過労
過労
……何の夢だったろう……
ごく浅い眠りから私は目覚めた。
ベッドで身を起こし、ベッドの上に横に座った。
「また私か……?」
「また今日か……?」
目覚める瞬間どれ程それが自分でないことを願ったことか。
どれ程今日でないことを願ったことか。
しかし、やはり私だった。
やはり今日だった。
全く願わない私と今日だった。
かつて私は、はつらつとしていた。
熱心に働いた。遊んでいた記憶等無いほどだ。
毎日が楽しかった。そう私は仕事を楽しんでいた。
あの頃も同じ日の繰り返しだった。
私はスピード感を楽しんでいた。
前方にある障害物を次々とかわし、
私の心は風を切って何処までも進む。
振り返れば同僚は遥か後方に居た。
この滑走の行方はどこか。
終着点の必要は無い。永遠に続け。
あらゆる批判を無視し、賞賛には礼も言わず。
それらはあっという間に通り過ぎる一本の木に過ぎない。
私が完遂の証のテープを切るときまで。
私に勝利の旗が振られるまで。
風の間を吹き抜けて行く。
そうであるはずだった。
*
ごく浅い眠りから私は目覚めた。
ベッドで身を起こし、ベッドの上に横に座った。
「私の、私の職業は何だっただろう?」
確か、こう両手をかちゃかちゃと動かす仕事。
ミュージシャンか?
違うそれは私がなりたかったものだ。
私が両手で打つキーボード、それは白鍵黒鍵ではなくアルファベットがかかれたものだ。
私はソフトウェアエンジニアだった。
いつからこうなってしまったのか。
私は学生時代、工場で流れ作業のアルバイトをしたことがある。
ただひたすら同じ動作を一日中繰り返す。
アルバイトの監督が私に言った。
「仕事のペースを上げろ、その代わり時給もあげてやる。」
私はそれに同意し、私は可能な限りの速さでその同じ動作を繰り返した。
私はそれを楽しんだ。どんどん、どんどん早く。
ある日私は作業中、もはやその動作を繰り返しているのが自分でないことに気づいた。
のっとられた自分。
到底不可能と思える速さで私の体は同じ動作を繰り返していた。
それを見ているうちについに私は自我を失いかけた。
もうちょっとで戻れなくなるところだった。
私はあわてて引き返し、仕事の動作を自分の意識の制御下に取り戻した。
戻れなければ病院行きは確実だったろう。
今の私の仕事はそれほど単純ではない。
でも私には同じことの繰り返しだ。
私の技能が向上するにつれて、ますますただの繰り返しになる。
私は既にのっとられているのだろう。
スピード感に酔いしれていた代償として。
学生時代のアルバイトの時とは違って、長年にわたって大半をのっとられた。
もうあの時と同じようには引き返せない。
私が社会の一員である限り引き返せない。
*
ごく浅い眠りから私は目覚めた。
私はそのまま横たわっている。
今日はたまさかの休日なのだ。
今日は友人と遊ぶ約束がある。
しかし、明日からまた働く私には何の慰めにも治癒にもならない。
私の心の中には何かがある。
どす黒く、とてつもなく重く、動かない石のような塊。
その塊が毎朝、私に私と今日を持ってやって来る。
陰鬱で私はそれを除去したくてしたくてたまらない。
それが除去されるのは私によってではなく、過ぎ去る時間がある点に到達した時だけだ。
翌日、私はまた目覚める。
出勤の為に服を着て、身支度をする。
電車に揺られ会社へ向かう。
窓から差し込むオレンジ色の朝の日差し。
私は陽の光を浴びている間にエネルギーで満たされる。
今日きっかり働けるだけのエネルギーで。