2人の関係 ①
さっきまで私の呼吸を落ち着かせるように、彼は軽い抱擁と優しいキスをあちこちに落としてくれて、そっと背中を撫でてくれる。
こんな風に終わった後まで満たしてくれる人ってなかなかいないと思う。
軽くキスをしてくれても、そのまま寝てしまう人やシャワーを浴びに行く人、タバコを吸い出す人は多いと思う。
きっと澤田くんだってそのどれかをしたいと思うけど、彼は気を使ってかそばにいてくれる。
私が応えるまで、私を腕の中にいさせてくれる。
それに私の心がどれだけ満たされているか分かっているかな?
探るように彼に視線を送ると、私の髪を後ろにすきながら甘く押し付けるようにキスをしてきた。
ー甘い、甘すぎるー
こんなに甘やかされたら、どうしたらいいのか分からないよ。
とまどい与えてくれたキスにお返しはできなかった。
ただこの甘い時間を過ごすことは決して嫌ではなくて、彼の肩に顔を寄せた。
それから少しの間彼との素肌の抱擁を堪能してから、「コーヒーでも淹れるね」と身体を起こした。
ベッド周りを見ても洋服が見あたらない。下着も・・ない。
私がキョロキョロと探しているのを見て彼も起き上がった。
「ここにはないですよね」
そう言われて夜中のことを思い出す。
『・・そうだ、服はリビングにあるんだっけ』
澤田くんが来てリビングで話した流れのまま抱き合ってしまったのだから、全ての服が向こうにある。
じゃあ!と起き上がろうとすると、彼に軽く肩を押さえられた。
「少し待っていて」
そう言うと、彼は立ち上がり隣のリビングへと歩いて行った。
その後ろ姿をついジッと見てしまう。
背が高くて、スリムな身体。その後ろ姿はキレイと言っていいと思う。ついお尻に目が行ってしまい、小さくて引き締まっていることにため息まで出てしまう。
「本当に非の打ち所がないよね・・」
そんな男が自分の彼氏?私大丈夫?と焦りに似た感情がフツフツと湧いてくる。
そしてそんな綺麗な裸体を見せられて、思わず自分の身体を毛布で隠していると、何も知らない彼はボクサーパンツだけ履いて私の服や下着を手に戻って来た。
「はい、どうぞ」
手渡された服を受け取り、ここで着替えるかふと躊躇する。なんだか気恥ずかしいような何とも言えない気持ち。
私にまだこんな感情があったなんてと苦笑したくなる。
そんな私の感情を察知したのかどうなのか、彼は「向こうにいますね」と部屋を出て行った。
急いで服を着てリビングに行くと彼の姿がない。
「あれ?」
部屋を見渡すと、ベランダに彼の後ろ姿を見つけた。スーツの上着は着ていなくて、ワイシャツだけじゃ寒そうだけどな。側まで行くとタバコを吸っている様子が見えた。
「寒いでしょ?中で吸って大丈夫だから入って」
「ん?大丈夫ですよ」
タバコの煙を吐いて、振り返る。
大丈夫と言っても、風はないけど空気は冷たい。
「でも・・」
私が言いよどんていると、手にしているタバコを軽く挙げて見せた。
「これだけ吸ったら戻るから、咲季さんは中にいて」
「じゃあすぐコーヒー淹れるから」
そう伝えてキッチンに行き、コーヒーメーカーをセットする。エアコンの設定温度を少し高めに設定しておく。
そして灰皿を引き出しから手にしてベランダに出て、灰皿を差し出した。
「使って」
彼が携帯灰皿を手にしていたのは分かっていたけど、何か気を使わせているようで気になってしまった。いつも誰か遊びに来た時は、部屋の中で吸ってもらっている。なのに彼氏にベランダで吸わせていることがかえって気になり、自分も側にいることにした。
「ありがとうごさいます」
私の気持ちを察知したのか、手にしていた携帯灰皿をポケットの中にしまい私から灰皿を受け取った。
そして彼の隣に立つと、私のことを気にかけてくれる。
「寒くないですか?」
「うん、大丈夫」
私が答えるとまだ短くなっていないタバコを灰皿で消して、私の腰に手をまわすと軽く引き寄せた。
寄り添いながら2人で朝の空気を感じるのもいいもんだなって思う。こんな風に時間を気にしないで寄り添っているなんて社会人になってから無かったことだから。
好きな人に奥さんがいれば、帰る姿を見送らなければいけなくて。いつも私は気持ちとは裏腹に笑顔で手を振っていた。そんな未来のない付き合いをしていた頃と比べて、今どれだけ幸せかを心から感じる。
そして嬉しさと切なさが混ざり合って何とも言えない気分になり彼の腕に顔を寄せると、腰に添えられていた手が更に私を引き寄せた。
彼の胸元に顔を寄せると、その居心地の良さに瞳を閉じる。
「咲季さん」
「ん?」
瞳を閉じたまま答えると、もう一度名前を呼ばれた。
「咲季さん」
「何?」
答えながら顔を上げると、優しいキスが落ちてきた。
唇と唇が軽く触れるようなとてもソフトなキス。そして彼が今吸っていたタバコの香りがした。
そんなキスが何だか嬉しくてつい『ふふっ』って笑ってしまったら、彼は唇を離して近距離から視線を合わせてきた。
「どうしました?」
不思議そうな彼も愛しくなる。少し寝癖のある前髪から覗かせる瞳に色気があって、でも優しさを感じられる。
「タバコの香りがしただけ」
「・・あっ、嫌でした?」
「ううん、嫌じゃない。その逆で、何か・・いいかも」
そう、彼のタバコの香りを感じたキスはもっと欲しくなるようなキスだった。
まるで彼を強く感じるような、魅惑的なキス。
そんな私の気持ちを察知したように、彼はまた私を誘惑する。
「じゃあ・・もう一度」
そう言ってさっきよりももっと深いキスをくれた。




