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幻科京物語  作者: Key Smith
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第四話

第四話


 俺は今、非常に苛立っている。

 あの一件から少し経ち、あまりにも有難く、あまりにも楽しくない。そんな授業を乗り越え、ゴールデンウィークを迎えた俺達は最寄りの駅に集まって、それから現地の駅に向かおう。と待ち合わせをした。

 そう、したはずなのだが……

 白が来ない。

 何かあったのか? という心配もないではないが、あの時間にルーズな寝坊助のことだ良くて寝坊。下手したら約束の時間どころか最悪日程を間違えて記憶している可能性もある。彼主導で泊りの計画を進めたというのに、だ。

 まったく。かつては自由な時間に自由に乗れるという通勤電車とやらが主流だったらしいが、今となっては事前に指定した時間きっかりの電動パイプ型車両でんしゃに乗らないと追加料金が発生してしまうという運搬効率とかそれ以前に客から見た利便性の多くを廃棄しているのではないかという考えに至るような仕組みだが、現実にはかつてよりその利用者は減っていない、それどころか微増しているという訳のわからないことになっているという。

 正直他人のことなんかどうでもいいが、俺のような金に困る苦学生にとっては絶対に遅れてはならない乗り物なのだ。

 まあ、それを見越して約束時間から三十分後に発射する電車を予約しておいたからよかったものの、タイトな時間設計していたら危うく金を浪費しているところだ……俺たちが乗らなければならない電車の発車時刻は後十分に迫ってるからじゅうぶ……けっこう危ないけどな!

 しょうがない、家まで迎えに行くか……

「ごめん! 遅れた!」

 声の方角を見ると白が埃を巻き上げながら走ってきた。

 実に速い、転ばないといいが。。

 あれ? これ止まってくれなければ俺に直撃するコースなのでは?

「せーっふ!」

「いや、アウトだろ」

 不吉なことを考えていたらそれが届いたのか白は徐々に減速し、俺の数十センチ手前で止まってくれたため、俺の憂慮は杞憂に終わった。

「なんで? ちゃんと間に合ったよ?」

 発車時刻にはな。

「二十一分と二十五秒。約束時間からは遅れているが?」

「あ! それ今計ったでしょ! 僕が来たときはまだ二十分と半くらいだったはずだよ?」

 してやったり。とでも言わんばかりの表情を浮かべる白。

 なんだか腹が立ったのでそれなりに力を込めた指で弾く。

「それで、何故遅れた?」

 小さな悲鳴を上げ頭を抱える白に尋ねる。

「春眠暁を覚え――」

「痛みが足りないようだな」

 お次はアイアンクロー!

「――ちょっ、まっ! 僕が悪かったから拳はやめて!?」






 炭酸飲料の栓を開けた時のような音を合図に開かれた扉をくぐる。

 車窓から望める景色は暗闇。ジョイント音などなく、慣性管制装置とやらで走行中の揺れはおろか、発車や停車の体の引きずられる感覚もない。

 ほんと旅の風情も

 欠片のない世の中だ。

「旅に電車の移動も含んでるハルの方がおかしいんじゃないかな」

 まあ、俺達が乗っていた科京都下線だけでなく、電車はかつて地上を走っていたらしいが今の御時世、地上で線路を見かけることなんてないし、超スピードで起こる騒音問題は端から起こりやしないのだから容赦なく亜音速やら音速やらを出してくる。大抵近場の移動なんて一瞬だ。西の京に行くのだって四十分かからなかったしな。こんな状況じゃ昔、一部の地域で使用されていたという通勤で使われるボックスシートが廃止されたということも納得と言えば納得だ。そういえば電車には車輪と思わしき物があるけれど何の意味があるのだろうか。電車、パイプの中を浮いているのに……

 すべての時計は性格で天気予報は秒単位。およそ仕事は完全効率主義。

 のんびりゆったり仕事している俺の方が少数派だろう。

 十年前に起こった人妖大戦でたくさんの人間を失った。

 その後確かにこの街はまちが……確実に発展を遂げている。けれど科学の発展と共に人々はゆとりというもの、暖かさというものを喪いつつあるように感じる。

 科学技術が発展することと楽しく生きることは必ずしもイコールで繋がるわけではない。時にはノットイコールで結ばれることもあるだろう。

 だから技術者の方々も少しくらい手を休めてくれたっていいと思う。技術が進みすぎるとこの街で俺の力が発揮しにくくなってしまうし。

 それにしても此方の人々は歩くのが早い。いや、俺も此方の生まれだが生来の性というものとゆったりした時の流れたところに長く滞在していたという事実が相まって此方の通常歩行が異常な光景に思える。

