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幻科京物語  作者: Key Smith
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第三話

第三話

 科京中区旧浅草地区

 ここはかつて観光地として賑わっていたらしいのだが今となって見るとその面影を欠片も残しておらず、人通りの多い町であったとはとても想像のつかなくなる程度には荒廃しきっている。

 俺はとある目的を持ちこの入り組んだ街の一角にある、これまたおんぼろな建物の前に立っていた。

「おい、依頼があるんだろう? 受けてやるよ」

 と、俺は扉をノックしながら言う。すると中から聞こえてきた許可の旨の言葉と共に扉は開かれ、俺は足を踏み入れた。

 ――と、同時に左方から青い刃色のナイフが飛んでくる。

 危ないじゃないか

 それを躱して回収しながら中にいるであろう男に声をかける。

「不意打ちだなんてどういうつもりだ? 正々堂々がお前らの信条だったと俺は記憶していたのだが。まさか自らの責務に堪えかねて気でも振れたか?」

 俺の言葉に男は苦笑した。

「随分な言いぐさですねぇ。私の気はそう簡単に振れるほど弱ってはいませんし、ちょっとした遊び心を働かせただけですよ。たとえ今のナイフが当たったところで君はこの程度の罠で死ぬような玉じゃあないでしょう。事実、君はちゃっかり躱しているじゃないですか」

 正面に目を向ける。

 そこには部屋の奥にある黒革張りのソファーに深く腰掛ける胡散臭い笑みを浮かべた男がいた。

 高そうなソファーだ、建物自体はおんぼろなのに。

「躱せた躱せないとはとりあえず置いといて、客人が入ってきた瞬間から殺しにかかってくるお前に対する態度としてはむしろ丁寧なほうだと思うが? 科京最大のマフィア、雷組の若頭衆末席さん?」

 男としては小さい部類に入る身長とお世辞にもスリムとは言えない容貌をした若く見える野郎がそんなポストに立っているのだというのだから人は見た目で測りきれない。

「おお、怖い怖い。まあそんなに怖い顔しないで下さいよ。ただでさえ恐ろしい顔が般若のようになっていますよ。まずは交渉のテ-ブルにつきましょうじゃありませんか。話はそれからです」

 そういって男は俺を対面のソファーに座るよう目線で促した。

 む? このソファー無機質な見た目の割に柔らかいな。黒さでその上品さを高めるように見せ、程よい光沢で下品にならない程度に高級さを増している。またそれはそこらの安物とは違って張りぼてではない。ソファーというものは柔らかすぎても、硬すぎても腰を痛める。そうでなくとも疲れやすくなってしまう。その点このソファーは程よい柔らかさだ。座る者に苦痛を与える程の硬さもなく、かといって眠くなるほど柔らかくない。まさにこれが交渉にピッタリといえるソファーだろう。ここまでの快適さとなるとさぞかしお高いことなのだろう。いったい幾らするんだか。

「…………よろしいですか?」

 思考に耽っていると男が低い声で呼びかけてきた。額を見れば青筋。これが噂に聞く静かにキレるとかいう奴か。

「すまない。話してくれ」

 数瞬の間をおいた後、男は話し始めた。

「さて、まずは何から話しましょうか。あぁ、そういえば我が組に入らないか? という誘い、まだお返事を頂いてはおりませんがどうされるのです? せめて御一考頂けましたか?」

 えぇ? 俺は困惑を禁じ得ない。その話は随分と遠い昔に終わったと思っていたんだが……

「入らない、と何度も言っているだろう。まさかそんなことまで忘れてしまったのか? だとしたらお前はよっぽどな脳足りんらしいな」

 男の反応は見なかったが、舌打ちの音は確かに聞こえた。そんなことはお構いなしにに俺は話を続ける。

「そもそも俺はこんな押し問答をしにこんな所へ来たわけじゃない。お前だってそんな下らないことで呼び出したわけじゃあないだろう?」

「……最近君どんどん辛辣になってませんか? まあ、いいです。君の仰る通り仕事の話ですよ」

「いつも思うのだが。その仕事、お前んとこの組内で片づけられないのか? 街から委託されているのはそちらだというのに」

 彼ら雷組はマフィアを名乗ってはいるが行政区から表向きにはできない汚れた仕事を請け負うことの対価に金を受け取り、裏の人間に仕事を斡旋するといった、公共職業安定所まがいのこともやっている。

 当然自らで処理できる案件はある程度処理する。そんな仕事の中から俺らのような野良に回ってくる仕事と言ったら、駆け出しにすらでき、かつ量が多いものが圧倒的多数を占める。しかしたまに、とても大きい仕事が在野に放たれていることがある。それは雷組が手におえないと判断した事々だ。俺に直接依頼してきた回数は両手使っても事足りない。それだけ彼らの組には対妖怪能力が欠陥しているのだ。

「えぇそりゃあ適材適所ってものでしょう。餅は餅屋ってやつです。自分じゃ何もしない腰抜け政府よりかはマシだと自負しています。それに金ならある以上、我が組の者を危険だと判明している死地にわざわざ追いやるのは馬鹿の所業です」

