1巻P148_足袋の事
足袋について『蜷川記』に
「殿中には許可がなければ足袋を履いて上がれない。許可がある場合には必要となる足袋を一足渡されるものである。
また、僧や芸の道の者に許可されることはない。使用人についても主人から許可があれば足袋を履く。
無紋の革・燻革などの足袋は使用してはならない。ただし、出陣のときは燻革の足袋を履くものである(『武雑記』『条々聞書』など頭書に同じ)。
10月の新月の日から翌年の2月20日まで履く。ただし、3月にも履いても良い」云々と書いてある。
貞丈が言うところには、これらの足袋は革足袋のことであり、今の木綿足袋は古には履かれていなかったのである。
80〜90年ほど前までは、ハレの日には女も紫革の足袋を履いていたと古老が語っていた。
【頭書】『武雑記』には「足袋は殿中には許可がなければ履いて上がれない。その足袋には無紋革・黒革は使用しない。巻燻革・小紋の黄革の足袋を使用した。」と書いてある。
公家では足袋を履かず、練貫の生地で縫われた下沓というものを履く。足袋のような指の股がないものである。
これは礼服なので内裏に行くときも憚ることなく履かれる。
『室町記』に「新制(永和2年3月27日) 革足袋は50歳になると履く許可が出る。ただし、その年齢に至らなくても病気の者は許可される。足袋には白革・燻革を使用する」と書いてある。
また、足袋に模様をつけることもあったらしく『御産日記』に「寛正7年12月22日に御所様から足袋をいただいた。つた模様(※原文「文つた」) であった。32歳のときである」と書いてある。
「文つた」とは、つたの紋、つたの模様と言うことである。
京都の花開院に伊勢守貞国の肖像画があるが、そこでは小紋の足袋を履いているのが見える。
紋付き袴で演武するときなど、足袋を履くか履かないか迷った人も多いと思います。
着付けに関するサイトでは足袋を履くことが当然のように書かれることがありますが、武家作法の世界ではどうでしょうか。
ここでは、足袋の是非については、公家と違い、武家では足袋(革足袋)を許可制にしています。つまり足袋は普段禁止されていることになります。
足袋の色については、巻燻革・小紋の黄革又は白革・燻革が用いられていたようです。
このほか、たとえば『武家装束着用之図 』では必ずしも足袋を履くように描いてはいません。
こうして見ると、演武のときの足袋の有無について、紋付き袴でも「無」で良さそうです。ただし、履くときは無紋革・黒革を思わせる黒足袋などは避けた方が無難かもしれません。
……とはいえ、現代における流行の作法をもって白足袋を履くこともあると思いますので、一足揃えておくことが適当ですね。痛めたときもサポーター代わりになります。




