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愛のささやき ①

沙耶に心の内を話してからゆっくりと考えた。考えれば考えるほど彼の存在が私の心を占領していく。

何度も頭の中を廻る複雑な想いは、ため息と共に私を惑わせた。

社内にいるときは無意識に彼の姿を探してしまい、偶然視線が合ってしまうと甘い痛みが胸に残る。

そして視線を合わせた彼は、優しい笑みを見せる。

いつからだろう?彼がそんな表情を見せるようになったのは。もっとドライな接し方だったはずなのに。

少し前まではこんな感じじゃなかったのに・・。

あの夜の出来事は無かったことにして、普通にしていたはずなのに。

私が意識してしまったから、そう感じるの?


外回りを終えて帰社する間も頭の中を疑問が巡る。エレベーターが『チン』と音をさせてドアが開いたので乗り込み、営業部のフロアで降りるとちょうど目の前を隼人が通りかかった。


「あっ・・」


今の今まで頭の中を埋め尽くしていた隼人を急に目の前にしたせいで、言葉が止まってしまった。

そんな咲季に隼人はいつもと変わらない様子で挨拶の言葉をかけてきた。


「お疲れ様です」


冷静で変わらない彼が何だか憎たらしくなる。何で自分だけこんなにドキドキしないといけないのか?と一瞬思うとつい視線がきつくなってしまい、声もいつもよりワントーン低くなる。


「・・お疲れ様」


可愛くない返事をしてしまい、すぐに視線をそらしてその場から逃げるように営業部の方へ歩き出すと、「今井さん」と呼び止められた。


「えっ?」


隼人に呼ばれると咲季の胸は『ドキッ』と強い鼓動を打ち、肩を一瞬震わせた。

そして彼のほうに振り向くと優しい笑みで自分を見ていたので、今度は『キュッ』っと胸に甘い痛みが広がった。そしてそのまま私のすぐそばまで来たので、思わず一歩引いてしまった。

でも彼はそんな事など気にする様子もなく微笑みながら、


「もうすぐ帰れますか?」


ささやくように聞いてきた。私の視線は目の前の瞳に吸い寄せられる。


「報告書書いて出したら終わるけど」


私の返事に変わらぬ笑顔で頷くと、また甘い声でささやいた。


「じゃあご飯食べに行きましょう」


「・・・」


今言われたことがうまく頭で理解できず、一瞬黙ってしまう。

そんな私に「じゃあ休憩スペースで待ってますね」と勝手に話を進める彼にやっと言葉が出る。


「勝手に決めないでよ!すぐになんて終わらないから」


突然の誘いに驚きながらもときめく気持ちはあるのに、可愛いげのない返事をしてしまう。だけど隼人は気にする様子も見せずに言葉を返してきた。


「終わるまで待ってますから大丈夫ですよ。ゆっくりやって下さい」


そう言葉を残してそのまま休憩スペースへと向かったので、その後ろ姿に言葉を投げる。


「行くなんて言ってないし!いつ終わるか分からないんだから」


私がそう言っても彼は振り向くことなく行ってしまった。怒っているわけではないこの胸の『ドキドキ』に、体温も上がり戸惑いを感じる。

『終わるまで待っているから大丈夫』って何が大丈夫なのよ・・・。戸惑いと焦りでいっぱいになり、一人になっても素直になれず小さくつぶやく。


「どれだけ待っても知らないから・・」


自分のデスクに足早に向かいながら、胸から顔へと熱が上がっていくのを感じる。早い鼓動に合わせるかのように、まばたきも早くなる。そして自分のデスクのパソコンを立ち上げて報告書の作成と思っても、すぐに手は止まり視線もパソコンからゆっくりとそれていく。無意識に休憩スペースで待っていると言う隼人の姿が頭に浮かんでしまって、浅いため息まで出てしまう。


   -どうして急に誘って来るの?-


隼人に対しての自分の気持ちと隼人の甘い態度はうまく折り合うことができずに、咲季を混乱させてしまう。気になって気になって仕方がないはずの隼人に誘われて本当は嬉しいはずなのに、素直になることができない。

ボーっと視点の定まらない視界と頭の中には、どうしても彼にとって先輩であるという今までの自分が邪魔をしていることや、あの夜から今日まで結構日にちが経ってしまっていることで、どうしていいのかもわからなくなってしまっていることがグルグルと巡る。


