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「さて、入ろう」


 その店は既に廃ビルなのか、かなり荒れていた。

当然、その店も推して知るべしだ。


「お邪魔するよ」


 そう言って入れば、複数の男たちがそこにはいた。

先ほどの体格よかった妖魔たちとは違い、戦闘力の低そうな優男ばかり。


 ただ唯一、揃っているのは顔がそれなり整っていると言うことくらいか。


 成る程、恐らくそれで女性を釣っていたりしたのかもしれない。


 そんな予想をしながら躙り寄る。


「ねえ、君らの仲間はもういないけど、さあ、どうする?」


「倒さないのか?」


 妖紅は航の態度にもどかしさを感じたのだろうが、彼はそれを制して会話を続けた。

どう考えても目の前の奴らは航たちには勝てない。


「うわうわうわ……」


「に、逃げなきゃ……」


 航と妖紅には向かうどころか、ガクガク脅えている。

恐らくは外の様子を見ていたのだろう。

最初は自分たちの仲間がいつものように倒すと高を括っていたはずだ。


 が、そんな優位性など二人の存在でとっくに崩れ去っている。


 航はそこで一つの行動を狙っていた。

妖紅の考えていることは分かったが、それを為さないように再度止める。


「妖紅、今は僕の思うとおりにさせてくれないかな」


「……分かった」


 不満そうではあるが、それでも納得をしたらしくいったん刀を下げた。

しまいはしないのは警戒をしているためだが、それについては特に航は言わないでおく。


「ひ、ひぃいい」


 航と妖紅の会話を聞きながら恐怖が頂点に達したようで一人の妖魔が大声を上げて必死に外へと向かいだした。

すると残りのものたちもそれに煽られる形で向かい出す。


 航は静かにそれを見つめ、そいつらの臭いを覚えることに集中した。


「ん、覚えた」


 何の気無しの言葉だった。


「覚えた?」


「あいつらはそのまま逃してくれ」


「それが何になる?」


「あいつらは弱い。弱いということは強い奴の元に行く」


「! つまりは……」


「そう言うこと」


 粗方逃げていったものたちは予想どおり慌てているのだろう、散り散りに逃げるということすら忘れてしまったのか、一直線で彼らの逃げ場所に向かっていた。


 そこまで下級だったとはねえ。


 航は苦笑しながら妖紅を見ると、同じことを思ったようだ。


「いなくなったが」


「ならもう次に行くしかないさ」


 妖紅は頷き、黙って歩き出す。


 さして会話をしなくても理解してくれるのは助かる。


 ある意味、楽なのかもしれないと航は思う。

たいして会話しないですむ。


 くるりと妖紅が航の方へと振り返り、一言告げた。


「……お前は必要以上には話さないな」


 正直、面を喰らった。

まさか妖紅にそう言われるとは思わなかったのだ。


「あんたに言われるとは思わなかったな」


「そうか?」


 愛想よくしていたつもりだったが、通じてはいなかったらしい。


「まあ、人と話すのは苦手かもしれない」


「そうか、私と同じだな」


「そうだな」


 人当たりのない会話で誤魔化しているものの、実際妖紅の言うとおり、航は人と関わるのは好まない。


 見透かされるとは思わなかったな。


「お前は相棒ならば信用しろと言った」


「言ったね」


「ならばお前も私を信用すべきだな」


 真っ直ぐに航を見遣り、妖紅はそうやり返してきた。

彼がそうで無いことを理解していたからだ。


「……うーん、痛いところ突くね、これはまた」


「事実だから仕方ない」


「まあ、その通りだ」


 妖紅がそこまで航のことを観察していたことには気が付かなかった。

逆を言えば彼自身そこまで気にしていなかったのかもしれない。


「なら、言わないと不公平だ。実はね、自分が一番信用できない」


 さらりとそう言葉にした。

それは嘘偽り無い事実だ。

彼は自分が一番嫌いとも言える。


「……そんなところまで一緒か」


 妖紅は呟く。

小さい声だが、航には聞こえた。


「幻滅した?」


「いや、別に。お前にはお前の理由があるし、私にも私なりの理由がある。それだけのこと」


 それ以上は突っ込んでは来なかった。

それは有り難いと素直に思う。


「いつか、それらを話せるのならお互い楽になるかもしれないな」


「そうかもしれない」


 それでも少し話したくなった。


「僕はね、無駄に守られすぎて生きてきた。そのために何人死んだか分からない」


 淡々と感情のない声で、しかしそれがかえって彼の素顔が出ている雰囲気が醸し出される。


「だけど自分にそこまでの価値があるとは思ってない」


 その言葉は彼にとっての事実であり、真理。

