1巻16P_諸礼という事
諸礼というものを言いふらして指南する者がいる。
諸礼とは、もろもろの礼のことであり、弓馬の礼、座敷立ふるまいの礼、歌連歌の礼、書札の礼、鞠の礼、包丁方の礼、鷹の礼、茶の礼、香の礼、その他諸々の道の礼を教えているので諸礼という。
このようなものは古にはなかったことである。
公家には公家の礼があり、武家には武家の礼がある。諸芸にはその道ごとに礼がある。
独りでは諸家諸芸の礼を知り尽くすことはできないし、知ることはできてもその家々の人のように詳しくもなれない。
その家の者でないのであれば、他人に指南できるものではない。
武家はただ武家の礼ばかりを守るのである。
我が伊勢家においては、室町の足利将軍家中の武家座敷立ふるまいの礼、元服・婚礼等の祝いの礼などの他の礼は知るところではない。この他の例は他人に指南できるようなものはなく、それらは各々の家々で知っていることである。
たとえ知識として知っていても、他人の家のことであり、自分の家で指南するものではない。
江戸期の似非マナー講師を批判しつつ、伊勢家の礼の範囲を限定し、それ以外について言及することを戒めています。
『貞丈雑記』には諸礼の考察はしていますが、論拠もなく「こうあるべし」ということは意識的に避けていると思われます。