 また、そのスピードを白自身も発揮しているため。

「何もそんなに急ぐこともないと思うが?」

 情けないことに俺は小走りをしないと追いつけない。

「遅いなぁ。早くしないと日が暮れちゃうよ。時間は有限なんだから」

「そんなこと言われてもだなぁ……分かったから無言で歩く速さを上げないでくれよ」

 お前が早すぎるだけだ、俺は遅くない。

 溜息、一つ。……これは呼吸が乱れてるわけじゃない。






 まだ昼間の住宅街とはいえ怪しさの欠片も感じることができない。

 やっぱり手がかりもなしに探すのは厳しいか? 昼間の探索で見つけることは諦めるか。

 歩いているとさっきまで隣を歩いていたはずの白がいない。

 前にも横にもいない、後ろを振り返ると、白は鞄を漁っていた。

 疑問を投げかける。

「充電器忘れた。ちょっと買ってくる」

 と、白は言った。

 おいおい現代っ子。携帯なんて一日二日持たないでも特に問題ないだろ。

 「ちょっと待て。ここら辺は最近治安が悪くなったらしいし一人でどっか行ったりしない方がいいんじゃ……」

 あ、もういない。

 あいつ男のくせに可愛いからな……変な輩に絡まれるかもしれない。まずは慌てずにあいつが持っているはずの携帯の位置探査システムを辿って……コンビニエンスストアの前か。当たり前だがここから近いな。

 とりあえず急ごう。


「おい嬢ちゃん。ちょっと遊ばないかい?」

「やめてください!」

 声がした方へ駆けつけると白がコンビニエンスストアの前でチンピラ達に絡まれていた。言わんこっちゃない、もう少し急ぐべきだったか。

 対人向けの装備はしていない、けれどしょうがない。

 ぶっ飛ばそう。

「おい」

 チンピラの一番強そうなやつの肩に手をかける。

「なんだおま――ぐはぁ!」

 まず一人を殴り倒す。

 あと三人。

「よくも千帆を!」

 この地面で倒れている奴千帆って名前だったのか。

 男で千帆っておい。

 とりあえず後ろに受け流して灰色の電柱と熱い抱擁を交わさせておく。

「宇野座! クソッ、ガキが調子に乗りやがって!」

 なぜ正面切っての攻撃に飛び膝蹴りを選ぶんだ、お前は。

 こいつもいなす。

 「ふべらっ! 何住んだ湖群!」

 後ろで宇野座と呼ばれた奴と湖群と呼ばれた奴が殴り合いを始めた。

 なんだこいつら。

「余所見とはよゆうだなぁ! 俺はチウコダの弾! 死に晒せぇ!」

「うるさい!」

「ぐぇ!」

 わめきながら行う奇襲ほど意味のないものはないだろ。

 …………とりあえず全員片付いたか。

「白、怪我はないか?」

「うん…………ありがと」

 どういたしまして。






 コンビニエンスストアで充電器を購入した後、歩いていくと少しずつ家が減っていき今周りに見える景色は平地での生育に適した野菜類の畑ばかりとなっていた。遠くからは牛の鳴き声が聞こえてくる。

 それにしてもこの道、かなり古いように見える。

 地面を覆うアスファルトは所々割れていて雑草が覗いている。その上角の少ない小石まで落ちている。

 こんな道は科京の中心部じゃまずお目にかかることはないだろうな。

 一般科京民や自転車には少しきついだろうが徒歩の俺たちは慣れているから大丈夫だ。

「うわぁ!」

 と思っていたが考えを改める必要がありそうだ。

 白…………こんなところで転ぶのか、お前って奴は…………

 俺は深く息を吐き、白の手を取り引っ張り上げた。

「まったく。気をつけろよ?」

「ごめん」

 徒歩の俺は慣れているから大丈夫だ。このように都会っこは転げてしまうわけで、こんなにも不安定だと歩くだけならともかく急いでいるときはどうするんだろうか。白も真っ平らな所ならさっきのような醜体を晒すこともない……はず……多分。

「そういえばさ」

「なんだ」

 白が唐突に話しかけてきた。それに俺は返答しながら首を向ける。

「道路の脇に生えてるあの、なんだっけ」

「電柱」

「ああ、そうだ。その電柱だけどさ。木でできてる電柱ってあるんだね」

「言われてみれば…………そうだな」

 辺りを見渡すと確かに生えている電柱は木だ。

「電柱って鉄の入ったコンクリートでできてるんじゃなかったっけ」

「ああ。そのはずだが……ここは郊外だし木製もなくはない――わけねーだろ」

 木製なんて生まれて初めて見たぞ。そもそもここが農耕地帯になったのはここ十年のことなのに木製の電柱が存在するとは思えない。

 はて。これはどういうことか。なんだか嫌な予感がするし、空も紅くなっているから引き返した方がいい、か。

「白、今日の探索はやめにしないか?」

「うーん。そうだね。また明日にしよっか」

 怪しいか怪しくないかの見当もつけずに虱潰しも無理だろう。まあ気配を本気で探るのは白がいる以上行えない。白に力をばらしたくないし、一晩あれば探してぶっ潰すことくらいできるからあえて今見つける必要はない。

 白はそのことを知るわけもない、が疲労がたまっていたようで引き返すことに異を唱えることもせず――――っっ!

「どうしたの?」

「――いや、なんでもない」

「そっか」

 なんでもないわけがない。今現世と別の世界を隔てる結界の気配がした。それも濃密な。

 これは不味い。これは針投げつけるだけでは倒せない妖怪かもしれない。聞いてないぞ。

 現世に存在する奴には反応するってことは、現世にいない奴には反応を示さないってことか?

 よく説明を聞いておけばよかったな……

 引き返す判断は正しかったらしい。下手に踏み込んでからでは手遅れになっていたからな。

 とはいえ、今のうちに見つけられたことは重畳だ。

 さて、まずは宿に戻って、白が眠りにつくであろう時間になるまで待ってから装備整えて突入とでも洒落込みますか。

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