今はまだ秘密 ③
楓との久しぶりの再会を楽しんであっという間に時間が過ぎてしまった。
気心の知れたメンバーで飲むお酒も食べる料理もすごく美味しくて、この時間が終わってしまうことに少し寂しさを感じるくらい。
店を出る時におばちゃんに挨拶をして、4人で横並びになり駅へと歩いた。
改札を通り健吾と楓は下りホーム、隼人と咲季は上りホームだからここで別れることになる。
すると山中くんが声をかけてきた。
「じゃあ俺達は向こうなんで。今井さんは帰り大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫大丈夫」
遅い時間とはいえ、飲んで帰るのはいつものこと。
笑いながら答えると同時に澤田くんが言葉を挟んできた。
「大丈夫だよ、僕が送るから」
当たり前のようにそう言った彼の言葉につい焦ってしまう。
「大丈夫だってば!いつも飲んで帰る時はもっと遅かったりするんだから」
そう反論しても「はいはい」と彼は苦笑して受け流す。
そして私の背中に手を添えて誘導するかのように押しながら歩き出す。
楓と山中くんに軽やかな挨拶を残して。
「じゃあ、またね」
そう告げた彼の顔を見上げれば、にこやかな笑顔を浮かべている。
そして彼のペースで上りホームへの階段へと連れて行かれながらも私は振り返り、楓と山中くんに「またね!」となんとか言葉を残した。
階段を降り始めると、背中に添えられた彼の手は腰へと移動してそっと引き寄せられた。
優しい力なのに、彼の身体に密着してしまう。
「ちょっと!」
おもわず大きな声が出てしまった。
まだ近くに楓と山中くんがいる。もし見られてしまったら・・・。
そう思って彼から少し離れ軽く睨んでも、彼は何も気にしてないかのような顔をしている。
「だめですか?」
「だめでしょ!楓達まだそばにいるんだから」
「柚原達にも秘密ですか?」
「・・・そう・・まだ」
何だか罪悪感で声が小さくなってしまう。
そんな私を見て「クスッ」っと笑う彼に「だって・・」っと上目遣いに返すと、左頬を親指でそっとなでられた。
「しょうがないなぁ、約束でしたね」
「うん・・ごめん」
優しく理解してくれる彼に申し訳なくなる。
これは完全に私のわがままだから・・・。
付き合うって言いながら、周りには秘密にして欲しいだなんて。自分でも勝手だって分かっている。
それなのに彼は何も言わずに私の気持ちを優先してくれる。
そんな彼の優しさに応えたくて、彼のそばにそっと寄り添った。
そしてまた2人並んで階段を下りてホームに立つと、彼が私の耳元に顔を寄せてささやいた。
「じゃあ、手を繋いでもいいですか?」
その言葉におもいっきり反応してしまう。
「もう!」
わざとだ!反対側の下りホームに楓達がいることを分かってて言っている。
ほら、こうして怒った私を見て微笑んで見せる彼は絶対に楽しんでいるのよ。
この人はこういう所を私には見せる。意地悪な面もある本当の澤田くん。
それは喜ぶべきなんだろうけど、今は別。
頬を膨らませて怒る私に、可愛らしく謝罪してくる。
「すいません」
「・・・・・」
そんなこと思っていないくせに!と何も返さない私に、もっと優しい声色を向ける。
「ごめんね、咲季さん」
「・・・知らない」
拗ねた言葉を返したところで、私達のいるホームに電車が入ってきた。
停車するのを待ちドアが開くと、彼は私の手を取って電車の中へ乗り込んだ。
そして電車が発車するとドアのそばに囲われる。
近い距離で私を見下ろし、発した声はさっきより艶っぽい。
「これからは恋人の時間ですよ」
「・・っえ?」
聞き返した私に、変わらず言葉を返してくる。
「僕の家に帰りましょう」
「今から?」
「うん」
「私、何の支度もないし・・・」
「服なら僕の服を着てください。足りないものは買って帰りましょう」
「でも・・」
「今度は僕のお願いの番ですよね?」
にっこり笑顔を見せる彼に勝てる気がしない。
そしたら返す答えは1つしかない。
「・・・はい」
小さく頷きながら了解した。
何だろう・・・。何故かいつも彼のペースに乗せられてしまう。
いいのかな?・・・うん、まあしょうがないよね。
そう心に言い聞かせながらも、彼のペースに乗っている自分を嫌だとは思っていない気がした。