 そもそも、と言葉を切り男はその胡散臭い笑みを崩さぬまま話を続ける。

「忘れないで下さいよ? お前に支払われる報酬はこちろから出ているのです。お前は偉い立場じゃあ、ありません。身の程を、知れ」

 男の言葉に思わず舌打ちをしてしまう。挑発が過ぎたか。

「そうか。それで、肝心の仕事は?」

「話そらしたのは君でしょうに。まあいいです。此方として君に提示できる案件は三つ、あります」

 言葉に空白、言葉は続く。

「まず一つ目、最近壁の外に増殖し続けている妖怪共の殲滅」

 それならば割は良さそうだが。

「なるほど、それは何処の壁だ?」

「幻京の旧京地方付近」

 それはもしや……

「……交通費は?」

「報酬から天引き」

「却下、嘗めてるのか」

 交通費くらいケチるな。依頼自体が嘘だ、あの都市の防衛機構はどうかしてるからな。

「次に私がスポンサーとなり――」

「却下」

「何故です? まだ一文も話し終わってないんですが」

「半文も話せれば十分だろう。その話はどう考えても厄介ごとだとしか思えない。それで?」

「それで? とは」

「とぼけるな。先の二つがふざけたものだったんだ、残りの一つが本命だろう」

「別にふざけたつもりは少したりともないんですがねぇ」

 冗談か本気か、男はそんなことを言いながら俺と男の間にある卓上にいつの間にか現れた湯呑を手に取り一服し本題を切り出す。

「三つ目。おおい区に城が現れるという噂に関する調査、余裕があれば解決。当然解決すれば報酬は上乗せしましょう」

「なるほど、詳細は?」

 俺は卓上にあるもう一つの湯呑を手に取り、飲む。

 …………温いな。

「その様子だと少しは知っているようですねぇ。えぇ、まず事の発端は先の三月、綿足の舎弟が担当している地区の上納金が滞っていたことでした。その報告が上がってからすぐにうちの若い衆を何人かやったのですが――」

「帰って来なかったと」

 俺の問いに対し、男は苦虫を噛み潰したような顔をし首を振る。

 違うらしい。

「いえ、生きて帰っては来たのです。しかし彼らの精神は壊れ、弾薬は使い切り、装備も重装甲だったはずなのにぼろぼろとなっていたのです」

「それで? まさかそれだけで俺を呼び出したわけじゃあないだろう」

「えぇ。さすがに鋭いですねぇ。その通りです。落とし前をつけに私自らが赴いたのですが目視での発見はもとより、探知機にも引っかからない。正直我々としてはお手上げといったところです」

 お前に褒められても裏を疑うことしかしねぇよ。

 それにしても、こうも簡単に敗北宣言とは。本当はどうなんだか。

「その探知機というものの性能は?」

「現し世に反応するものとしては最高級の物をつかっています。これは現し世に存在する一定以上の幻想にしか反応しません、つまり」

「事件の原因となった何者かは多少の小細工を施す程度で本体の力はさほど強くない。そう言いたいのだな」

 俺の言葉に男は微笑みを持って返す。

 あまりの曖昧さに俺は溜息しか出ない。

 まぁ間違っても鬼やらなんやらは出ないだろう。

「どっちかはっきりしてくれ。まあいい。お前はいくら出す?」

「そうですねぇ……五万、でどうでしょう」

「安い、安すぎる。三十万」

 此方からしたら命を削るのだ。

 俺の命はいうほど軽くない。

「それはいくらなんでも吹っかけすぎでは? 九万」

「正当な価格は提示しているはずだが? むしろ普段が安すぎる。二十八万」

「誰があなたの仕事を斡旋していると思っているんですか? 十一万」

「そもそも、この件が解決されずに困るのはお前らだ。二十三万」

「別に代わりはいるんですよ? 十三万」

「その代わりって奴の能力は足りているのか? 少なくとも俺より強いとは言えまい。二十万」

 男から溜息が漏れる。

「十七万、これ以上譲れません」

 まあ妥当なところか?

「承った」

 なんだか、違和感がある。これを見逃したら致命的なものになる気がする……まあ、いいか。気のせいだろう。

 俺は男が出してきた書類に目を通し、サインを書き、判を押した。

「ああ、そうだ」

 男はさも今思い出したかのように言う。

 まだ何か用があったのか?

「最近、君の家に美しい女性が寝泊まりしているという情報を手に入れたのですが、本当ですか?」

「……」

「沈黙は肯定と受け取りますよ? まあ、いいです。この依頼が終わったとき、春の件と一緒に話してください。どうせ関連性のあることでしょう?」

「……ああ」

「それにしても男女が一つ屋根の下、ですか。いやぁ、いい御身分ですねぇ」

「………………」

「第一君には白さんがいるでしょう。そのうち刺されますよ?」

「喧しいわ!」







 俺は扉を閉じ歩く。

 白は男だっての。

 だのにあいつはさも俺が同性愛者であるかのように話を進めてくる。腐っているのか? いや、人間性は腐っているか。

 いい加減勘弁してくれ、俺はとこかく白が迷惑するだろう。

 斜陽が俺を慰めるかのように照らしていた。

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