蕩ける ②
眠りから覚めて心地良い温もりにまた目が閉じそうになる。
いつもなら枕を少し抱えるように右頬をつけて寝ているけれど、今日は違う。厚くはないけど程よく引き締まった胸板が私の頭を支えている。
あの時のように・・・
そう、あの朝と同じように澤田くんは優しい力で私の身体を包んで寝ている。
そっと見上げれば、あまりにも綺麗な寝顔につい見とれてしまう。
そしてお互い衣類をまとっていない。触れる肌の感触がやっぱり気持良くて、更に顔を彼の胸に寄せてしまう。
もう少しこのままでいてもいいかな・・・
彼の肌を感じながら、瞳を閉じる。
何かまだ実感がないなぁ。澤田くんと私が・・付き合う?
いいのかなぁ・・本当に。
ついつい考え込んでしまい、頭をフルフルと揺らしていた為に彼を起こしてしまった。
「・・う・ん」
低くかすれた声に焦ってしまう。
「あっ、ごめんね」
見上げながら顔を覗き込むと、眠りから覚めた彼が私の顔を確認すると微笑み腰を抱いてきた。より密着して前髪越しにキスを落としてくる。
寝起きで髪の毛だって少し乱れているのに・・悔しい位にいい男だよ・・。
何だかたまらない気持ちになって毛布を引き上げて顔を隠すと、それを剥がそうと引っ張られた。
「咲季さん?」
「だめ!やっぱり寝起きの顔は見られたくない!」
そう言い切って毛布をギュッと持つ。
「どうして?可愛いのに?」
「可愛いわけないでしょ!絶対にやだ!」
そうだよ、クール王子が今まで見てきた女達のスッピンと比べられたらたまらないよ。
ああ・・せめてあと10分早起きすればよかったな。
毛布の下で後悔の念で顔を歪ませていると、毛布ごと抱きしめられて彼の腕の中にまた戻ってしまった。そして顔だけ毛布を剥がされて、私の顔は彼の胸に寄せられた。私のおでこに彼の顎が軽く密着する。
「これならいいですか?」
「・・うん・まあね」
これはこれで恥ずかしいけど、触れ合う肌の心地良さに尖った感情も丸みをおびてくる。
「僕は好きですよ、咲季さんの素顔。でも恥ずかしがる咲季さんも可愛いから、とりあえずはこのままで」
そう言われて私も抵抗をやめ、瞳を閉じる。
どうしてだろう?彼の言葉に私の気持ちはいつも治められてしまう。素直になってもいいのかなって。
気持ちが落ち着き顔が見えない状態で、今まで彼に聞きたかったことを聞いてみた。
「あのさぁ、聞いてもいい?」
「いいですよ」
穏やかな声で返してくる。
「ん~・・この前朝起きた時の澤田くんは今までと感じも口調も違って驚いたって言うか何て言うか・・。あれは何だったの?」
そうあの日お酒の勢いで寝てしまった事に後悔したあの朝、突然『咲季さん』と呼んだり敬語を使わなかったり、あまりにいつもと違う澤田くんに戸惑ってしまったんだ。
「あの時ですか?う~ん・・あれはちょっとからかったのもあったけど・・」
「やっぱりからかったんだ!」
からかったという言葉に反応して彼の胸元をグッと押して睨むと、私の感情とは真逆の笑顔を見せた。
「からかったのはあるけど、あの時は僕の方が先に目が覚めてまだ気持ち良さそうに寝ている咲季さんを眺めながら可愛いなって思ったんです。今まであった距離が縮んだようで。起きた時に咲季さんはどうするかな?って考えたり。でも・・何よりも嬉しさで調子に乗ってしまったのが一番近いのかな?咲季さんを自分の手に入れられたようで嬉しかったんです」
「そう・・なの?」
「すいません」
悪びれた様子もなく、クスッと笑うように私の耳元でささやいた。
いつもならカチンとくるけど、今は何だかそんな気にならない。それよりも愛しさが込み上げてしまう。
そしてそれとは違う感情もジワジワとわいたりもする。
「でもあの日の朝の澤田くんを見て、こんな風に女の子達に接したりしていたんだなぁって思ったの。だって会社での澤田くんと全然違ったし」
「確かに違ったと思うけど、他の子にはあんな風にしてなかったですよ」
何でもないかのように答えたその意味を探りたくなる。
「じゃあ・・会社と同じようにクール王子風?」
「いいえ」
「じゃあどんな感じ?」
思いつかなくて率直に聞いてしまう。だって王子っぷりには違いないもの。
私がちょっと意地になっているのを感じているのか、『クスッ』と苦笑した。
その笑いに私が怒るのを察知してか、密着している体に手を滑らせて私の腰を引き寄せた。
