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惑わされる ①

日曜日の夜、咲季はベッドに横になりながら複雑な気持ちを持て余していた。

昨日の朝、今まで見たことのない隼人を目にして気持ちが揺さぶられたままで。

彼が入社してからずっと見てきたどの顔とも違う。甘い言葉をささやき、あまりに彼との距離が近くて戸惑ってしまった。

今まで同僚としてでも同期とは違う先輩・後輩の接し方だったのに。『咲季さん』と突然呼び、言葉遣いも何もかもが全く違う。

確かに身体の関係をもった途端に対応が変わる男はいるけれど、彼があんな風に甘くなるタイプだとは思ってなかった。しかも私相手に。

だとしたらやっぱり答えは一つしか考えられない。


『戸惑っている私を澤田くんはからかっただけ』


そうだ、冷静になって考えればちゃんと分かったはずなのに。苦笑を浮かべてからかうような言葉や態度を見せられたことは今までだって何度もあった。ただあの夜のことまで思い出してしまうから、冷静になれなかっただけなんだ。


「あほらしい」


ため息をついて雑念を払うように頭を振る。まとわりつくように私を悩ませる全てを払うように。

彼にだってたいした事じゃないはずだ。そう1回位・・しただけで。お酒を飲んで盛り上がって、流れでしちゃっただけだから・・。

まるで自分に言い聞かせるようにつぶやいて瞳を閉じた。



『ピピピピ・・ピピピピ・・』と繰り返す目覚まし時計に起こされて、ほんの少しだけまどろむ時間を味わう。そしてまたいつもの生活を開始する。

短時間でシャワーを済まして、しっかり目を覚ます。そして軽い朝食を食べて、出勤の支度をした。

「よし!」と気合を入れて玄関のドアを開け、カツカツとヒールの音をたてさせながら会社へと向かった。

いつものフロア、自分のデスク。バッグを置いて、パソコンでまずメールのチェックをする。

メールを見ながらも意識はどうしても違う方に向いてしまう。

まだ澤田くんは出社していない・・。部の誰かが出社して「おはようございます」と聞こえる度に、一瞬ドキッとしてしまう。

そして今また山中くんが「おはようございます」と挨拶してきたので「おはよ」と返した時、フロアの入り口に澤田くんの姿が見えた。それと同時に痛い位ドキッと心臓が高鳴った。

隼人のデスクは咲季のデスクより少し奥にある為、咲季のいる方に歩いてくる。

歩きながらみんなに「おはようございます」と挨拶しながら。

そんな隼人が気になりながらも、視線はパソコンへと移動してしまった。するとすぐ後ろから今まで気になっていた声が聞こえた。


「おはようございます、今井さん」


その声にビクッと肩が揺れる。すぐに声が出なくて少し振り返り、一瞬だけ隼人の顔を見てまた視線を微妙にずらした。


「あ・・おはよ」


その返事に隼人は少し微笑むと自分のデスクに向かった。

咲季は何となく居心地の悪さを感じてコーヒーを作りに行った。カップにコーヒーを注いで砂糖とミルクを入れてかき混ぜる。でもかき混ぜているその手がゆっくりと止まる。

何となく心が曇っていく。ボーっとコーヒーを見つめていると、横から声をかけられた。


「僕ももらっていいですか?」


その声に反応して顔を向けると、隼人がすぐ横に立っている。


「あ、うん」


少し焦りながらコーヒーをカップに注いでいると「砂糖とミルクも入れてください、多めに」と少し甘い声で言ってくる。

両方入れて、しかも多めになんて意外に甘党?


「多めって・・自分で入れなさいよ」


ちょっと突き放して言っても表情も変えず、しかもカップも受け取らない。

しょうがないから砂糖もミルクも山盛り2杯ずつ入れて、スプーンで雑にかき回してから隼人に渡した。

すると手を差し出し受け取りながら私の耳にささやいた。


「一昨日は大丈夫でしたか?」


その言葉に思わず身を引いてしまった。


「・・大丈夫。でも、そういうこと聞かないでって言うか本当にやめて。またからかってるつもり?」


そう言いながら表情が硬くなって眉間にしわが寄ってしまう。

この2日間頭悩ませていたことを、こんな場所でまた思い出されてしまうなんて。焦りと困惑でつい隼人のことをにらんでしまう。

なのに隼人は私とは対照的に柔らかい表情を浮かべて私を見つめた。口元に少し笑みも見せて。

そしてカップを軽く持ち上げて、


「コーヒーありがとうございます、今井さん」


そう言葉を残して自分のデスクに戻って行った。

やっと目の前から姿を消してくれてホッとするはずなのに、何かが違う。

さっきと同じようにまた胸の真ん中辺りがモヤモヤと曇っていく感じがする。


何でだろう・・・スッキリしない・・・





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