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愛のささやき ⑤

そして「また明日」と言って帰って行った澤田くんの後ろ姿を見送った後、私は自分の部屋に入りフラフラとソファーまで行って腰をおろした。

そのままボーッとした頭の中は、さっきの言葉をリフレインさせている。


『僕と付き合ってください』『好きです』


彼はハッキリとそう言った。

そして言葉と共に、抱きしめられた時の優しい感触を思い出す。彼の腕の中は刺々した私の心を溶かすように温かい。

彼の腕の中にずっといたいとまで思ってしまう。

それなのに・・頭の中は素直になれず、邪推までしてしまう。


澤田くんが私を好きになる?本当にそんなことがあるの?彼だったらいくらでも選り好みできるのに、私を選ぶなんてことがあるのかな。

責任だったら、そんなもの要らない。余計にみじめになるもの。

彼の言葉も行動も、私には分からないことが沢山ある。

そんなことがグルグルと不安要素となって邪魔をする。


私はどうしたらいい?


それに澤田くんが楓を好きだったことを知っていることが、今は辛い。あんなに傍観者でいた私が、今更どんな顔をすればいいの?

楓のことは今も変わらず大好きだけど、彼女の良さを知っている分、悲しくもなる。

楓と比べて欲しくないよ。あんなにいい子を好きだったんだもの、私には欠けたものが多すぎる。

それに・・自分のプライベートを、彼に話し過ぎている。

澤田くん、覚えているよね。


澤田くん、何で『好き』なんて言ったの・・・


あなたの言葉で私がどれだけ感情を乱されているかなんて分からないでしょう?

私だって幸せになりたいよ。でも自分以外の存在を感じる恋愛はもうしたくない。

普通の恋愛がしたい。私だけを想って欲しい。

また自分勝手な独占欲が出てきてしまうことが怖い。


どうして好きになってしまったんだろう・・・


勝手な自問自答で頭を悩ませながら、しばらくその場を動くことが出来ないまま夜を越してしまった。

そして寝不足のまま出社すると、すでに澤田くんはデスクワークをしていて、私の姿に気がつくといつも通り「おはようございます」と挨拶をしてきた。

ひきつりそうになる顔に意識をやって、なんとか冷静に「おはよう」と返した。

すると彼はわずかに笑みを見せたので、顔が火照りそれを見られないように急いで自分のデスクに腰を下ろした。

そうして咲季が隼人を意識する分、ため息をつくことが多くなった。。

だけど咲季が目にする隼人はいつもと変わらず、悩んでいる様子も焦っている様子も見られなかった。

そんな隼人を見ていると、自分だけが乱されているみたいで何だか悔しい気持ちにもなる。

そんな風に頭悩まされることが一週間位続いた。


「もう・・ずるいよ」


ため息混じりの独り言まで出てしまう。

そんな深夜の静寂の中、スマートフォンの着信音が鳴り響いた。

ドキッとしながらも、期待する。もしかして?彼かな?と。

ディスプレイを見て、胸がキュンっと苦しくなる。表示されたのは彼の名前。

ずっと頭にあった彼のこと。まるで私の気持ちを見透かされてしまったように切なくなる。


「もしもし?」


私の硬い声に、クスッと小さな笑い声が聞こえた。


「こんばんは」


耳に伝わる澤田くんの声がくすぐったくて、つい突っかかってしまう。


「何?今笑ったでしょ」


「バレましたか?」


「分かるわよ」


むくれた声の私に、彼は澄ました声を返して来た。この感じ、いつもの澤田くんだ。

その事に少しだけホッとしてしまう。


「まだ起きていましたか?」


「うん、起きてるよ。澤田くんは?」


「今、帰り道です」


「えっ!もう12時過ぎているよ。・・でもまあ・・澤田くんにはよくあることかぁ」


「そうですね」


そう、彼が深夜まで会社に残り残業しているのはよくあることで。それだけの結果を上げているのだから、彼はできる男と常に認められているんだよね。


「それで?仕事帰りにどうしたの?」


「今井さんの声が聞きたくなって」


「・・え・・何。どうしたの?突然」


何を言い出したのかと耳を疑う。

声が聞きたくなったなんて・・耳元に届く甘い言葉についドキドキしてしまう。

そして憂いのある声でささやいた。


「会いに行ってもいいですか?」


「え?」


「これから会いに行ってもいいですか?」


甘い声で私を誘う。そんな言葉をサラッと言えてしまう彼。

何だかずるいと思ってしまい、わざと彼に問いかける。


「こんな時間なのに?」


「はい」


「明日も仕事なのに?」


「うん、会いたい」


私の意地悪に彼は気づいているのか、ゆっくりと答える。

ストレートな言葉に私の思考は混乱し、それ以上の言葉が出せなくなる。

すると澤田くんは探るように聞いてきた。


「今井さん?」


「・・・」


「・・咲季さん?」


名前を呼ばれた途端、彼の声が胸に響き抗えなくなってしまった。

それと同時に温かい気持ちになる。


「うん・・」


恥ずかしさ混じりに小さな声で答えると、頬まで熱くなってきた。うまい言葉なんていえない。

それでも澤田くんはちゃんと受け止めてくれた。


「よかった。あと15分位で着くと思います」


「分かった、気を付けてね」


私の返事に、彼はクスリと笑い声混じりに「はい」と答えた。

電話を切った後も私の鼓動は速いまま。

こんな夜更けに会いに来ると言う澤田くんに戸惑いを感じてしまうけど、本当の気持ちは・・『嬉しい』。

もうすでに切れているスマートフォンは何も発さないけど、両手で持って見つめてしまう。

『会いたい』と言う彼の言葉を素直に受け止めていいのかな?

私も自分の気持ちを肯定していいのかな?







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