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過労

作者: 岡みつる

挿絵(By みてみん)


過労


 ……何の夢だったろう……


 ごく浅い眠りから私は目覚めた。

 ベッドで身を起こし、ベッドの上に横に座った。

「また私か……?」

「また今日か……?」

 目覚める瞬間どれ程それが自分でないことを願ったことか。

 どれ程今日でないことを願ったことか。

 しかし、やはり私だった。

 やはり今日だった。

 全く願わない私と今日だった。


 かつて私は、はつらつとしていた。

 熱心に働いた。遊んでいた記憶等無いほどだ。

 毎日が楽しかった。そう私は仕事を楽しんでいた。

 あの頃も同じ日の繰り返しだった。

 私はスピード感を楽しんでいた。

 前方にある障害物を次々とかわし、

 私の心は風を切って何処までも進む。

 振り返れば同僚は遥か後方に居た。


 この滑走の行方はどこか。

 終着点の必要は無い。永遠に続け。

 あらゆる批判を無視し、賞賛には礼も言わず。

 それらはあっという間に通り過ぎる一本の木に過ぎない。

 私が完遂の証のテープを切るときまで。

 私に勝利の旗が振られるまで。

 風の間を吹き抜けて行く。

 そうであるはずだった。



 ごく浅い眠りから私は目覚めた。

 ベッドで身を起こし、ベッドの上に横に座った。

「私の、私の職業は何だっただろう?」

 確か、こう両手をかちゃかちゃと動かす仕事。

 ミュージシャンか?

 違うそれは私がなりたかったものだ。

 私が両手で打つキーボード、それは白鍵黒鍵ではなくアルファベットがかかれたものだ。

 私はソフトウェアエンジニアだった。


 いつからこうなってしまったのか。

 私は学生時代、工場で流れ作業のアルバイトをしたことがある。

 ただひたすら同じ動作を一日中繰り返す。

 アルバイトの監督が私に言った。

「仕事のペースを上げろ、その代わり時給もあげてやる。」

 私はそれに同意し、私は可能な限りの速さでその同じ動作を繰り返した。

 私はそれを楽しんだ。どんどん、どんどん早く。

 ある日私は作業中、もはやその動作を繰り返しているのが自分でないことに気づいた。

 のっとられた自分。

 到底不可能と思える速さで私の体は同じ動作を繰り返していた。

 それを見ているうちについに私は自我を失いかけた。

 もうちょっとで戻れなくなるところだった。

 私はあわてて引き返し、仕事の動作を自分の意識の制御下に取り戻した。

 戻れなければ病院行きは確実だったろう。


 今の私の仕事はそれほど単純ではない。

 でも私には同じことの繰り返しだ。

 私の技能が向上するにつれて、ますますただの繰り返しになる。

 私は既にのっとられているのだろう。

 スピード感に酔いしれていた代償として。

 学生時代のアルバイトの時とは違って、長年にわたって大半をのっとられた。

 もうあの時と同じようには引き返せない。

 私が社会の一員である限り引き返せない。



 ごく浅い眠りから私は目覚めた。

 私はそのまま横たわっている。

 今日はたまさかの休日なのだ。

 今日は友人と遊ぶ約束がある。

 しかし、明日からまた働く私には何の慰めにも治癒にもならない。

 私の心の中には何かがある。

 どす黒く、とてつもなく重く、動かない石のような塊。

 その塊が毎朝、私に私と今日を持ってやって来る。

 陰鬱で私はそれを除去したくてしたくてたまらない。

 それが除去されるのは私によってではなく、過ぎ去る時間がある点に到達した時だけだ。



 翌日、私はまた目覚める。

 出勤の為に服を着て、身支度をする。

 電車に揺られ会社へ向かう。

 窓から差し込むオレンジ色の朝の日差し。

 私は陽の光を浴びている間にエネルギーで満たされる。

 今日きっかり働けるだけのエネルギーで。



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