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幻科京物語  作者: Key Smith
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第二話

第二話


陰平陽翔

 学校法人私立科京学園に通うおおよそ普通な少年で大体普遍的な学生である。

 というのは建前で科学蔓延るこの科京では数少ない幻想の術を習得している者。また、その術を用いて親亡き身でありながら一般には無いような荒事にも身を投じ、自ら生計を立てている。

 しがない貧乏な一介の術師である。


 ……この半分くらいは俺の妄想。


 あまりにも科学的で、科学で説明のつかないことのほとんど消え去ってしまい、俺の力も弱くなってしまう。俺が懇意にしてもらっている仕事の斡旋者の半ば脅迫に近い要望と俺にとって数少ない友人がいなければこんなにもつまらないようなこの都市科京に住む理由などというものは存在しない。

 そんな退屈な思いをして体を動かす機会すらも減りつつある状況に身を置かれている俺が痛々しい益体もない妄想――真実も多々含まれるが――に心を入れ込むことも致し方ないことだろう。

 そしてそれらの妄想を後で思い出して自宅の枕に顔を沈め、恥ずかしさに悶えるまでが一つのループとなるわけだ。

 先の春休みに訪れた幻京は実に楽しかった。いろいろ仕事外の厄介ごとにも巻き込まれはしたもののそれ含めての感想だ。怪我も結果的に軽いもので済んだというのも良い。おまけがついてこなければなお良かった

「おい陰平ーなにぼーっとしているんだー? 集中しろー」

 この春から数学の教科担当となった先生から注意の声が飛ぶ。

 まずい、新学期早々これでは教師からの評価がダダ下がりではないか。

「おい、聞いているのか? まあいい、この一〇二頁の問一。解け」

 急いで教科書の該当頁を開く。n……進法?

 どうやら俺の手には負えない問題だったらしい。


 終わった……授業と俺の成績が。

 少々大げさな感がないではないが、この学校は授業態度が進級に九割方関わってくるため授業中こそが最も気の抜けないときであるというのに。

 これからは気を付けなければ。

「授業に集中できてなかったみたいだけどどうしたの? この前まであんなに真面目だったのに。ハルらしくないよ」

 俺が塩を浴びたナメクジの如く机に突っ伏していると白がにこやかに話しかけてきた。その笑顔が嘲笑にしか思えないのは俺がひねくれすぎているからだろうか。なんだか俺に話しかけてきているようだが、正直放っておいてほしい。

 最近金勘定ばかりしているせいか……いや、そのせいであまり眠れていない上に精神的に疲れることばかりで俺は今、貝になりたいんだ。

「ねー、ハルー? 聞いてるー?」

 眠い。この授業の小休止時間に少し寝てしまおうか。

「……そういえばなんか謎のお城が現れたらし――」

「話を聞こうじゃないか」

「――う、うん」

 俺は白の話に興味を示し、少しばかり身を乗り出しただけだというのに白は少し身を引いていた。そして目線を上げれば白の顔の引きつっている様が見える。…………話を振ってきたのは白、お前だったはずだ。

 流石の俺も傷つくぞ。

 第一、俺が不可思議なことだとかそういった事柄の話が好きなことくらい長い付き合いなんだし知っているだろう?

 だというのに引き攣ったような表情を浮かべるのはどうかと思うぞ。

 それにしても……

「どういうことだ? てっきりこの科京にある幻想と呼べるものはてっきり数年前の駆逐作戦でほとんどなくなってしまったものだと思っていたんだが」

 そう。数年前、街の中に妖怪の危険因子が混ざっていることが判明し、これ幸いと行政区は自らに反抗する恐れのある力の強い幻想を実被害の有無関係なく排除する作戦を決行してしまったのだ。

 その結果この街において現世で極々一部を除いた幻想は消え去っているはずである。

「科京に幻想どうこうはおいといて、どうやらこういうことらしいよ」

 俺の話を聞き、一拍おいてから白は説明を始めた。

 曰く、科京中心部の少し西、練区ねりくの地の北西部ひっそりと建っているしろがあるという噂が立っているらしい。

 なんでも、その城には約十年前に起こった防衛戦に尽力し援軍到着直前に討ち取られ恨み言を吐きながら命を散らした兵士の伝説があるそうだ。

「なるほど。十年前というとやはり先の大戦か」

「たぶんそうだと思う。少し調べたら該当するような一帯の城は大戦の時に焼け落ちてるって記録が見つかったから今は存在しないはず。なのにそんな噂が立つということは」

 幻想の仕業以外とは考えられないというわけか……

 ふむ。もしそれが本当だとしたら幻想を毛嫌いしているはずの体制側の人間が幻想に堕ちたことになる。なんとも皮肉なことだ。

「それで、被害は?」

 俺の問いかけに白は懐から紙束を取出し答える。

 今の御時世でも紙媒体とは……分かってるじゃないか。

「実被害はあんまりないらしいんだけどね、その城を見たっていう人の話だと『農地を開墾を進めるために町の郊外から農地に繰り出していたら低い丈の草が生えた自分には身の覚えのない場所にいた。そこには大きくそびえたつ和造りの城があって、禍々しい正気を放ち、その周りには数多の骸骨やらなんやらがいた。それに驚いてがむしゃらに走ったら見覚えのある地面と住宅地の景色にもどっていた』といってるらし――――」

 なるほどねぇ、その証人の言っていることの真偽のほどは計り兼ねるが、もしこの話が本当だとしたら、久しぶりに楽しめそうで、かつ金にも結びつけることができそうな案件だ。