何故自分はそこまでして護られなければならなかったのか未だに()()らない。


「それは違う。彼らにはあったと言うことだ」


 少しの間しか航といないが、それでも彼が価値がないというのは違うと思ったのだ。

普段は決して言わないだろう言葉を彼女はいつの間にか口にしていた。


 航は妖紅を思わず見つめ、少しして軽く微笑む。


「うん、その通りだ。だから辛いのかもしれないな」


 航自身には思えなくても彼らにはあった、それはきっと正解の一つだろう。


「妖紅、聞いていいなら聞いても?」


「何を?」


「何故狩人になんて? 言葉は悪いが、同族だろう?」


 容赦の無い戦い方を見て思うが、彼女は軽い気持ちで狩人になっていないことは明らかだ。


 それに航は少し知りたくなった、このミステリアスな少女を。


「……私は自分の犯してしまった罪がある。それを贖わねばならない」


 当人は抑揚なく語っているつもりだろうが、声が少し震えている。


「それは狩人になってまで?」


 航は敢えて踏み込んでそう問うた。


「むしろ有り難いと思っている。本来なら此処にすらいられぬ身だからな」


 妖紅は苦笑しながらそう答える。


「ふうん、妖紅は重犯罪人?」


「そうだ」


 迷いもない一言は航を驚かせたが、彼女が嘘を言う理由も無いことは直ぐ理解した。


「そうは見えないね」


「それならお前にはどう見える?」


 何となく興味が湧いたらしく妖紅はそんなことを聞いてきた。

航は少し考えてから素直な答えを述べる。


「そうだね、普通の女の子、かな」


「普通?」


 上手い言葉じゃなかったかなと航は思ったが、感じたまま言わないのは余計によろしくないだろう。


「そうか、お前にはそう見えるのか」


「僕にはそう思えるけど?」


「そうか」


 航の答えに満足したのか、妖紅の口角が少し持ち上がり、微笑んでるような形を取った。


「それは多分に有り難い」


 不意打ちとも呼べるその表情は航を戸惑わせる。


「そ、そう? ならよかった」


「変わっているとは聞き慣れてるが、普通だと言われたことはない」


 確かに口数は少ないけど、こうして当たり前のように話せるのだから一般的少女の範疇だ。


「うん、普通だと思うよ、僕は」


 風が吹き、妖紅の紅い髪がさらりと流れる。

それは細い月の中、紅い炎のように踊っていた。


 綺麗だな。


 素直にそう思う。


 最初に会った時から感じていたが、妖紅は美しい。

そこいらの人間には勝てないほどのものがある。


 モデルとか出来そう。


 本人が望まないのは百も承知だが、それが素直な感想だった。


「ならばお前もきっと普通だな」


「それは有り難いね」


 何故だか妖紅の言葉は心からのものだと信じられる。

だから素直に礼を述べた。


「さあ、行こう」


 これ以上離せば言わなくてもいいことを言いそうだったので航は話を区切ることにする。

実際、時間も無い。


 彼の放った罠は時間との勝負だ。


「此処からは本チャンだから急がないと」


「本チャン?」


 妖紅はきょとんとした顔をして尋ねる。

そんな言葉を聞いたことがないからだ。


「んー、簡単に言うと本番ってこと」


「ふむ、面白い言葉だな」


 淀みなく会話が出来るのに俗語は知らないらしい。


 まあ、そうか。

使う必要は無い言葉だ。

だが、様子を見る限り気に入ったらしい。


「お気に召して何より」


 だから航はそう言い、方角を指差した。


「あっちだ。そんなに遠くはない」


「分かった。それにしてもお前と話すのは面白い」


「それは偶然だな、僕もだ」


 らしくなく高揚感があった。

人と話すのが久しぶりなせいだろうか?

 それとも相手が妖紅だからだろうか?


 それは何とも判別しがたかったが、楽しいとは感じていた。


 とは言え、のんびりとしている場合でもないので話題は直ぐ切り替わる。


「手下がこれだけ消えれば焦るとは思うが。恐らく傲慢タイプだろう」


「傲慢か。慢心とも言えるから確かに動くかもしれないね」


 七つの大罪と呼ばれるものになぞられて妖魔はランクと別に区分けされている。

はぐれものになったものたちは欲望のままに有生界にいることが殆どだ。

だからその傾向で対応を変えることがある。


「最初からそれを狙ったのだろう?」


「そりゃあもう、わざと逃したからねえ」


 今はもういない人が教えてくれた方法ではあるが、上手く行ったらしい。


「それじゃ片を付けに向かおう」


「ああ」


 航が歩き出し、妖紅もそれに合わせ歩き出す。

不思議と二人の距離は少しばかり縮んでいるように見えた。

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