  -こんなはずじゃなかったんだけどな・・-


自分が自分らしくいられない。いくら考えてもいつものように、『どうしたらいいの?』と迷うだけで答えが出せない。頭に浮かぶのは自分をストップさせてしまう理由ばかり。


  -もう!知らない、私ばかり悩んでるんだもん。澤田くんもずっと待てばいいじゃない!ー


唇を尖らせて頭の中に浮かんだ隼人の顔に、心の中で叫んだ。

そしてわざとゆっくり仕事をして、待っていると余裕の笑顔で言う隼人をおもいっきり待たせてやりたい気持ちになった。



休憩スペースではカフェオレ缶をテーブルの上に置いて、2本目のタバコを吸いながら咲季を待つ隼人の姿があった。そしてここで20分程いる間に数人の女子社員から声をかけられていたのだった。挨拶するかのように話しかけられ、何人かは『この後飲みに行きませんか?』などと誘い文句を言って言ってきた。でもそれらをいつものようにうまくかわし、全てを断っていた。こうして隼人が早い時間に姿を見せると女子社員は飛びついて来るのだった。

そしてタバコを吸い終わりカフェオレを一口飲んだところへ、また2人の女子社員が近寄って来た。


「お疲れ様です」


2人が満面の笑顔で声をかけると、隼人も視線を合わせて「お疲れ様です」と挨拶を返した。すると2人共瞳を輝かせて、「残業ですか?」などとみんな同じ入り口で会話をつかもうと目の前まで寄ってくる。そして少し話した後、2人の女子社員は一瞬のアイコンタクトをした後に隼人へ上目遣いの視線を見せて、チャンスとばかりに誘い始めた。


「よかったら一緒に食事に行きませんか?」


「駅前の新しいお店に行こうって話していたところだったんです」


『ね~っ』てお互いの顔を見合わせ声を合わせた後に、隼人からの返事を期待してキラキラした眼差しを隼人に向ける。そんな2人に隼人はみんなに答えた言葉と同じ返事をした。


「ごめんね、この後約束あるから」


その答えに2人は、「え~」と声を合わせて落胆した。

隼人を誘った女子社員みんなが同じリアクションを見せたが、隼人の断る言葉はいつもとは違うことにみんなは気付いていない。

いつも誘われた時は、「まだ仕事が残っているから」と断るのだが今日は、「この後約束があるから」と答えたのだった。そうして断られた2人は残念ながらも寂しい笑顔で隼人の前を去っていった。

すると戸惑いを含んだ皮肉かかった声が隼人に投げかけられた。


「何が約束よ。約束なんてしていないでしょ」


声の聞こえた方に隼人が視線を向けると、すねたように睨む咲季の姿が近くにあった。隼人はさっきまで女子社員へ見せていた表情ではなく、もっと柔らかく親しみのある笑みを咲季には見せた。


「でもここに来てくれたのは約束したからって事になりませんか?」


「待ってるって言い逃げするからじゃない」


「すいません」


謝罪の言葉を出しても、反省している様子は全くない。それどころか楽しんでいるような顔を見せる。


「でもデートしましょうって言っても、何でって言われるかな?って思ったので」


「・・・」


「それならちゃんと誘います」


そう言うと今までの楽しんでいた表情をサッと変えて、色気を含んだ瞳を見せた。


「今井さんのことを待っていました。この後2人で食事に行きませんか?」


「・・今更おかしいでしょう」


本当は彼の瞳・言葉にまた『ドキッ』としたけど、つい照れ隠しに否定してしまう。

でも隼人は何でもないかのように微笑みながら立ち上がり言葉を返した。


「待ってるって言ったから、報告書を急がせてしまいましたか?」


「そんなことないけど・・」


確かに急ぐつもりなんてなく本当はおもいっきり待たせてやるつもりだったのに、報告書もそこそこに体は自然と帰り支度をして隼人の元へと向かってしまったのだ。

そうして咲季の言葉を聞いた隼人は、上手く誘導するように咲季のすぐ側に立ち、咲季の瞳を見てから先に歩き始めた。それに促されるように、つい咲季も合わせて歩き出してしまう。そうして隼人に並んで、約束通りの食事に行くことになったのだった。



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