そしてささやくような低い声が私の耳に落ちてきた。
「咲季さんと他の子は違いますよ。咲季さんは特別だから」
「え?」
「好きな人にしか優しくできません。からかったりもしない。そんなに興味が持てない」
その言葉に顔が熱くなる。何でこうもサラッっと言えてしまうのかな・・。
でもやっぱり嬉しいよ。こんな風にストレートな言葉をくれるなんて。
恋することを忘れようとしていた私に、ドキドキすることを思い出させてくれるその一言一言が真っ直ぐ私に届く。
「私って面倒臭いよ?」
「咲季さん限定で受け止めます」
笑顔で言ってくれる彼を見ながら、『きっと私はこの人にはまってしまう』そうはっきりと感じた。
愛しさで胸がキューっと苦しくなって、こんなにそばにいるのにもっと彼を独占したい気持ちにかられる。
あんなに素顔を見られたくないって顔を背けていたのに、今は自分の欲に負けてギュっと抱きつく。
愛しくて愛しくてたまらない。
ー私を愛してー
言葉に出来ない想いを体で伝える。
『ごめんね、可愛くなくて』
想う気持ちは彼に抱きつく力でしか表現できない。
そんな私に応えるように、包み込むように優しく抱きしめてくれる。すごく温かくて、私の心は満たされていく。
ゆっくりと背中を滑り始める彼の右手が、私の体温を上げていく。
そして彼が起き上がり私の上に身体を重ねてくる。
小さくため息を吐きながら彼の顔を見上げると、柔らかい唇をそっと押し付けるようにキスをくれた。
その唇が愛しくてもっと欲しくて、何度も自分からキスを求める。そんな私に彼も応えてくれた。
僅かに開いた唇の間に彼の舌を感じて、もう少し口を開けて迎え入れる。
ゆっくりと自分の舌も絡めると、さっきよりも強く私の身体を抱きしめてくれた。
ゾクゾクと痺れるような快感が背筋に上がってきて、彼の舌に吐息をかけるように声が漏れてしまう。
それでも彼の舌に絡め続けながら、彼の口角にも舌を這わせる。
すると彼が一瞬ビクッと動いたのを感じて、何だか嬉しくなる。私のキスで彼に感じてもらえているんだって。
そして両手でそっと彼の頬を包むように触れる。
「ねぇ・・舌出して」
ささやくように言ってみると、素直に応えてくれた。
彼の舌を自分の舌先で優しく舐め上げると、彼は一度舌を引っ込めてしまった。
名残惜しくて彼の瞳を見ると、熱を含んだ彼の視線が向けられていた。
するとさっきとは違って強く食むようなキスをされて、もう彼のペースに持っていかれてしまったことを感じる。
でもそれでいい。全身で彼を感じたい。
「・ん・・」
息をつく間もない位に彼の唇と舌で甘やかし、どんどん私を上気させる。
優しいのに強い快感を与えられ、身体をよけて逃げようとしても放してくれない。
まるでさっきの仕返しのように繰り返されて身体が細かく震えてしまう。
すると彼はキスをしながら頬や肩を撫でて「咲季さん、もっと感じて」とささやいてくる。
くすぐったいのに、切ないほど気持ちいい。
全身に広がる震えるくらいの快感に耐えられなくなって懇願する言葉しか出なくなると、首筋から離れた唇が左の耳たぶに寄せられた。
「僕のこと、欲しい?」
わざと色っぽい声で聞いてきた。
ずるい・・ずるいけど・・でも・・・
「んっ・・欲しい・・」
素直に求めると彼は極上の笑顔を見せてくれて、そっと優しいキスを落としてくれた。
それからはもう彼に全てを持っていかれる。
負けたくないのに顔を歪ませて訴えると、彼は嬉しそうに意地悪する。
「欲しがったのは咲季さんですよ」
そう言ってわざと『チュッ』とリップ音をたてながらうまく呼吸できない私にキスをする。
悔しいのに、頬をなでてくれた彼がたまらなく愛しくなる。
「好き」
小さな声でつぶやくと、優しい表情で「好きだよ」って返してくれた。
そして頬へ唇をつけて頬から耳へと愛撫する。
やっと整ってきた呼吸もまた乱れ始めてしまう。
「ぁ・・」
快感の切なさに抵抗しても彼は許してくれない。
彼の指先が愛しいものに触れるように撫でるので、私は根負けし思わず『いやいや』と頭を振っているのに止めてくれない。
「咲季さん、もっと感じて」
込み上げる快感に、もうされるがままになる。
彼の唇を求め荒い吐息とキスがせめぎあう。
そして身体の上に倒れてくる彼を、まだ少し震える両手で抱きしめた。