反論
初めまして、マーシャと申します!この度、趣味として小説を書くことになりました。
小説を書くのは今回が初めてなので温かい目で見守っていただけると嬉しいです。私の自己満足にどうぞお付き合い下さい。
人は皆、私のような人間ををぼっちと呼ぶ。
だが、非常に心外だ。
結論から言おう、私はぼっちではない。
その根拠を示そう。
ぼっちという言葉の意味を検索すると次のような文が出てくる。
「ぼっちとは…友人がいない、交友関係がない人のこと。俗に、何かを一緒に行う仲間がいない人のこと」
なるほど、随分とストレートな物言いだ。
確かにそのような定義づけをされてしまえば、他人から見た私は抗議の余地なくぼっちに分類されてしまうかもしれない。
しかし待って欲しい。本当に私のことをぼっちに分類しても良いのだろうか。
先ほどの定義から考えれば、何かを一緒にする人さえいればぼっちの枠組みからは外れることになる。
さらにその内容については定義されていない。
つまり行為についてはどんなことでもよいのだ。
例えば一緒にご飯を食べたり、授業を受けたり、隣を歩いたり。友達を作る行為だって含まれるに違いない。
幸運なことに、この世界にはぼっちが何万人もいる(たぶん)。
そしてその皆が友達を作ろうと懸命にもがく言わば同志!
ならばその皆と一緒に友達を作ろうとしている私は、数多の友人がいる立派なリア充と言っても過言ではないではないか!
再度結論を述べよう。私はぼっちではない!!
――などという理論で自分を肯定しようと試みたのだけれど。
うん、さすがにちょっと無理あるかな。
そもそも友達いないから作ろうとしてるのに既に友達が居るって意味分かんないし。
それにリアルなとこ一人で寂しいし。
どんなに理論で誤魔化しても何一つ現状は変わらない。
はぁぁ…このままずっと友達できないのかな。友達欲しいな…。