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愛のささやき ④

「ごめんね」


声をかけて席につくと、澤田くんは「いいえ」と微笑を見せた。そして、「今タクシーを呼んでもらったけど、もう出られますか?」と言ってくれる。

タクシーお願いしてくれたんだ・・。


「うん、ありがとう。大丈夫だよ」


答えて席を立つと、澤田くんは私を迎えてくれるように立ち2人並んで歩く。そのまま出口に向かったので会計が気になり、澤田くんの顔を見る。


「あの」


「もう済ませてあるから行きましょう」


私の言いたいことを察知しているらしく、そっと声をかけられて背中に添えられた手に軽く誘導された。

わずかに感じる彼の感触が嬉しい。でも恥ずかしさが勝ってしまい、お店を出てすぐ彼から少し離れ「お会計いくらだったか言って」と無粋に言ってしまう。

一瞬黙った澤田くんに自分の可愛げ無さを恥じて少し顔をしかめると、彼は嫌な顔もせずまた私の横に立ち、今度は背中を包むように腰に手を添えた。


「今日はデートのつもりで誘ったので、おごらせて下さい」


「でも・・」


「ほら、タクシー来てるみたいですよ」


停車しているタクシーに視線をやって歩き出す。私も腰に添えられた彼の手に連れられ、一緒にタクシーに向かった。

2人並んでタクシーに乗って私のアパートの住所を伝えると、少しの間沈黙になる。

肩がくっつく位近くにいる彼を意識しているから?

いつもは酔わない量のお酒に軽く酔ってしまったから?

自分から話題を出せない理由をいくら考えても、結局は澤田くんといるから・・につながってしまう。

うつむき加減に左隣に座る彼へ視線をやると、ゆったりと長い足を組んでいるのが見えるだけ。

彼は何を思っているのかな・・。

私が今言える・言うべき言葉を伝える。


「今日はごちそう様でした。すごく、美味しかった。ありがとう」


私の言葉に澤田くんは少し驚いた顔をしたけど、すぐに優しい笑みを向けてくれた。

その笑顔に胸がキューっとなる。彼の笑顔は私の胸に甘い痛みを与える。彼と親しくなるまでは知らなかった笑顔。その笑顔に引き寄せられてしまう。


「喜んでもらえてよかったです」


「うん」


私も自然に笑顔になることができた。

その後の会話はあまりなかったけど気まずい空気ではなく、私はボーっと窓の外を眺めたり、彼の膝の上で組まれた綺麗な手に視線をやったりした。

そうしてアパートのそばで車を停めてもらったので降りようとした時、彼が運転手さんに声をかけた。


「すいません、すぐ戻るので少し待っていてもらえますか?」


「はい、大丈夫ですよ」


運転手さんが振り向いて答えてくれる。私は遠慮して「ここで大丈夫だよ」と言っても「送らせて下さい」と言って先にタクシーから降りて、そっと手を差し出してきた。


「ありがとう」


お礼を言いながら彼の手に軽くつかまって降りて、運転手さんにお礼を言ってから自分のアパートに向かって歩き出した。

玄関前に着いて「ここなの」と伝えて澤田くんと向き合う。


「今日はありがとう」


頭を軽く下げてもう一度お礼を言うと、澤田くんが「今井さん」と私の名前を呼んだ。彼に『今井さん』と呼ばれると、何故だかツキンと胸が痛くなる。


「何?」


彼の顔を見上げると、まっすぐ私の瞳に視線を合わせてくる。

そのまま見つめ合う状態になって、彼の視線から逃げられなくなる。真っ直ぐ見つめてくるその瞳は、苦しくなる位に私の鼓動を速くする。

そして一瞬の沈黙の後、私の緊張に似た意識とは対照的に落ち着いた声でささやいた。


「僕と付き合ってください」


「・・・」


言葉はハッキリと聞こえたのに、彼を見つめたままボーっとなる。

澤田くんがそんな言葉を言うなんて。

彼の瞳への焦点が少しずつ鈍ってくる。そんな私に気付いているのか分からないけど、彼は変わらない様子で言った。


「好きです」


好き?私?・・・私が・・私のことを・・好き?


「・・・・・嘘」


表情なく、言葉だけが口からもれる。

澤田くんが『好き』と言ってくれたのに、私の心が『・・・・・嘘』とつぶやかせた。

そんな私の声を聞いて、澤田くんの表情がゆっくりと真顔に変化する。それを見て、私の胸も苦しさを感じた。


「嘘?」


確かめるように聞いてくる。


「・・そう、嘘だよ。」


「こんなこと僕は嘘ついて言わないですよ」


「そんなわけないよ。澤田くんが私のこと好きになるなんて・・そんなのあるわけないじゃない」


鼓動が速くなり、語尾も強くなる。


「どうしてですか?」


彼は冷静に聞いてくる。


「だって・・だって澤田くんは楓のことが好きだったじゃない。ずっと、ずっと好きだったじゃない」


私の中で色濃く残っている感情を勢いでぶつけてしまう。

私が言ってはいけないことだけど、澤田くんが私に『好き』と言う意味が理解できない。


「何でそんなこと言うの?責任感ってやつ?私と勢いで寝ちゃったから?それだったら気にしないでよ・・私だってもう気にしていないんだから」


速くなる鼓動と共に、乱暴に言葉をぶつけてしまう。自分の気持ちも澤田くんの言葉からも逃げるように、全てを否定する。


だってもう傷つきたくない。


今澤田くんに言った言葉にすら、胸が痛くて苦しくなる。

彼を好きだと意識してしまった時から、私の感じることがどんどん変わっていく。


澤田隼人はただの後輩だったのに。

からかうように挑発することは簡単だったのに、今では視線が合うだけで胸がキュッとなる。

いろんな子に好かれる事を笑って見ていられたのに、今ではその光景を見るのも辛い。

そして、柚原 楓を好きだった彼を陰ながら見ていたけど、今でも楓に気持ちがあるんじゃないかと思ってしまう。


人はそんな簡単に好きな気持ちを諦めたり他の人を好きになったりなんかできないはず。

だから澤田くんが私に言う『好き』は、本気じゃない・・・


澤田くんの顔が見れなくて視線を外して黙っていると、腕を優しく引き寄せられ抱きしめられた。


「咲季さん、僕のこと嫌いですか?」


名前で呼ばれてドキッとする。それに『嫌いですか?』なんて聞かれて。急いで首を横に振って否定する。


「じゃあ少しだけ時間をあげるから、考えてください」


甘い声で私を誘惑する。そんな風に言われて、私は断ることができない。


「・・うん」


私が答えると、また抱きしめている腕を少しだけキュッと力を入れてきた。

それがすごく心地よくて、私もつい彼の胸に顔を寄せてしまった。














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