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今はまだ秘密 ➀

「咲季先輩!お久しぶりです。もしよかったら来週食事に行きませんか?」


そんな連絡がきたのは昨日の夜。

相手は前に一緒に働いていた後輩の柚原 楓からだった。

とても可愛らしく、いい子で私が個人的に可愛がっていた。

彼女の同期の山中健吾との付き合いは順調のようで、長い片思いをしていたのは楓の方だったのに、今では山中くんの方が溺愛している様子が伺えた。


恋愛って本当に分からないなって、聞いていて驚いてしまう。


確かに楓が気持ちを吹っ切る為に退社してからというもの、山中くんは抜け殻状態で反応も悪かったくせに、楓を迎えに行った後は別人のように輝きだした。

後から電話で楓に聞いたところによると、熱烈な告白だったらしい。


『まったくさぁ~、片思いしていたのは楓の方だよね?』ってもう一度確認してしまう位に笑えた。


何はともあれよかったねと話していたら、楓の方から久しぶりに会いたいと言ってくれた。

私もそのお誘いがすごく嬉しくてお祝いもしたいし、即OKの返事をした。

とりあえず来週の金曜日ということで、場所は後日決めることとなった。

すると休日明けの月曜日のミーティング後に、山中くんから「金曜日は美好に仕事が終わり次第集合しましょう」と伝言された。

まあ山中くんが来るのは分かる。2人並んでいるところを私も見たい。

だけど・・・山中くんの伝言は集合場所についてだけじゃなかった。


「あと、澤田も来るんで」


その一言にフリーズした。


「今井さん?」


あれ?と確認するように「ダメですか?」と重ねて聞いてくる。

やばい、澤田くんが来ることは予想していなかった。

確かに彼は2人の同期だし、誘われるのは当たり前か。

慌てて「大丈夫!大丈夫」と返すと、「じゃあ、美好で」とニッコリ笑顔を見せてから行ってしまった。


「マジで?」


ついつい独り言が出てしまう。

ちょっと聞いてないよ!そう、聞いてない。

澤田くん!いつ決めたのよ。

目を光らせて営業部を見渡すと、コピー機の前にいる姿を見つけた。

あ・・こっちを見ている。私を見て、クスッと笑った!

今山中くんと話していたのを見ていたな。

そして私の様子を見て笑ったな!

ムカッっときて、カツカツとヒールを鳴らしながら急ぎ足で彼の元まで行き、「ちょっと聞いていないんだけど!」と睨みを聞かせて小声で言うと、全く反省などなくあの澤田スマイルを見せ、これまたささやくように「ごめん」と言った。

そこへ部長の「澤田~」というのんきな呼び声が入り、彼は「後で」と私に残して部長のデスクへと行ってしまった。


「もう!」


取り残された私は、独り言で怒るしかなかった。

その日は午後から2件のアポイントを取ってある会社訪問をして定時を迎えてしまった。

帰社したけれど澤田くんはまだ外回りから帰って来ていない。

それはまあ、いつものこと。

その日の報告書を作成して今日の業務は終了。

スーパーに寄ってから帰ろうと会社を出て駅に向かって歩いていると、電話の着信音が聞こえてきた。

バッグから取り出して表示されている名前を見て胸がトクンと鳴る。


「もしもし」


何でもない顔をして電話に出ても、頬は素直に熱くなる。

そんな私の耳にささやくように響く声は、私の名を呼んだ。


「咲季さん」


「はい?」


今井さんと呼ばない彼は、今は外なのかな?

そんなことを考えながら返事をした。


「今、どこですか?」


「ん?帰り。駅に向かっているとこだよ」


「そうですか。残念だな、僕はこれから会社に戻るとこです」


「そっか・・・」


仕事帰りにすれ違う僅かな寂しさも、こうして連絡をくれたことに嬉しさが勝っていく。

ワーカホリックな彼だから連絡などあまりくれないだろうと付き合う前に思っていたけど、意外にこまめに連絡をくれたりする。

我慢することに慣れている私は、今回も自分の中ではいろんな覚悟をしていたのに、それを発揮する場がなかなかこない。

今彼が言った『残念だな』って言葉も、何か意味のある言葉で言ってくれたのだと思う。


「咲季さん」


「何?」


「朝言っていた柚原との食事ですけど」


「あっ!そうだよ。ちょっと聞いていないんだけど!どういうことなの?」


別に彼が一緒ということが、嫌というわけではない。

ただ変に意識してしまうから、楓と山中くんの前ではまだ彼と話せる自信がないのだ。

付き合い始めたことだって言ってないし・・。

そんな私とは反対に、彼は気になどしていないように返してきた。


「健吾に来いよって声掛けられたから、行くって行っただけですよ。それに咲季さんも来るって言われたし。だめですか?」


「だめじゃないけど・・・」


そんなささやくように甘い声出されても。

そうダメではない。私も誘われている身だし。

でも・・やっぱり意識しちゃうじゃない。


「僕も咲季さんと行きたいし」


「えっ」


またそうやってサラッと甘い言葉を言う。

電話越しだから表情なんて見られないのに、ついつい隠したくなってしまう。


「一緒に行きますか?」


「だっ・・だめよ!」


「だめ?」


「うん、そう・・だめ。だって・・まだ秘密だもん・・」


言葉尻が消えていく私の耳に、彼の「フッ」と笑った声が聞こえる。

だってしょうがないじゃない・・。

『澤田くんと付き合い始めましたー!』なんて、どんなに大好きな楓にだって報告できない。恥ずかしくて死ぬ!

それに山中くんに話したら、信じているけど・・もしかしたら会社にばれるかもしれないじゃない。

そんな私のバカな戸惑いが通じたのか、穏やかな声で問いてきた。


「まだ秘密ですか?」


「うん」


「山中にも、柚原にも?」


「・・うん、もう少しだけ」


おかしいよね・・仲の良い後輩にも秘密にしたいなんて。


「付き合っていることが2人にばれたくないとか、そういうことじゃないよ。それは違うからね、勘違いしないでね」


「はい。咲季さん、可愛いね」


「なっ!!」


何をまた言い出すの。電話越しだから彼の顔は見えないけれど、甘さたっぷりなその声に顔が真っ赤になってしまう。

もう!もう!甘すぎるの!言葉が返せなじゃない。

でもそんな私にちゃんと理解をしめしてくれる。


「分かりました。じゃあ、もう少しだけ秘密ということで」


「うん、ごめん」


「いいえ。その代わり帰りは一緒に帰りましょうね」


「えっ!」


「大丈夫ですよ、健吾は柚原と帰ると思うし。僕は咲季さんと一緒に帰りたい。だめ?」


だめ?ってそんな甘えた言い方しちゃって、ずるいよ。

断れないって分かっていて言っているんだ。

これだからイケメンは憎い。

そして結局私は彼の手に乗ってしまう。


「分かった」


「はい」


返事をした彼が電話の向こうで笑顔でいるのが、何となく分かってしまって照れくさい。

私は嫌々な空気を出してしまっているけど、彼が甘えてくれることで私も受け入れることができているあたり、何となく彼に手のひらで転がされているような気がする。

私もキーキー怒りながら実際心は満たされちゃったりしているから、これでよかったりするのかな?って思ったりもする。



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