Ⅱ
薄汚い部屋の洗っていないカーテンから絹ごしされた朝日の光が忍び込んでいた。「ゲダイン起きたか?」
「う、うーん。すまないロベルト君。コーヒーを入れてくれないか。酷く気分が悪い……」
ロベルトがゆっくり体を起こした男に話しかけた。ロベルトは、体を起こした男の顔を見て少し顔を顰めた。
「またあの夢を見たのか?」
「ああ、忘れようとしても忘れられるものではないさ。もう毎日のことだから慣れたよ」
ゲダインと呼ばれた男は美しい――美しい笑顔? 確かにその男の面構えは男前だったが、どこか影があり少し不気味な感じが漂っていた。笑みを浮かべているが、その笑みからは親しみのような温かさは感じない。
ラジオから流れてくるのは、ドイツ政府の中の軍部の晴れ晴れたる戦闘における勝利の吉報、それも各地で連戦連勝であると言う洗脳された報道官の声であった。先ほどからそれしか流れていない。
「まるで壊れた蓄音機のようだな」
ゲダインは言った。
「言い得て妙だ」
ロベルトはそう返すと、ゲダインを憐れむように寂しそうに笑った。
「もう戻ってこないのか?」
ロベルトは言った。彼はジャーナリストである。飛び交う弾丸をも恐れない。ゲダインと少し似たところがあった。
「生きていれば戻ってくるさ、生きていればな。ロベルト君もあまり深追いはするなよ。この戦争は不毛で何も生みやしない」
「それでも……」
「分かっているさ。今、一瞬の真実が戦場にはある、だろ? お互い生き残れればそれでいい」
2人は男の笑みを浮かべた。お互いを称えあうように…… そしてゲダインは壁に掛かっていたコートをひったくるようにして身に纏い部屋を出て行った。そしてある人物と運命の出会いを果たすのであった。
ここでロベルトの書物の中から少しの間、彼がゲダインと呼んでいた男についての記述は途切れる。
再び現れるのは少し時間が経過しての事となる。




