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 航と妖紅に与えられた任務は至極簡単と言えるものだった。


 夜の中を徘徊する連中を見付けるのはそう難しくはなかったし、何しろ妖紅が確認した資料どおりの場所に現れたのだから話も早いと来る。


「成る程ねえ。こうも人間的に動かれるのはやりづらい」


 この世界で()()()()()()()()

その努力をしていると言ってもいい。

溶け込むのにはそれ相応の適応力が必要である。


 ただ何処かギクシャクしている節はあるが、ほんの誤差ではあるし、航たちでなければ気が付かない程度だ。


「よく(ゆう)(しょう)(かい)を知っている……」


「うん、その通りだね」


 標的(ターゲット)は彼らの言うところの有生界、つまりは人間界に住み着いている妖魔だった。

大分住み慣れているのか、まるで人のような行動をしている。


 つまりは買い物をしたり、食事をしたり、普通だ。


 だが、最初一人だったものが、いつの間にやら一人二人と増えていく。


 人間界で何もしていないのならある程度見逃してやっても構わないと航は考えるが、任務が来た以上はそれは有り得ない。


 無害な妖魔に絡むほどそこまで暇な組織でもないので。


 確実に害を為しているからこその話だ。


 それが証拠に航には分かった、あいつらからはくまなく血の匂いがする。

隣にいる妖紅もそれは感じているようだ。


「ふうん、それも複数で徒党を組んでるのか。推定レベルは?」


「Dだが、あれだけいれば当てにならない」


 標的たちの情報はどうやらそれほど多くはないようだ。


「どう見てもあいつらはレベルが低い。つまりはあいつらのボスの役目を果たしているのがいて、そいつがDクラスということかな」


「ランクの情報が正しければ、恐らくはそうなるか」


 現在、適当なビルの屋上から二人はそいつらの動向を窺っていた。

本当にまるで人間のようにそこにいる。

恐らく大抵の人たちは気が付かないだろう。


「僕の知らない間に妖魔も進化しているもんだね」


 皮肉でも何でもなく素直な感想を述べた。

彼の知っている時間は今動き出したのだから敵の変化にある意味で感心しているのだ。


「進化……か。そうかも知れないな」


 その物言いは何か含んだ言い方ではあるが、航は突っ込まなかった。

仮にも同族なのだから思うところがあるはずだろう。


「それにしてもお前の視力がいいことは分かったが、腕は確かだろうな?」


「……どうだろうねえ」


 無論、こんな任務を受けるわけだからそれなりの腕はある。


 ただあの頃は彼一人ではなかったし、何よりも現場から長らく離れていた。

そういう意味では初陣になるのかもしれない。


「もしもねえ、僕が暴走するようなら遠慮なく倒してくれ」


 そこは大事なことだから伝えておくことにした。


「どういう意味だ?」


「んー、僕のことをあまり聞いていない?」


「長らく動いていない怠け者とは聞いた」


「怠け者ねえ。ま、否定はしないでおくよ」


 クククッと笑う。

動いてなかったのは事実だし、あいつらにしてみたら怠け者にしかならないか。


「違うのか?」


「これから分かるんじゃないかな」


 だからそう答えた。

初対面で信頼して欲しいと言っておいてこの答えなのだから、何とも酷い話である。


「足を引っ張るなら見捨てる」


「そうしてくれ」


 是非ともと心の内で付け加える。


 僕を助けようなんて思わないでいい。


 ドライな関係、実に大歓迎だ。


「依頼人はいない状態なのか?」


「詳細は知らない。ただ倒してこいと」


「アバウトだねえ」


 あの男は仕事は出来るのだが、本当に最低限の情報しか伝えてこない。

恐らく狩人なぞ端から信用していないのだ。


「関わりが少ないならそれに越したことはないけどね」


「そこには同意する」


 その様子からして妖紅の方も関わりというものは最低限にしたいらしい。

その点では信用に値する、航はそう思った。


「さて、どうする? このまま行くと犠牲者が出る。どうやら獲物を探しているようだし」


 この位置からでも連中が人間たちを眺めながら舌なめずりしているのが見えたのでそう妖紅に聞くと、彼女にも見えているらしく静かに動き出すべきだと答えた。


「僕もそう思うけど、ストレートにぶち当たるのは効率悪そうでしょ」


「ならどうすると?」


「そうだねえ、囮なんてどう?」


「囮?」


「そう、囮を使うんだ」


「誰を使う気だ?」


 訝しみ、妖紅は航を睨み付けていた。

