1巻17P_諸礼家の事
今の時代、江戸において諸礼家というのは、その多くは小笠原流と名乗って人々に指南している。
その元祖は、小笠原右近太夫貞慶の家臣であった小池甚之丞貞成という者である。
右近太夫から伝授を受け、多くの弟子を取って伝えたのである。
その弟子の中に斎藤三郎右衛門久也という者がいて、更にその弟子に水島伝右衛門元也という者がいた。元也は後に卜也と号した。
その元也の頃、常憲院(※徳川綱吉)の子である徳松の髪置きのお祝いがあったときに、常憲院が堀田対馬守正英に祝いのために使う白髪を献上せよと命じたので、今度は堀田正英が先述の水島元也に命じて白髪を整えさせた。
この話によって水島の名が世間で高まり、弟子もおびただしいほどに多くなった。
しかし、この水島という者が小笠原家にもなかったことを自分で捏造して流行らせたことにより、今では小笠原流と名乗る者たちの礼法は一様ではなくなり、根拠がないことが多い。その書籍を読んでも虚偽の作りごとばかりで腹を抱えて笑うようなことも多い。
今は世間に広がっているので諸大名なども水島流を用いることとなった。物事を知っている人は物笑いにするようなことである。悔しいことではないか。
しかしながら、このようなことを言えば人間関係に支障が出るのでみだりに言い難い。
ある人が水島が所持している伝書を数多く借りて読んだところ、その書の奥書に次のように書いてあった。
「
右何々の書は、古いことも新しいことも混ぜ合わせ、初学の門弟のために書いたものであり、秘密にすべきことである。後学の者にあらかじめ間違いを正しておくものである。あなかしこ。
年号月日 水島卜也元成
」
とこのように書いてあり、古いことも新しいことも混ぜ合わせとあることから、水島が各種の教えを捏造したということを推測できる。
【頭書】和漢の古書を学んだ者は、これらの虚偽を信用することはない。世間の人々が水島流などを信用するのは、彼らが無学文盲であるためである。
現代で言うマナー講師みたいなことをしている人に対する批判というか色々な感情が詰まっている内容です。
肝心のマナー講師の元祖は「嘘こそ言ってないが…」というのも詐欺師的なイメージを膨らませていて面白いです。
実際、嘘ではないが相手に誤解をさせてその責任を盾に免責しようとする人は後を絶ちません。