2人の関係 ②
まだ彼の唇が名残惜しいけどここは『ベランダ』、人の目もあるかもしれない。。いい大人が朝からいつまでもイチャイチャしているわけにもいかず、彼の身体から離れて「コーヒー飲もうか」と声をかけリビングへと戻った。
外とは違い部屋の中はエアコンで心地良く温まっている。
そしてキッチンでマグカップを2つ並べてからとりあえず彼に聞いてみる。
「ねえ、先にシャワー浴びる?」
ベランダから戻った彼はキッチンにいる私の側まで来ると、私の隣に並んだ。
「う~ん、じゃあ一緒に浴びます?」
涼しい顔でそんな質問してくるので、思わず身を引いてしまう。
「・・・っ浴びないよ!」
一瞬動揺した私の反応を見て彼は楽しんでいる様子が見れる。こうやって時々人をからかってくる所が何とも憎たらしい。
軽く睨みをきかせると、口元に笑みを浮かべて「それは残念」と言いながらコーヒーメーカーからサーバーを手に取り、私が用意していた2つのマグカップにコーヒーを注いで1つを手渡してきた。
「ありがとう・・」
何だかんだ言ってもそういう気遣いができる彼。根本は優しいのよね・・。
照れ隠しに思わず口ごもる私に笑みを見せて、自分もコーヒーを口にした。
「美味しいコーヒーですね」
そう言ってもらえて嬉しくなる。
「本当?お気に入りのカフェの豆なんだ」
「へぇ~そうなんですか。じゃあ今度そのお店に一緒に行きたいな」
「一緒に?」
「そう、デートで」
甘い笑顔でそんな風に言われたらドキッとするじゃない。本当にずるい奴。
自分の好きなものを気に入ってもらえると無条件に嬉しいけど、デートでという言葉にそれ以上のトキメキみたいなものを感じてしまう。
胸の鼓動を悟られない様に唇を一瞬キュッと結んでから平静を装った。
「いいよ、じゃあ今度ね」
サラッと言いながらも本当は胸が高鳴る。
これが幸せってものなのかな・・。
今までずっと自分の幸せについて考えることから逃げていた。
既婚者と付き合えば、我慢することは多かったから。
自分が正しくないことをしている意識はあったから、求めてはいけないということを常に頭においていた。本当は我慢することに苦しむことが多かったけど。それに慣れてしまっていたのは確かで、自分の感情を出すことがかえって難しくなってしまった。
だから澤田くんのストレートな表現に素直に答えることに戸惑ってしまう。可愛くないのも分かっているけど、今更私のキャラでもないし。
そう、あの日彼と寝てしまった日から私のペースはすっかり乱されてしまい、戸惑うことばかり。
私本当に大丈夫?
違う、澤田くんは私で大丈夫?だ。
私が彼女なんかでいいのかな。
彼を想う女子社員達が知ったら・・と想像したら急に寒気がしてきた。
フルフルと首を振り、頭に浮かんだことを懸命に祓う。
そんな私の顔を彼は覗き込んできた。
「どうしました?」
私を見る彼の綺麗な顔立ちに無性に腹が立ってくる。。
むぅ~っと眉間にシワを寄せると、その顔をまるで愛しいものを見るかのように微笑むからこっちの調子まで狂ってしまう。
本当にずるいなぁ・・。
こんな彼の彼女として胸を張れる自信なんてない。
だから・・つい弱気な提案をしてしまう。
「ねえ・・あのさぁ」
「ん?何ですか」
柔らかい声で聞き返してくる。
「うん、あのね・・・。私達が付き合っていることは会社ではまだ言わないで欲しいなぁ~って」
上目遣いで彼の顔を見上げると、じっと見つめてくるその視線に目をそらせなくなってしまった。
私の言葉の意味を探ろうとしているのかな。それが何となく気まずい。
つい根負けしてしまいお伺いをたててみる。
「ダメ・・かな?」
下手に出た私に片眉を上げて問いかけてきた。
「隠したいってことですか?」
「う~ん、隠したいっていうか・・何となく?」
ああ・・もう下手くそな答え。ほら澤田くんだって納得してない顔しているよ。
じゃあどう言えばいいの?ゴチャゴチャと考えるとうまく言葉にできない。
そんなことを考えていると、彼の大きな手のひらが私の左頬をそっと包み、親指が優しく頬を撫でた。
「まだ僕と付き合うことに迷っています?」
「そんなことないよ!」
それは絶対ないって首をブンブンと振ると、必死な私が可笑しかったのか少し笑みを見せた。
「それなら秘密にしたい理由だけ教えてください」
「え~、言わなきゃだめ?」
「だめ」
優しくも言い切る彼に渋々と答える。
「だってさぁ、自分でもわかっているでしょ?澤田ファンの数の多さ。私なんかと付き合ってるって知ったら大変だよ、恐ろしいったらありゃしない。今まで澤田くんに彼女がいなかったから、ある意味みんな安心していたところがあると思うし」
そう、彼に特別な人がいないと思っているから平和だったはずだし。
だからこそ澤田隼人の彼女になる人は納得というか諦めがつく人でないといけない。
王子様の相手はお姫様でなければならない。『彼は王子様』それくらい彼はもてるのだ。
そんな私の自虐が通じたのか、軽いため息をつきながらも彼は少しだけ頷いて見せた。
「じゃあ・・とりあえず会社では秘密ってことでいいですよ」
「ほんとに?」
「うん、とりあえずってことで。いつまで秘密にするかはまた考えます、それでいいですか?」
「分かった」
とりあえずって形でも今はいいと思えた。
まだ付き合うと決まったばかりで先のことは分からない。それなのにみんなに知られることに自信がなかったから秘密という形で自分を守りたかった。
澤田くんだっていつまで私を好きでいてくれるか分からない。
もう少しだけ・・彼が本当に私だけを好きでいてくれると心から感じられるまで、静かに彼との付き合いを深めて行きたいとわがままにも思った。