樅ノ木は飾った 〜花のお江戸で、初めてのクリスマスツリー!?〜
「お届け物でぇ〜す!」
「はいよー」
運び屋の若者が、家の中に呼びかける。それに応じて、医師風の男が顔を出す。
彼は「お届け物」を見て、絶句した。
高さ1mくらいの、生木だったからだ。
「へへ、すいやせんね。こちらに署名お願いs」
「何だ、これは……?」
いや喋ったわ、失礼した。
さておき、男は運び屋の言葉を遮って、逆に問いかけた。
「コイツですかい? よく分かんねぇんすけど、『樅の木だ』って聞いてやすよ」
「何に使うんだよ !? 」
「知らねぇっすよ !!? 私が聞きてぇぐれぇだ……」
寛政6年(1794)閏11月10日。
江戸で初めてのクリスマスパーティーが開かれる、一刻ほど前のことであった。
◆
「キリスト教は違法な宗教、だから禁止ね。でも宗教関係ないなら、西洋のいい物は取り入れよう!」
というのが、江戸時代後半の日本である。
ただし、あくまで「いい物は」、である。そんなの高級品だ。
だから「西洋のいい物を取り入れよう!」なんて出来たのは、一部のお金持ちだけだった。
これを蘭癖という。
そして、かの医師風の男:大槻玄沢も、蘭癖の1人であった。
……ただし、「西洋文化に触れる」だけなら、もう少し簡単にできる所がある。
長崎である。
肥前国彼杵郡長崎。当時の日本では貴重な、国際港湾都市であった。
有名な「出島」は人工島である。オランダ商館が置かれ、西洋の商人たちが住み込みで働いていた。
なお、“オランダ商館”と呼ばれているが、オランダ人だけのものではない。時期によってはドイツ人・アメリカ人らも出入りしている。
そして、そこに出入りする日本人通訳らを通じて、住民たちに西洋的な風習が広まっていた。
そんな風習の1つが、「オランダ正月」である。
「キリスト教が違法、だと !? 聖誕祭呪えねぇじゃン !! 祝ってやル……」
「日本語逆じゃネェか?」
「……イヤ待て、日本には正月があル。『オランダの正月です!』ってコトにすれば」
「「「……イケる !! 」」」
といって、オランダの商人たちが始めたものだ。
そしてそこには、日本人の役人や通訳たちも呼ばれて、
「皆=サン、盛り上がってマスかぁー !? 」
「「「いえ〜い !!! 」」」
「これが噂の、苺ショートケーキ……!」
「旨い美味い、ウマい…… !! 」
「家族にも食わせてやりたい! これ持って帰ってもいいですか?」
「「「どうぞドウゾ」」」
などとよろしくやっていた。
そのうち、長崎にはオランダ正月を真似る日本人たちが現れた。
彼らが開いたパーティーに、玄沢も参加したことがある。
長崎から江戸へ、広がる下地ができていた。
◆
江戸に帰った玄沢は、さらなる僥倖に恵まれた。
オランダ商館長:ヘイスベルト・ヘンミーとの対談が叶ったのだ。
ナポレオンとかいう男のせいで、母国ネーデルラントが滅亡寸前……という一大事に、である。
「君やっちゃいなヨ、オランダ正月!」
「はい !! 」
興奮冷めやらぬまま、自宅兼私塾「芝蘭堂」に帰った玄沢は、今日まで粛々と準備を進めていた。
調度品は揃えた。
招待状も出した。ほぼ全員から、
「絶対行きます!」
という返事も貰えた。
驚いたことに、前老中:松平定信公からも返事が来ていた。
「行きたすぎて丁髷取れそうです……が、今領地の白河です。
物理的に無理で申し訳ない。
次回があれば是非! 松越中守」
という旨の、丁寧なお手紙だった。
新幹せ……いや畏れ多いことである。
◇
そして今日。
料理も出来上がりはじめた。あとは来客を出迎え、待つのみだ。
日が暮れて11日になれば、パーティーの始まりである。
……なんて思っていた所に、この「お届け物」である。
「どこのどいつだ? 樅の木なんか送ってきたのは……」
一体どうしろというのか? 玄沢は頭を抱えた。
そこに後ろから、弟子の1人が声をかける。
「先生、この時計の電源はどこでし……何ですかそれ?」
「樅の木だ。誰か知らんが送ってきやがった」
「マジすか……どうします? それ」
「どうするったってな、んー……」
2人は考え込む。
とりあえず、このまま外に出しておくわけにはいかない。通行の妨げになる。
屋内に運びたいところだが、入ってすぐの表座敷にも置き場はない。
となると……
「中庭か」
「ですね」
江戸の町家は、通り沿いから奥へ細長く延びている所が多い。
そして、敷地いっぱいに建物を建てることはせず、途中に中庭的な吹き抜けを作るのが一般的であった。
でないと風が通らないからだ。夏暑すぎて住めない。
そして芝蘭堂は、表座敷が私塾、中庭を挟んで奥座敷が住居、さらに庭を挟んで土蔵……という構造であった。
来客の邪魔にならず、かつ見える所に置くなら中庭……しかない。
◇
こうして樅ノ木は、町家の中庭に放り出された。飾り付けなんかないままで。
……いやん!
以上で〆となります。
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