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愛のささやき ③

「今日はデートだって思ってもらえますか?」


「・・・」


何でそんなこと言うのよ・・

私が思うデートと澤田くんのデートは意味が違うの?それでも澤田くんの言葉を良いように真っ直ぐとらえそうになって焦り、顔がどんどん熱くなる。


「デートなら・・いつも誘ってくれる女の子の中から選べばいいじゃない?」


ああ・・私の口から出るのは、いつも皮肉な言葉ばかり。そして私の言葉に目の前の澤田くんの笑みもゆっくりと薄れていくのを見て、胸の鼓動も早くなる。


「澤田くんの周りには誘われるのを待っている人がいくらでもいるじゃない。それに社内じゃなくてもいるんでしょ。何回か会社のロビーで待ち伏せしていた子に声かけられて、澤田くんのこと聞かれたことだってあるんだから」


それは嘘でも何でもなくて、私が外回りから帰社した時にロビーでキョロキョロしている若い子に『営業部の澤田さんいらっしゃいますか?』と声をかけられたことがある。きっと待ち伏せをしていたのだろう。それに澤田くんと組んで会社訪問していた頃、澤田くんが他社にアポイントがあって私一人で訪問した時に受付嬢から『あの・・今日は澤田さんはご一緒ではないのですか?』とお伺いされたこともある。

私が知っている限りでも何人か浮かぶのだから、実際はもっともっといるのだろうな・・。それを思うと何とも心に波が立つ。

私の言葉に何も返さない彼に、勝手だけれどモヤモヤしてくる。


「澤田くんに誘われたら絶対に喜ぶわよ」


やけくそみたいに言ってしまったところへ、「失礼します」とメインのステーキが届けられた。

一瞬の間が空いて何となく気まずくなる。言葉なくステーキをカットして口に入れると、あまりの美味しさに瞳が開きコクンと飲み込んだ後、自然と声に出てしまった。


「・・美味しい」


そしてつい流れで彼の顔に視線が行くと、目が合った瞬間優しい笑みを見せてくれた。


「よかった。ここの店気に入ってもらえましたか?」


「うん」


そう素直に答えると、澤田くんも小さく頷いた後少しだけ体を向かいに座る私の方へ寄せた。


「僕は今日デートのつもりで誘いましたよ」


「・・・え・・」


しっかりと視線が絡み合ったまま思考が止まる。

そんな風に言われたら、私だって上手く返すことができない。『何で?』『どうして?』と脳内で混乱するとまた頬が熱くなり、まばたきの回数がやたら増えてぎこちなくなってしまう。確かに今日私の仕事が終わるまで待っていてくれて、食事に誘ってくれたけど。デートとか本当は冗談だと思っていたのに・・。キッパリ言って真っ直ぐ視線を向けてくることに、何だか耐えられなくて。この間をもて余して目の前のステーキに視線が行き、またごまかすようにステーキをカットして口に含んだ。

すると前からクスッと笑い声が聞こえたので、上目遣いに睨むと彼は余裕のある笑顔でステーキをカットしている。


「からかわないで」


いつもよりワントーン低い声でそう言っても、澤田くんは表情を変えなかった。そして手を止め視線をよこしてもう一度言葉にした。


「僕が誘いたかったのは、今井さんですよ。他の誰かじゃない」


その言葉に彼から目が離せなくなってしまった。言葉が甘すぎて、じわじわと胸が苦しくなる。

それでも頭で言葉を復唱して、彼の真意を考える。『本当に?』それとも『冗談?』。彼の表情から読み取ろうと考えるけど分からない。彼が何で私を食事に誘い、甘く勘違いさせるようなことを言うのか分からない。

気にすれば気にするほど言葉を返せなくなって、視線をそらしステーキに意識を集中させて次々にカットしては口に入れて食事を進めた。

そして真っ赤に頬を染めながら自分に視線すらよこさない咲季を愛しい眼差しで見つめながら、隼人もまた食事を再開した。

そんな2人の間にしばらく会話がなくなったけど、咲季は居心地の悪さは感じなかった。何故ならば時々チラッと隼人の表情を伺う度に、彼は柔らかい笑顔を咲季に見せたから。その笑顔を見る度に段々と気持ちが和らぎ、咲季は何となくホッとしてほんの少しだけ口元に笑み浮かべていた。

そんな2人の光景は周りから見ればデートにしか見えないような甘さがあった。

そして最後のデザートを口にした時、隼人が「美味しいですね」と咲季に声をかけると、咲季はすぐに笑顔で「うん」と素直に同調したのだった。


全て食べ終わり少し落ち着いた頃、咲季は化粧直しへと席を立った。

鏡の前に立ち、自分の顔を見るとやっぱり頬は赤みを帯びていた。『お酒のせい?』それとも『澤田くんのせい?』どっちなの?と両手で頬を包みながら考えても、私の気持ちは分からない。そのまま深呼吸しても、胸を打つ鼓動はいつもと違うことを感じた。


   -澤田くんはどうしてあんなことを言うの?-


いろんな理由を考えるけど、彼の言葉を思い出すとまた頬が熱くなる。単純に考えれば嬉しいのに、どうしても邪推してしまう。

私はいつのまにか恋愛の甘い言葉を素直に受け取れなくなってしまった。

それは自分のせいなんだけどね・・・。私が不倫で得た愛情は全て真実ではなかったから、自分には染み付いてしまった。

どんな言葉も約束も、その場の雰囲気の上で存在したものが多かった。だから守られない約束はいくつもあった。

そしていつからか与えられた言葉も抱擁も信じることができなくなってしまった。

友人や後輩の恋の相談はいくらでものれるのに。『信じてあげなよ』って言葉も言っているのに。

自分が一番人の気持ちや言葉を信じていないんだよね・・・。再度自覚して空しくなる。

そんなことを考えていたらさっきまで熱かった頬も熱を失っていた。


「早く戻らなきゃ」


ボーと考えていた時間はどれ位だったのだろう?とりあえずサッと化粧直しを済ませて席に戻ると、澤田くんはさっきと変わらない様子で待っていてくれた。








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