嫉妬と虚勢 ②
それからも日々何度となく同じ光景目にすると、私の胸のモヤモヤは少しずつ少し膨らんでいった。
女の子達の顔はあんなに華やいでいるのに、私の顔はお面付けているように無の表情を崩さない。
誰にも言えない付き合いを長年していた私の身体に染み込んでしまったこの癖は、今更変えることはできないのかな。
嬉しそうに笑顔を彼に向ける女の子を羨ましくも思ってしまう。
自分の気持ちに忠実で、素直に伝えることができる。
私はそういう部分が欠けている。
大丈夫・何でもない・全然平気
そんなものなら簡単に表せるのに。
それだけじゃ本当の気持ちは伝わらない。
自分が苦しくなっていくだけ。
そう分かっているのに・・・やっぱり難しいな。
そして今日は早めに外回りから帰って来られたので、休憩スペースへ寄っていくことにした。
自動販売機でコーラを買って、奥の席へ座った。
スマートフォンをバッグから取り出してメッセージのチェックをしながら今買ったコーラを飲む。
強い炭酸が心地よく喉を通っていく。
フゥ~とため息をつきながら、また視線をスマートフォンに戻す。
「あ・・」
澤田くんからメッセージが来ていた。
見てみると夕ご飯のお誘い。早めに戻るから待っていて欲しいと。
『待っていて』かぁ。何だか付き合っているっぽい言い方だなと感じると、急に頬が熱くなってきてしまった。
彼氏を待つってこんな感じ・・・。当たり前のような待ち合わせ。
それだけで心がポワポワと温かくなっていくなんて、私も本当に単純だな。
フフッと笑いながら『了解!』と返信する。
すると廊下から女子社員の声が聞こえてきて、この休憩スペースへとやって来た。
3人並んで自動販売機の前に立っているのでその姿をチラッと見ると、それは総務課のメンバーだった。
そこで1人の子に視線が止まる。・・・伊東麻里だ。
彼女の横顔を見て、私の瞳は細くなる。
この子のことは嫌い。
見た目可愛いし控えめで女の子らしいから、男性は惹かれるだろう。
でもこの子は魔性だ。控えめにしているけど、男を惑わせる。
私の可愛い後輩の楓だって散々迷惑を被ったのだ。
まあ・・・あれは山中くんがバカだったんだけどね。
だからこの伊東麻里を見る私の目は自然と厳しくなる。
そんな彼女を含んだ女子達の会話に興味が沸いて、そっと聞き耳をたててみた。
「ね~、明日の食事会8時集合だったよね?」
「そうだよ。麻里は?やっぱりダメ?1人足りないからさ~、一緒に行こうよ!」
「う~ん、ごめんね」
「そっかー、残念。やっぱり彼氏が大事か~」
すまなそうに謝る彼女は相変わらずだ。でもあの顔に騙されてはいけない。
彼氏がいて合コンには行かなくても、山中くんの誘いには応じたり、相談という名の誘いで散々振り回していたんだから。
自分を想う男をいいように使う女だ。
一番質の悪い人間なんだ。
3人の会話を聞いていて何とも気分が悪くなったので、立ち上がりその場を後にした。
そして営業部に戻る前にトイレに寄って個室に入っている時、話しながら誰かが入ってきた。
話は止まることがなくカチャカチャと音がしたので、化粧直しでも始めたのだろう。
「ねえ、今日の朝会社の前で澤田さんの姿が見えたから、急いで走って行って話しかけちゃった」
「え~、いいな~」
こんな場所でも出てきた彼の名にドキッとして、私は便座に座ったまま縮こまる。
まったくどこでも話題になるんだな・・。
「そうそれで一緒にエレベーターに乗って、混雑を理由にくっついちゃった~」
「やだ!抱きついたの?」
「まさか!あ~でも折角だから抱きついちゃえば良かったな。もう失敗だよ~」
「そうだよ~、よろけた振りすれば抱きとめてくれたかもしれないよ。もったいな~い」
「うそ~!」
キャアキャアと楽しそうな彼女達の声に、私の顔は能面のように凍りつく。
姿が見えないから声でしか想像できないこの状況に、心臓だけがバクバクと早くなる。
むかつき?怒り?苛立ち?この感情はどれ?
ああ、全部同じか。そう心でつぶやいて苦笑する。
彼がいない所でも彼の話題が出て、それを私が聞いてしまう。
早く会社に戻れてラッキーと思っていたけど、こんな状況で不快になってしまうのは早く会社に戻れたことはラッキーではなかったのかもしれない・・と思い直してしまうことになる。
澤田隼人・・・いったい君はどれだけもてるんだ。
これだもの、私が彼と付き合っているだなんて言えるわけがない。
そう思う一方、彼と付き合っているのは私なんだ!と言いたい気持ちにもなってしまう。
澤田隼人には彼女がいる。澤田隼人は今井咲季と付き合っている。澤田隼人に近寄るな。媚を売るな。
吐き出したい気持ちが次々に頭に浮かんでくる。
決して言葉に出してはいけないものなのに。
声に出ないように飲み込んで、飲み込んで。
私は大丈夫。何でもない。全然平気。
また自分に言い聞かせる。
そして今まで楽しそうに騒いでいた彼女達がいなくなったことを確認してから個室を出て、深いため息をつきながら営業部へと向かった。




