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トラウマ

「……今なんて?」

 教授の言葉が、シャットダウンしかけていた僕の耳に無理やり入り込む。

 嫌嫌ながらも何とかそれを咀嚼し、意味を理解した。


 その瞬間、先ほどまでの眠気と穏やかな気持ちは跡形もなく消え去り、代わりに大きな不安が僕を支配していた。

 緊張は高まり、学校へ行く途中かいたものとはまた別の類の汗となって額から流れ始める。

 なぜ僕がこれほど動揺しているのか、それには理由があった。


 あれは約一カ月前のグループワークが行われた授業でのことだった。


 人に話しかけることをしない僕はペア作りにあぶれ、中・高時代を支えた「目立たないように教科書を読む戦法」や「鞄を漁るふり戦法」を用いてその時を何とかやり過ごそうとしていた。


 だが演習が開始して数分後、教授が僕に気づいて言ったのだ。

「あれ、なんで君グループになってないの」

「いや…」

「いやじゃなくて。今はグループワークの時間だと言いましたよね。早くグループになりなさい」

「あの…えっと…」

「何ですか。早くグループを作りなさい。でなければ単位は認められませんよ?」

「いえ、ですから…」

「言い訳はやめなさい。あなたはやる気がないんですか?それなら出ていってもらいますが」

 教授の口調が少しずつ怒気を孕んだものになり、僕の頭が真っ白になっていく。

 さらには周りからコソコソとした話し声が聞こえ始め、憐れみの目線や嘲笑が僕を刺していった。 


 結局教授が納得する理由を答えられなかった僕は公開処刑を受けた後、途中で場の空気に耐えられず逃げるように教室を出た。

 この歳になって初めて涙を流した瞬間である。


 以降そのことが強いトラウマとなり、僕はグループワークの授業に対して強い拒否反応を起こすようになった。

 一緒に講義を受ける友人がいなかったことによる悲劇だ。


 そう、僕はぼっちであった。(ちなみにその講義にはそれ以降行っていない)


 とはいえ、普段の生活でぼっちということに何か不満がある訳ではない。

 むしろこういったことを除けば、友人がいない生活は毎日が充実している。


 好きな席で授業を受け、好きなタイミングで好きな学食を食べる。

 学校が終わればヒトカラに行くもよし、映画に行くもよし。

 家に帰って小説を読んだりゴロゴロしたりするのもよし。

 周りの人に合わせて生活する必要がないのだ。


 それに喧嘩や嫉妬、人との軋轢などの煩わしい人間関係が一切ない。

 聞くところによると、世の中では表で友達の面をして裏で悪口を言い合うなんていうコミュニティがあるらしい。

 そんな怖い関係性など僕はまっぴらごめんだ。


 特にきついと思うのは恋愛だ。

 あの関係性はどういった立ち位置なのだろう。

 知り合いよりは深く、友人よりは切れやすい中途半端な絆。

 やれ異性と話していただの、連絡を返してくれないだの、そんなことですぐに喧嘩する。

 そんな非常に不安定で信用に足らない関係性に対して精神的に依存しているなんて、正直全く理解ができない。

 確かに人との関わりがないことで辛く思うこともあるだろう。

 しかし、人と関わることによって生まれる辛さはそれより大きいと思うのだ。

 

「班作れたかー。作れてない奴は早くしろよー」

 そんな教授の声が僕を現実に引き戻した。

 まあそんなことを言いつつもぼっちで辛いことを現在進行形で経験しているわけなのだが。


 とにかく僕もペアの人を探そう。

 そう思って周囲を見渡すと、既に半数以上の学生がグループを作り終えて会話を始めていた。

 僕の周りには人が残っておらず、自身の周りで組むことはできなさそうだ。

 捜索範囲を拡大して、中・遠距離のあたりも探してみる。


 が、中々見つからない。ちょっとまずいか。ここで見つからないとなるとかなり雲行きが怪しくなってくる。

 教室中に皆の声が伝播していくのを感じて、焦りが更に高まった。


 そして一通り教室を見渡し終えた時。

 僕は全てを悟って清々しい顔をしていた。

 うん、またもや僕はあぶれてしまったようだ。

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