひとたまりもない。


「やっくんは、まっしーの育ての親同然。感謝こそすれ、そこまで言うのは酷いであります。頭を冷やすであります」

「離すで、ましまし!」

「恩知らずで、あります!!」


 やっくんが掌を乗り越え、猛然もうぜんとまっしーへ突進しようとするのを、わたしが取り押さえた。

 もうもうと舞う、メジロの羽毛。

 机のうえはとんだパニック状態。

 気がつくとわたしのデスクを中心に、心配そうに両手をもむ社員がずらりと取り囲んでいた。


 ※ ※ ※


 あれ以降。三羽はぎこちない。

 広瀬さん曰く。まっしーは失恋騒動から立ち直っていないし、やっくんは腹を立てたままだ。にーくんは、二羽の間でやつれている。

 三歩歩いたら忘れる鳥頭なんだろう。

 忘れろ。わすれろ。

 鼻の頭の青いインコなんて忘れてしまえ。

 家族間の喧嘩なんざ日常茶飯事。気にするな。

 そう思うものの、事態は全く好転していないまま、年の瀬だ。


 わたしは広瀬さんのお料理メモという名の指令書を見ながら、ラードをぐにょりとかき混ぜる。

 ラードは昨夜スーパーで牛肉を買った時にもらって来た。ついでに今日は肉豆腐だ。正直年末に手料理なんて面倒だ。そばと、飯があればそれで良い。だがこれも浮世うきよの義理。致し方ない。


 ねちょねちょとかきまぜたラードに小麦粉を投入。つぎに砂糖をざざっといれる。分量は無視した。適当でかまうまい。それらをくるくると丸めていく。

 こんなの子どもの時に、母親の手伝いで作ったハンバーグ以来だ。そう言えば、あれはクリスマスや誕生日の行事だったな。主役=子どもに手伝わせるのが、母の流儀であった。


 我が家の主役は無言で手伝い中だ。

 卓上で、松岡所長から預かった各社員の名刺に、足裏にカラースタンプで色をつけては、ぺったんぺったんと押している。

 足型を押すのは、一番脚のちいさなまっしー。

 まっしーの足元へ、名刺を一枚ずつ置いて行くのが、にーくん。

 足型スタンプされた名刺を乾かすために、並べていくのは、やっくん。三羽そろって無言で、粛粛しゅくしゅくと作業はすすむ。

 わたしは、まるめたかたまりをざっくり二つにわける。ひとつを百均で購入したタッパへ詰める。残りひとつは、さらに三等分にしてラップへくるむ。


 部屋に漂うのは重い空気。しかしめげてはならない。ここでめげては、元の木阿弥もくあみだ。


「さあ! できたぞ」


 わたしのテンション高めの声がむなしく響く。天井から吊るされた金銀モールも色あせて見える。

 つられた様にメジロ共はわたしを見るも、すぐさま視線を外す。

 ……なんだか思春期の子どもらに無視される親の気分だ。世のお父さん、お母さんの苦労が忍ばれる。

 親爺、お袋。とんとご無沙汰して、電話一本かけない息子でゴメン。今度美味いものでも送るから。


「さあ、行くぞ!!」

「……まだ少し残っているで、あります」


 にーくんが、残っている名刺の束を見ながら言う。

 どれどれ。わたしが名刺を手にとると、まっしーが汚れた脚を浮かせた格好で、「もう、疲れたでましまし」情けない声をだした。


「残りは、早崎くんのか……。後、三十くらいだしやってしまうか」

「では、われが変わるであります。まっしーはちょっと休んでいると良いで、あります」


 そう言って場所を交代すると、にーくんは今までまっしーが使っていたみどりのスタンプへ、やや大きめの脚をぺたりとつける。


「……甘えでありますな」


 横でぼそりとやっくんが呟く。

 途端にまっしーがきっと、やっくんに向き合う。おい、今まで目も合わせていないくせに、ナニやってんだよ。


「にーくんは、やっくんと違って優しいんで、ましまし。誰かさんみたいな、威張っているだけメジロではないで、ましまし」


 ウエットティッシュで脚をふきながら、まっしーが一丁前に嫌みを言う。


「はいはい。そこまで。そこまで」


 仕方ない。わたしが間にはいる。乱闘騒動はもうゴメンだ。

 にーくんがすぱん。すぱんと無言で足型を押して行く。


「これが終わったら、お出かけするぞ」


「……まっしーはお家で休んでいたいで、ましまし」

 まっしーの呟きに、やっくんがナニか一言言いたそうにするも、そこはすかさずさえぎる。


「そんな事言うな、楽しい所へ行くぞ」

「……」

「……」

「……わかったで、ましまし」


 無言の二羽。仏頂面のまっしー。

 お父さんは本当に、胃を痛めそうだぞ、おい。



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