体育祭……の前
ジリジリジリジリ。
真夏のような季節外れの太陽が教室の中を照らす。季節は5月末。梅雨のはじまり。それにもかかわらず今日は晴れ、しかも雲一つない快晴ときた。この時期にしては珍しい。
それに最近気温が夏日を更新している。早起きしすぎたセミもいる。前はこんなことなかったのに。温暖化のせいかな。
とにかく暑いです……。
そんな中、みんながわいわいやっている。授業中なのに。普段なら静かにしなきゃいけないんだけど今回は特別。なぜなら……
「おらー、何するか決めろー」
「俺、借り物やるわ」
「んじゃ俺は障害物」
「いや、お前は200m走いけ。たしかタイム結構速かったろ」
「ならお前がいけ。俺より速いだろ」
体育祭の参加種目を決めているからだ。
そう……体育祭。年に1度開かれる学校の祭典の1つ。
わたしの学校は3つのチームに分かれる。カラーはそれぞれ赤、白、青。わたしたちのクラスは赤。
さてさて。
チームのことを考えつつ、自分らの各種目優勝を目指し、誰がどこに参加するかを決めているわたしたちのクラス。もちろん個人の意志も尊重してね。
まぁわたしに限ってはそうじゃないみたいだけど。と言うのも
「ここ、100mハードル。宵待さんにぜひ出てもらいたいんだけど、どうかな?」
「いやいや、スウェーデンリレーでしょ」
「200m走とかもいいかも」
「んー、あえて仮装にしてみても面白いかも」
「え〜!100mハードルの方がいいよー」
「「「「ねぇ、どれがいい?」」」」
クラスの女の子全員から何に参加したいか問われていた。わたしの意見を無視して。
「えっと……あの……」
「なに、宵待さん?決まった?」
「えっと、そうじゃなくて。わたしの意見は聞いてくれないのかなぁっと……」
みんなが困ったような顔をした。それはそっか……。
わたしの意見とは、できるだけ目立つようなことはしたくないというもの。色々あるからね。別に不参加と言っている訳じゃない。でも……。
「ダーメ」
優に却下された。
「冬美華、ちゃんと参加しなさい」
「ゆ、優!人聞きの悪いこと言わないで!
別に参加したくない訳じゃないよ!」
「じゃあ、何にする?」
と紙を見せてくる。すました顔で。優…怒ってる……。
紙を受け取って見る。競技種目が色々書いてあって、すでに名前が入っているところもある。その中にいくつか丸で囲ってあるところがある。わたしに出てもらいたい種目だそうです。100m、100mハードル、200m、スウェーデン、リレーと5つ。
「さ、どれか選べ」
と…………言われても……選択肢、陸上競技しかないんだけど。
「なんで……。これだけ?」
「うん。ぜひやってもらいたいなぁと」
「他は?」
「あるけど……冬美華は多分やりたくないと思ったから外した」
わたしがやりたくない競技?
気になるな……。
「どんなの?」
「仮装競争」
「拒否します」
誰がやるか、そんなの。
はぁ……。結局はあの中から選ぶことになるって訳か。……………………あれ?ちょっと待って。
「なんでわたしが頼まれているの?」
そうだよ。なんでわたしなんだろう?
陸上部を抜きにしても、わたしより運動できる人結構いるのに。なんで?
すると、優が体育委員の子から何かを受け取ってそれを見せてくる。50m走のタイム表?
「……………………あ」
「わかったようね」
わかりたくなかった……。
50m走のタイム表。よく見ると出席番号の隣に小さく数字が書いてあって、タイムの速い順番に1から振られている。
だけど所々その数字の上から斜線が引いてあるところがあり、その箇所は全部で5つ。これは多分…………陸上部だ。たしか陸上部は100m走といった種目が出られない。だからか。
……となると、
「必然的にわたしが1番になるのか…」
「そ、だから出て欲しいわけ」
納得いたしました。
「このクラスで陸上部に対抗できるのは宵待さんだけなの」
「だからお願いっ!」
えっ、ちょっとやめてよ。わたしを囲んでお願いをしてくるの。これじゃ断れないじゃない!もうっ!
こんなになるなら嫌でも仮装競争にしとけばよかった。
降参です……。
「はい……」
「よしっ!そうと決まれば、冬美華をどこに入れるかだ!」
「どこに入れたらいいかな?」
「スウェーデンは絶対外せないわ」
「200m走も捨てがたいよね」
「ねえ。宵待さんってハードルできる?」
「いや……それは」
「冬美華はそれぐらいできるって。問題ない問題ない」
「ねぇ、ちょっと」
「じゃあ、それも候補と言うことで」
「あ、でもたしか同じ種目グループで2回は出られなかったよね」
「あーっ!そうだったー!」
「私、今から体育委員長に直談判してくる!」
「あたしも行く!」
……………………。
あの……肝心のわたしを忘れてません?
いや、それよりも……なんか嵐が吹き荒れそうな感じがする。
「なるほど。大変だったね」
「うん……」
夜、碧に今日あったことを電話で話していた。
実はあの後、2人のクラスメイトが本当に体育委員長と体育委員の先生に直談判しに行った。冗談かと思ってた。
結果は当然失敗。体育委員の先生にこっ酷く怒られた。しかもなぜか先生の雷が全部わたしの方にきた。避雷針のように。とんだとばっちりだよ……。
「まぁ、でもよかったよ」
「何がいいのよ。怒られたのに……」
「違うよ。そっちじゃなくて冬美華のこと」
「?」
わたし?
「ちゃんとクラスに馴染んでいてよかったって言いたかったの」
「え?」
耳を疑った。わたしがクラスに馴染んでる?どういうこと?
「碧。それなんかの間違いじゃない?」
馴染むなんて……そんなこと絶対にある訳ない。何せ……クラスの人と殆ど喋ったことないのに……。自分から避けているのに……。だから絶対にありえない。
それに
「だって好きな碧ですら……少し怖がっているわたしが、クラスの人は大丈夫っていうことはありえないから。だから、碧の勘違いだよ……」
「そうかな?」
「そうだよ」
んーっと電話越しに唸る声が聞こえる。面倒くさくてでごめんなさい……。
「それはそうと。どうなったの?決まった?」
「うん。100mハードルとスウェーデンリレー」
へーっと驚いたような声が聞こえた。
「やるじゃん」
「一方的に押し付けられたようなものなんだけどね」
「でも任せられている訳じゃない?すごいよ」
なんかそこまで言われると、ちょっと照れる……。ん……っ!
「スウェーデンはどこを走るの?」
「一番最後……」
「結構重要じゃん」
「うん……」
「……どうしたの、冬美華」
心配そうな声。
「何かあったの?」
「……」
声が出ない。言いたくても、言えない。心配とかかけたくなかったから。特に今は。
「大丈夫。大丈夫だから」
「本当に?」
「うん」
少しの間静かになって、"わかった"って言った。
「体育祭、休日になりそうだから見にきて」
「ん、平日じゃないの?」
「多分雨とか降っちゃってできなくなると思うの」
「そっか。わかった、見に行くよ」
「楽しみにしててね」
「おう!」
"じゃ、もう遅いから寝るよ"と言って電話を切った。
胸に手を当てて、息をゆっくりと吸い、呼吸の調子を整える。
「はぁー…………」
さっきよりは少しだけ楽になった。
心の中で訴えかける。
"頑張って、わたしの身体。後、もう少しだから"って。
次は妹にバトンタッチ!