 腰のポケットから透過型トーディスプレイ型携帯タイを取出し検索をかける。

 あの地域一帯は科京で最大の農耕地帯の一画だ。

 この話は軽く調べた限りでは噂の域を出ていないようだ。しかし、証人がいる以上、この噂は今以上に広がると考えられる。それだけでも一般人は人の少ない農耕地帯へと出ることに拒否反応をだすだろう。よしんば行方不明者が出てしまおうものなら、実際に仕事を放棄する者が現れるかもしれない。

 あくまで推量だがストライキを起こす人間がでる可能性が少しでもある以上、原因となりかねない出来事が嘘か真か発生しているときに上納金を受け取っているあの団体が黙っている訳がない。

 ――――やっぱりだ、呼び出しの通信が入っている。

 もしこの話が出なかったらこちらから持ちかけることもありか……

「って、ちょっと! ハル!? なんで僕が説明してるのに無視して透過(トー)ディスプレイ型携帯タイを弄ってるの!?」

 むしろ何故今の今まで気づかなかったんだ。

「いや、ちょっと思いつきで、な」

 さて。仕事の話は置いといて、今この場を切り抜けねば。

 無視し続けていた結果、白が殺気をこちらへ飛ばしている。もし目線を刃物に例えたなら俺は即死だろう。

 少しくらい手加減してくれ、俺が悪かったから。

「まったく……ハルって気になったらすぐ他が見えなくなる癖、そういうとこ直してって何度も言ってるのに全然直さないよね」

「善処する」

 俺の言葉に白は呆れたようで、睨む格好を崩さないまま溜息をついた。

「……口だけはいっちょ前なんだから。まあいいけどそれで、次の週末、というかゴールデンウィーク。練区、行こ!」

 許して……くれたのか? なんだか不穏なものを感じる。

「ああ、是非もなく」

 一応肯定しておいたが、とても不安だ、一発か二発くらいは叩かれる覚悟はしていたのだが…………余計なことを言ってそれが現実になるのも嫌だし、黙っておこう。






 今日もまた、授業が終わり俺は一人、帰路に就く。白はタイムセールがあるのだとさっさと帰って行った。

 道には橙色に染まった人や車がうごめき、夕方の商店街を彩っていた。

 その活気づく街の中に白の影を探すがぱっと見渡しても見当たらない。

 少々の落胆の情を抱えながら必要となる物を購入していく。

 肉類と米のつまったビニール袋を両手に持ちながら八百屋に入ると俺がこの商店街を使い始めたころからお世話になっている店主がのっそりと表に出てきて俺に話しかけてきた。

「お、陽翔じゃねぇか! また大きくなったんじゃねぇか?」

「えぇ、おかげ様で。ここの野菜は美味しいですし食べたらどんどん大きくなっていくようで」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか! これ、おまけでつけといてやるよ」

 店主はおもむろに春キャベツを手に取り俺へと渡してきた。

「え? いいんですか?」

「おう! 遠慮すんな」

「ありがとうございます」

 正直とてもありがたい。

「それにしても陽翔」

「なんですか?」

 店主が俺の腕の先を見てくる。

「その荷物の量、一人暮らしの野郎にしては多いな。まさか……同棲相手でもできたか?」

「えーっと……そうというかなんというか……」

 返答に困る。

「誰かと住んでるっつーのは否定しないのな。白の嬢ちゃん……はさっき来たばっかだし違うよな。ふむ……彼女でもできたか?」

「え!? そんなことねぇですよ! それに白は男ですし」

「お? そうだな……まあ、いいや。元気にしろよ? 会計は七八〇円だ」

 英世と八〇円をだす。

「三〇〇円の釣りだ。まいど!」

 八百屋を出ると辺りは薄暗く蛍光灯の青白い光で覆われていた。思っていたよりも長く話し込んでいたらしい。

 シャッターが下りるいくつかの音を背に歩く足を速めた。






 家へと帰ると窓から明かりが零れていた。押しかけ女房的に俺の家に入り込み生活している者の仕業である。……許可したのは俺だが。

 両手が塞がっているので肘でインターホンを鳴らし三秒程待つと、開錠の音と共にドアが開かれた。

「おかえり、ハルト。遅かったわね」

「ただいま。買い物をしてたもんでな」

「そう」

「すぐ夕飯作るから。生姜焼きでいいか?」

「いやと言ってもどうせ作るじゃない。好きにして」

 そっけない態度をとる彼女の名前は空狗そらいぬ鞍馬くらま一般的な観点で見たら十分な程に良いと言える容姿を持っているが、性格が冷たかったり色々問題のある奴だ。

「そりゃまあ今手元にある食材でできる物しか作れないからな」

「はいはいそうですか」

 適当な返事を返す空狗を尻目に料理を完成させていく。

「ほい、出来たぞ」

「ありがと」

 俺が席に着く前に食い始める空狗。

「家主、というか作ってくれた人よりも先に食い始めるのは人としてどうなんだ」

「私、人じゃないもの」

「いや、まあそれもそうなんだがそれにしたってだな……」

「おかわり」

「はったおすぞお前」

 俺の言葉などどこと吹く風といった様子で器を差し出し続ける空狗に根負けし器を受け取ってしまった。

 思わず溜息。

「お前なぁ、仮にも居候だろ? しかも俺よりも弱いじゃないか。だのにそんな態度とるのか?」

「うっ、まあ悪いとは思ってるわよ。あなたには感謝してるわ。でも、それとこれは別よ」

「いや同じだろ」

 どうしてこうなった。思い返してもこうなる原因となることはないはずなんだが。

 参ったことにこれが今の俺にとっての日常になりかけているのだ。

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