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スターリングラードの死神

作者: Xsara

1942年10月、スターリングラード。空は灰色に淀み、爆音と硝煙が街を覆う。17歳のナイナ・ソコロワは、瓦礫の山となった工場の一角に身を潜め、モシン・ナガン狙撃銃を握りしめていた。彼女の目は、リュドミラ・パヴリチェンコの伝説に燃えていた。「300人以上を仕留めた女狙撃兵」。ナイナの心の支えだった。


「動くな、ナイナ。敵はすぐそこだ。」

隣に潜むベテラン狙撃兵のヴラスが囁く。二人とも、煤で顔が黒ずみ、赤軍の粗末なコートに身を包んでいる。ドイツ軍の進撃は止まらず、街は廃墟と化していた。だが、ナイナの任務は明確だった。敵を一人でも多く倒し、スターリングラードを守ること。



10月14日:最初の標的

夜明け前、ママエフの丘近くの崩れたアパートの3階。双眼鏡でドイツ軍の陣地を観察する。敵の将校が、兵士に指示を出しているのが見えた。距離、約300メートル。風は左から。

「撃て。」ヴラスの声は冷たい。

ナイナは息を止め、照準を合わせる。リュドミラならどう撃つ? 彼女は心の中で呟き、引き金を引いた。

銃声が響き、将校が倒れる。敵兵が慌てて隠れる中、ナイナの心臓は高鳴った。「やった…!」

だが、喜ぶ暇はない。ドイツ軍の狙撃兵が反撃を開始。銃弾が壁を削り、破片がナイナの頬をかすめる。「伏せろ!」ヴラスが叫び、二人で床に這う。

「敵の狙撃兵は狡猾だ。動き続けろ。」ヴラスの教えを胸に、ナイナは別の窓に移動し、次の標的を探す。



11月:凍える戦場

冬が到来し、スターリングラードは氷地獄と化した。気温は零下20度。指がかじかみ、銃の引き金すら重い。ナイナのスコアは12人。リュドミラには遠く及ばないが、仲間からは「小さな狼」と呼ばれていた。

ある日、トラクター工場の廃墟で、ドイツ軍の狙撃兵との死闘が始まる。敵はナイナの位置を特定していた。銃弾が瓦礫を貫き、彼女のコートを裂く。


「落ち着け、ナイナ。敵を誘い出せ。」ヴラスの声が頭に響く。

ナイナはヘルメットを棒に引っ掛け、窓際に掲げる。敵の銃弾がヘルメットを吹き飛ばす瞬間、彼女は別の窓から敵の位置を捉える。ドイツ兵の頭部がスコープに映る。引き金を引く。

命中。だが、喜びは一瞬。ヴラスが胸を押さえて倒れていた。敵の第二の狙撃兵の仕業だった。

「ヴラス!」ナイナは叫ぶが、彼は動かない。涙をこらえ、彼女は新たな標的を探す。リュドミラなら泣かない。戦うだけだ。



1943年1月:逆転の兆し

ソビエト軍の反攻が始まり、ドイツ軍は追い詰められていた。ナイナは単独で行動するようになり、夜の市街地を這う死神と化していた。彼女のスコアは30人を超えていたが、心は疲弊していた。友も、希望も、すべてが瓦礫の下に消えた。

ある夜、ドイツ軍の補給部隊を狙う任務。凍てつく川岸の廃墟に潜む。敵のトラックが近づく。スコープ越しに、運転手の顔が見える。若く、怯えた目。ナイナの指が震える。リュドミラなら撃つだろうか?

「祖国を守れ。」彼女は自分に言い聞かせ、引き金を引く。トラックが横転し、爆発。だが、ナイナの心は冷たいままだった。



2月2日:戦いの終わり

ドイツ軍の降伏が伝えられ、スターリングラードは静寂に包まれた。ナイナは生き残った。スターリングラード防衛戦における彼女のスコアは42人。リュドミラの足元にも及ばないが、彼女は戦場で何か大切なものを失った気がしていた。

廃墟の中で、彼女は銃を下ろし、空を見上げた。灰色の空は変わらない。だが、遠くでソビエトの旗がはためいていた。

「リュドミラ…私、戦えたよ。」

ナイナは呟き、凍てつく風の中で一歩を踏み出した。



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