しかし彼は涼しい顔でそれを否定する。


「ご心配なく。僕がやるから。こんな時にレディーファーストなんて言わないよ」


「お前が? 何故?」


「適材適所。君より僕の方が上手く気配を消せる」


 それは軽い挑発とも言える言葉だが、事実なので航はしれっと言う。


「――! どういう意味だ?」


 明らかにむっとしている様子が窺えたが、そんな少女の様子を眺めて青年は笑いたくなるが、それは(こら)えた。

流石に失礼すぎるだろうから。


 それにこれは言うべきことだ。


「言葉の通りだよ。殺気が溢れすぎてるよ、妖紅はね」


「お前は違うとでも?」


「今のところはそうかな」


 軽口のように言い、航は髪を軽く掻き上げた。


「兎に角、今回は僕があいつらを引きつける。まあだから妖紅は気配を出来る限り殺して追尾して欲しい」


「まどろっこしい。今直ぐ倒してしまえば簡単だろう?」


「此処は街中だよ」


 そこは釘を刺しておく。

安易に誰かを巻き込むのは本意では無い。


「それにあの中にボスがいるとは思えないんだ。あいつらはどう見てもDクラスじゃない。いいところEだね」


 先ほどから二人の会話に出て来ているのは対象の妖魔のレベルについてだ。


 当然だが、妖魔にも強さによるクラス分けがある。

そこまで細かい仕分けではないが、相手の力を客観視する役目として作られているものだ。


 最も強ければAAA(スリーエー)と呼ばれ、当然滅多にいない。

逆に最下位ランクはZとなるが、此方も滅多にいない。

ある程度の強さがなければ、当然だが妖界ではないこの場所で生きていけないからだ。


 下位になればなるほど体も力も小さいことが多く、そうなれば自分の世界ですら苦労するのにわざわざ苦労するために有生界にやって来る馬鹿はそうそういないと言うことだ。


 だいたいG以上の実力がなければ境ノ門と呼ばれる境界すら越えられない。


 そう、本来、有生界は彼らが好き勝手に来られる場所ではなかった。


 この世は有生界という世界の他に幾つかの世界があり、それぞれが密に重なり合っている。


 境ノ門は名前の通りにその各世界の境にある巨大な門の総称だ。


 当然、妖界と有生界の間にもそれは存在し、その門は朱雀門という名である。


 本来は互いの領域を侵さぬように守衛の役割を果たしているのだが、大分前から朱雀門は歪な綻びが生じており、その隙を狙って奴らはやって来ていた。


 どうやら未だに門の修復が完全ではないらしいことは窺える。


 自分たちを支配する妖貴たちの監視を()(くぐ)ってくるくらいだ、相応の覚悟はあるのだろう。


 ……妖魔か。


 それを何のけなしに心内で呟くと、少し航の心が揺らぐ。

気が付けば、思わず拳を握ってしまっていた。


「どうした?」


 航の様子が可笑しいことに気が付いたらしい妖紅がそう言うが、彼は薄く微笑って誤魔化す。


 バレはしない、バレるほどの付き合いでもない。


「いや、何でもないよ。ところで、思念波は使える?」


「え、ああ、そのくらいは」


 何処か訝しみながらも妖紅は頷き、航はそれなら問題ないと判断した。


「なら、僕の思念を追ってきてね」


 危ない、危ない。


 今は考えてはいけない、忘れるのだ。


 そう思いながら航は妖紅に手順を話していく。


「僕があいつらの餌になる。上手く誘導するから人気を確認しながら来て欲しい。どうせ任務にも書いてあるだろうしね」


「ああ、確かに被害は最小限にとは言われいる」


「いつもそう言われる。本当にあいつらは勝手なもんだ。こっちが死のうが生きようが関係ないくせになあ」


「人間同士なのにか?」


「かえって同族の方がややこしいこともあるってこと」


 それに僕の場合は――

 そこまで考えてから首を振った。


「さて、じゃあ、仕事に向かおうか」


 考えないと決めたばかりだ。

だから航はそれを実行することにする。

たとえ相棒となったばかりの少女に疑念を持たれたとしても、だ。


「さっさと終わらせたいのは君も一緒でしょ」


「ああ、それはその通りだ」


「行こう」


 それ以上は必要ないと判断し、航は自分の行動に出る。

即ち囮となるべく街へ降りていったのだった。


 後に残された妖紅は頭を軽く掻き、首を振る。


「人間というのは分からない」


 そう呟き、それでも航の計画通りの行動に出るために殺気を消すよう努めた。

それが今の彼女の仕事だと割り切りながら。



 そうして――二人のはじめての仕事が始まる。

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