第弐竜 神を裁く者
探す。といったものの、やはり当てがないのでは無理があった。ゴリ押しで何とかなるだろうと思ったが、現実は厳しさを教えてくれた。街を歩く商人に聞いても、「顔も性別もわからないものを、どう探せというんだ」そう言われて終わりだった。それが現実であり、そう簡単には見つけることなんてできなかった。
他にも店や役所などを転々とするも、答えはどこも同じであった。
「また見つからなかった。お腹はなぜか減らないが、今日はもう暗い。近くで寝れる場所はないか」
ぼくが夕暮れの帰り道。たまたま通りかかったその男に声をかけられたのがその言葉だった。ここはどうしたらいいのかわからず、ぼくはさりげなく答える。
「奇遇ですね。自分も人を探してまして。まさか同じように彷徨ってる方がいたとは。よければいい宿を紹介しますよ」
彼はその言葉に、嬉しさを感じたのだろうかありがたそうにこちらを見つめる。
「感謝するよ。で、俺が探してる人物の話、聞いてくれるか」
ぼくが自分から言ったのだが、なんだかんだと手にかかりそうな男だなと思うが、よく考えたらこいつが何かを知っているのではないかと思い、聞き入れることにした。
「俺は顔も性別もわからない人物を探している。その名前はラヴンアローゼ。この世界での名前かは定かではないが…。俺は記憶がないし、自分の名前も覚えていない。それに、人間かもわからないんだ。変わっているだろう。急に言われても困るだろうけど、何か思い当たる節はないか」
似ている。何もかもが自分と似ている。記憶もなく、名前もわからない。ただし自分が知ってるのは”アルゼロッド”という人物と<神に選ばれた者>ということのみ。そしてこの<神に選ばれた者>をこの世界の言葉で表すと、Lavunnt Arozeだったのだ。
「つまりあなたは…。アルゼロッドということでしょうか」
一瞬彼は意味が分からないという顔をした。でもそう思ったのは多分少しだっただろう。彼は次にこう言ったのだ。
「いかにも、俺がArauze Loddaだが。なぜその名を知っている」
「やはり…」
だが、ぼくは思った。アルゼロッド。つまりこいつは、神を裁く者。もしかしたら、敵対関係にある存在なのかもしれない。神に選ばれた者と、神を裁く者。すべてはここから、始まるかもしれない。
宿に着く。自分はお金がないわけで、今晩はアルゼロッドに泊めてもらうことにした。この宿は一泊三十クリスタルで、何人でも値段は変わらないという。内装はかなりきれいに整っており、住みやすさも抜群であるが、唯一彼、アルゼロッドのことが気がかりでならなかった。
時が過ぎ、時間は九時半を回った。この宿には共有スペースの大浴場があって、ぼくらはそこにいた。
「ラヴンアローゼ、と言ったかな。さっきは少し曖昧になってしまったから、良ければ聞かせてくれ。お前の言ったことは本当か? お前も俺と同じで、記憶がないのか?」
やはり、アルゼロッドも気になってるらしい。気になるのも無理はなかった。というか、気にならない方がおかしかった。自分と同じで記憶を失っていて、唯一わかるのは、自分の使命と記憶がない人物のことだけで。多分ぼくたちは、何だかの意図によって繋がっている。そして、いつかぼくらは記憶を取り戻すことになる。そのとき、ぼくたちはどうなってしまっているのであろう。
「はい、本当です。ぼくはラヴンアローゼ。恐らくですが、あなたの探していた人物なんじゃないかと思います。ぼくもあなたを探していました、アルゼロッド」
大浴場の中は誰もいなく、ぼくとアルゼロッドの会話が静かに響く中、アルゼロッドは何かを隠すような素振りを見せていた。
「そ、そうか。やっぱりな。じゃ、俺たちは明日からどうしたらいい。一緒に行動してみるか? でも、手がかりがないんじゃ、意味はないか…」
確かに手がかりなんてなかった。でも、気になってることならあった。ぼくはどうしても、彼の隠してることが気になったのだ。
「手がかりならあるじゃないですか」
「え?」
「あなたの隠してることは何ですか。先ほどから、下半身を隠してるように見えるのですが」
隠してるものは急所のことではなかった。足にはかなりの傷が見られており、それは斬撃によるものであろう傷だったのだ。
「はぁ、やっぱり隠せねーよな。俺の膝には紋章のようなものがあって、これがその証だ」
と言いながらアルゼロッドはぼくに膝の紋章らしきものを見せてくれた。その紋章には上の方に両手を広げた女が立っていて、それを下の者たちが槍のようなもので刺そうとしてる様子が描かれていた。そして、この世界の文字ではないものが書かれていた。
「ピーネ…アルファ…?」
この世界の文字以外読むことができないはずが、読めてしまった。この世界の語に訳すと…。<全ての神を制裁し、禁断の力を手に入れる者>。確かにそこにはそう書かれていた。
「なんだ、読めるのか。それで何て書いてあるんだ」
「東の街で何かが起こる。そう書かれてます」
自分の目の前にいる者は、一体何者なんだろうか。そして、ぼくは嘘をついた。こんなこと、言えるわけがなかったのだ。相手に記憶を思い出させてしまったら、殺されるかもしれない。ぼくはそのとき、気が動転しそうであった。気が付くと、体は沈んでいた。遠くから、アルゼロッドの声が聞こえた気がしたが、意識をその場で失った。これをのぼせたともいうのだが。