嫉妬と虚勢 ①
朝出勤をして目の前に映るいつもの光景に胸がモヤッとする。
「澤田さん、おはようございま~す」
甘い声で彼にピタリと寄り添う女子社員。
彼が挨拶を返せば頬を染めて上目遣いで笑顔を見せる。
嬉しそうに、計算されたような表情を彼に向けている。
こんなのもう何年も見てきたことなのに、鼻で笑っていたはずなのに、今の私は・・胸がモヤモヤしてしまう。
ううん、モヤモヤだけでは収まらない。イラっとしてしまう。
顔がこわばってしまうのを感じる。
そうこれは・・・嫉妬。
「澤田さ~ん」
また違う女子社員が寄っていく。
見たくないのに、目に入ってしまう光景。
私はそれを避けるように、自分のデスクへと急いだ。
「おはよう」
もうメールチェックを始めている同僚に挨拶をして席に座る。
そして自分も同じようにメールチェックをしながら・・・しているつもりなのに内容が入ってこない。
視線はパソコンに向けているつもりなのに、実際は逸れていく。
彼の姿を探すように。
私はまた想い人を視線の端で探すようになっていく。
「あいつ、相変わらずモテますよね」
その言葉にビクッとなる。
振り返るとそこに山中くんが立っていた。
その視線は澤田くん達の方に向いているけど、その言葉は私に向けられているらしい。
「えっ?」
何のことを言っているのか分かっているのに、つい気付いていないふりをしてしまう。
そんな私に山中くんは素直に教えてくれる。
「澤田ですよ、ほら」
「ああ~、・・そうね」
わざと見ないようにしていたのに、山中くんに『ほら』と視線を送られたら私も見るしかない。
そして引きつるように笑う事しか、今の私にはできない。
私こんなにダメな奴だったかな・・。
でも山中くんは気にする様子もなく、澤田くんと女子社員の方を見ながら話を続けた。
「あれだけ誘われていても誰とも付き合わないし。あいつマジで理想高いのかな?」
「さあ・・・どうだろうね?」
どうにも答えようがないことを山中くんは言う。
今現在は彼の理想は高くないみたいだよ・・なんてことは言えないし。
モヤモヤした気持ちを感じている私に更に被る言葉。
私達が付き合っていることを知らないのだから、山中くんが悪いわけじゃない。
そう心をなだめて話を続けていると、すぐそばから「おはようございます」と澤田くんのソフトな声が聞こえた。
ハッとしてその声の方に振り返ると、柔かな笑みを見せる彼がいる。
「おはよう」
少し硬い声の挨拶を返してしまった。
するとすぐに澤田くんが山中くんと私の顔を交互に見て、「何話していたんですか?」と聞いてきた。
「お前のことだよ」
鼻で笑いながらからかい口調で返す山中くん。
それに対して澤田くんは首を傾げて、山中くんと私を交互に見た。
「え?何のこと?」
「隼人は本当にもてるなあ~って話していたんだよ。ね、今井さん」
急に話を振られて焦ったけど、それを悟られたくなくて余裕を見せる。
「そーそー、本当だよね。あんなにキラキラした目で見られたら、男として堪らないよね」
そんな風に思ってもいない言葉をスラスラと言ってしまう私はなんて可愛げがないのだろう。
苦しいのに、つまらない言葉は出てしまう。
自分の気持ちを隠すように、虚言で心を守る。
ううん、全然守れていない。後悔が込み上げる。
そんな私とは裏腹に、彼は言う。
「別に同僚としてだけで、それ以上の感情はないですよ」
「マジか・・。隼人どんだけ理想が高いんだよ?」
山中くんが呆れて言って見せた。
それにしても本当にハッキリ言うなぁ。
さっきの女の子達、今の言葉を聞いたら泣くよ?
男子社員達がホイホイ寄っていく程可愛いのになぁ。
オシャレ大好きって満ち溢れているし、笑顔可愛いし、女子力かなり高いのだろう。
澤田くんだって可愛いって思っているはずだよ。そう、思わないはずがないよね。
誰だって可愛い方がいい。可愛げがあるほうがいい。そうでしょう?
そんな風に心の中で愚痴を言っていると、彼が山中くんに切り返した。
「僕の理想を知りたい?」
「え!知りたい!ね、今井さん」
山中くんの勢いに、私は戸惑う。
もうどう答えたらいいの?
「・・え?・・そうね、うん」
そう言いながら彼を睨む。
変なこと言わないでよと眼力で伝える。
そんな私の表情を見てなのか、彼はクスッと笑ってから答えた。
「秘密」
「何だよそれ!」
呆れ崩れる山中くんに「じゃあ、知りたかったら後で教えるよ」とかわして座席へ座ってしまった。
それを私と山中くんはボーっと眺めた。
彼らしいというか、何というか。彼は人を交わすのが上手い。
それが嫌味にならないから憎たらしい。
でもそこも魅力になってみんなを引き寄せるのだろうな。。
モヤモヤする気持ちはまだ残るけど、山中くんも席に着いたので私もパソコンへと向きなおしてメールチェックの続きをした。