嘘でしょ ②
熱いシャワーを頭からかぶりながら今だけ余計な思考を排除する。思いっきりシャンプーで泡だらけにした頭を、丁寧にではなく【ガシガシ・ゴシゴシ】と乱雑に洗う。そんな調子で全てを洗い、余計な感情を流すようにシャワーを済ませた。
でも何だかんだサッパリして、頭も冴えて気持ちいい。
そして澤田くんが渡してくれた柔らかいバスタオルで、身体を包んで鏡を見る。
「スッピンだし・・」
メイクが取れているのは分かっていても、改めて見てしまうと気分が落ちる。
恋愛感情がある人でもないのだから気にする必要もないけれど、ちょっとね・・・。
「でもまあ・・仕方ないか」
諦めに似た感情でなんとか気合を入れて服を着る。タオルドライした髪の毛はドライヤーで乾かした。
そして部屋に戻り、今更ながら部屋の中を見渡した。
「シンプルな部屋」
思わずそう言葉に出てしまう位、物が少ない。
ソファー・テーブル・テレビ・チェスト、寝室だってベッドだけだったような・・・。まあ、クローゼットが結構あるから家具は必要としていないのかな。
そんな事を考えているうちに、ふと時間が気になった。澤田くんがタクシーを呼んでくれるって言っていたし。そう澤田くんは・・・まだ帰って来てないし。
とりあえずコートを着て帰り支度して、バッグを手にして玄関に向かった。そして靴を履きドアを開けて出たところで、ドア横でタバコを吸っている澤田くんの姿を目にした。
「あっ・・そこにいたの」
「これ吸ったら戻ろうと思って」
手元のタバコを見せ、ふんわり微笑んだ。
「咲季さんはゆっくり準備できた?」
「え?・・うん」
自然にそう聞いてくる澤田くんに、スッピンのことも思い出し急に恥ずかしくなって節目がちになってしまった。なのに突然頬を包むように撫でられ、その感触に驚き一瞬固まってしまった。
「可愛い」
ささやくような甘い声でそんな事を言われて、頬が急激に熱くなった。
「可愛いわけないじゃない!からかわないで」
動揺の大きさと同じように、つい声も大きくなる。
可愛いわけがない、こんな状態で。でもスッピンの弱みと言うか何と言うか、どう会話していいのか迷いこの場を逃げ出したくなった。
「とりあえず・・帰る」
そう伝えてエレベーターの前まで歩くと、澤田くんも着いてきた。
「見送る必要ないから」
そう冷たく言うと、「見送らせて」と全く気にした様子もなく、憎たらしいほど綺麗な笑顔を見せた。
結局2人でエレベーターに乗り、この状況にも調子を狂わされてしまう。
そしてエレベーターを降りて歩き出してすぐ、ずっと心にグルグルとわだかまっていたことを切り出した。
「あのさ、澤田くん。勝手だけど、昨日のことはやっぱりなかったことにして欲しいの。本当にお酒の勢いっていうか、昨日は本当に澤田くんの激励っていうか・・本当に最低だけど、お願い」
「咲季さん」
優しく名前を呼ばれるけれど、聞こえないふりをする。
「お願い、今まで通りにして」
「だめって言っても?」
「そう、だめって言っても全て今まで通りにして欲しい」
その言葉に澤田くんは柔らかい表情のまま、何も答えてくれない。
「お願い」
私はそう言うしかなかった。
そのままマンション前まで出た所で、タクシーが来ていることに気付いた。
すぐそばまで行くとドアを開けてくれた。
「すいません」
声をかけると「澤田さん?」と聞かれて、一瞬躊躇してしまう。すると横から「はい、そうです」と、澤田くんが答えた。
そしてタクシーに乗る前に澤田くんにお礼を言うべきか迷っていると、
「咲季さん、またね」
と、先手を打たれてしまった。
「名前で呼ばないで」
軽く睨んでタクシーに乗った。タクシーの中は暖房がきいていて暖かかった。運転手のおじさんに家の方向を伝えると、
「咲季さん」
また私の名前を呼んだと同時に、私のひざの上にそっとコンビニの袋を置いた。
「え?」
驚いてその袋と澤田くんの顔を交互に見ていると、澤田くんは「じゃあ、また会社で」と笑顔を見せ、運転手のおじさんに「お願いします」と軽く頭を下げて車から一歩離れた。おじさんも「はい」と答えて、ドアを閉めて車を走らせた。
ひざの上の物が気になりそっと中を見てみると、ミックスサンドと梅のおにぎりと暖かいカフェオレ、そしてチョコレートが入っていた。
朝ごはんを買ってきてくれたんだ・・・。何とも複雑な感情になったけど、でもやっぱり嬉しかった。
「こんなに食べられるわけないのに・・」
今はもうそばにいない澤田くんの代わりに、おにぎりやサンドイッチを見ながらそうつぶやく。
そしてここまでしてくれた澤田くんに対しての自分の言動を少しばかり後悔した。
それと同時に、流れで関係を持った相手に対して、こんな風に優しくする澤田くんを意外に感じた。
普段も掴めない感じでからかわれたりしてたけど、何だか余計に彼のことが分からなくなった。
そんなことを考えていると、運転手のおじさんに話しかけられた。
「ずいぶんかっこいい彼氏ですね」
その言葉に頭がクラッっとした。
「彼氏じゃないです」
速攻答えるとおじさんは、「お似合いだけどなあ」とのんきに言った。
彼氏なんてとんでもない。あんな競争率の高い人、私にはありえない。昨日のことだって絶対に秘密だ。そう、絶対に。知られたら・・と考えただけで寒気がする。間違いなく彼のファンに殺されてしまう。
だからこそ、あれは嘘だったと思いたい。