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<R15>15歳未満の方は移動してください。

悪役令嬢っぽくふるまったら、なぜか尊いって言われました

作者: 錆猫てん

直接的な描写はありませんが、念のためR15設定をさせて頂きました。

王立ニルヴィア学園。


それは王国でもっとも格式高い学び舎──らしい。


少なくとも、入学前までは、そう信じていた。


「……あの。わたし、本当にここに入らなければならないのでしょうか?」


「王命ですので」


入学式を終えた私、アクヤ・カルディスは、丁寧に問いかけ、ものの見事に即答されていた。


この場に案内してくれたメイドは、にっこりと笑っているけれど、目は笑っていない。


王命。それは貴族にとって“絶対”を意味する言葉だ。


──つまり、逃げられない。


♢♢♢


案内された寮は立派な建物だった。


白い石造りの廊下。背筋が伸びるような無駄のない装飾。重厚な扉。


その一室、私の部屋──というより、これから共同生活を送る“相部屋”の扉が開かれた。


「失礼します」


「……はあ?」


扉の奥には、長い亜麻色のツインテールが揺れていた。


目が合った瞬間、彼女の眉がぴくりと動く。


「えっと……はじめまして。アクヤ・カルディスです。辺境伯家の……」


「アイリーン・リヴェール。伯爵家の次女よ。」


つん、とした視線と声。言葉こそ丁寧だけれど、そこに感情は見えない。


どうしよう、早くも苦手なタイプかも……。


♢♢♢


「さてさて、おふたりとも。仲良くしてくださいね〜♪」


そんな空気をまるごと無視して、先ほど案内してくれたメイドが優雅に現れた。


ふわりとした三つ編み。微笑みの裏に何かを隠しているような、妙に整った笑顔。


「わたくし、部屋付きのエルナと申します。今後の生活と課題をサポートさせていただきますね」


「……メイドさんも専任なんですね」


「ええ。寮の部屋ごとに一人ずつ配置されるんです。ちなみにわたし、この部屋の担当になれて──」


部屋の中になんとも言えない空気が流れる。


なぜなら彼女は、私とアイリーンを交互に見て、こう呟いたからだ。


「──当たりだわ。これは、面白くなりそう♪」


♢♢♢


そしてその日の夜。


着替えを終えて、ベッドの端に座っていた私は、ようやく落ち着いて部屋を見渡した。


……可愛い部屋だ。


クラシカルで優美な家具。カーテンもシーツも淡いピンクとクリームでまとめられている。


そして何より、壁にかけられた金の紋章──


「──えっ」


私は思わず、声を漏らした。


その紋章、見覚えがあるはずなのに……どこか“悪役”っぽい?


「えーっと、エルナさん?」


「はーい?」


「この学園って……王立ニルヴィア学園、ですよね?」


「そうですよ〜。でも、生徒の中では“ヴィランアカデミー”って呼ばれてますね」


「ヴィラン……?」


「いわゆる“悪役”って意味です。あ、でも安心してください。誰かをいじめたりする場所じゃないんですから♪」


「いえ、それ以前に、なんでそんな名前が──」


「ここ、悪役令嬢や悪役令息を育てる場所なんです」


「……」


何を言っているのだろう、この人は。


♢♢♢


「だって貴族社会って、平和すぎると停滞するじゃないですか?」


夕食後のティータイム、カップを優雅に揺らしながらエルナは続ける。


「だからちょっとした“波風”を立てる役割──それが“悪役”なんです。婚約破棄とか、断罪イベントとか、そういうの」


「断罪イベントって……人の人生じゃ……」


「そういうのを、演出として“支える”のが、わたしたちの役割なんですよ」


「わたしたち……?」


「ええ。わたし、昔ちょっとだけ“その道”で有名でしたから♪」


にこにこしながら、エルナは紅茶を差し出してくる。


──この人、危険だ。


何というか、笑顔のまま爆弾を仕掛けてくるタイプだ。


「ちなみに課題、出てますからね」


「えっ?」


「“悪役令嬢らしい所作を実演せよ”。初級の初級、ですけどね」


「そ、それって、例えばどんな……?」


「そうですねぇ……たとえば“扇で口元を隠して笑う”とか、“階段の上から見下ろす”とか、“人の悪口は直接ではなく取り巻きに言わせる”とか──」


「やっぱりダメですこの学園」


私はベッドに突っ伏した。


アイリーンは、ふう、と息をつきながら紅茶をすする。


「落ち着きなさい。わたしたちには逃げ場がないのよ」


「……そんなぁ」


♢♢♢


アイリーンは静かに立ち上がり、窓の外を見た。


「でも……ま、なるようになるわ」


その言葉に少し救われて、私はベッドから顔を上げた。


それでも、私の心にはただ一つの言葉が残っていた。


──悪役令嬢?


……聞いてませんけど。


♢♢♢


「登場は、階段の上からが基本よ!」


朝一番、そんなことを言い出したのはエルナだった。


「見下ろす構図って大事なの。存在感が増すし、空気を支配する印象になるでしょ? ヴィランっぽさの基本よ〜」


「たしかに、それは分かりますけど……」


私は目の前の階段を見上げた。


石造りの立派な螺旋階段。優雅なカーペットが敷かれていて、たしかに、絵になるとは思う。


けれど、登場って言っても何をどうするのか、具体的な指示は一切ない。


「……これ、つまり……こうですか?」


私は恐る恐る階段を上ってみた。


「うんうん、その調子よ! 一段ずつ、ゆっくり優雅に。そして上で“ふふっ”と笑うの」


「ふ、ふふっ……?」


つい緊張して、わけのわからない顔になった。


──そのとき。


「おい、なにして──」


ちょうど下を通りかかった生徒と目が合ってしまった。


タイミングが悪かった。変なポーズのまま階段の途中で固まり、目の前には知らない男子生徒。


変に誤解されたくない! そう思って咄嗟にポーズを解こうとした私は──


──足を、滑らせた。


♢♢♢


「わっ!」


「あ──っ!」


階段の中段から滑りかけた私は、とっさに手すりと誰かの体をつかんで踏みとどまった。


その「誰か」は、すぐ後ろにいたアイリーンだった。


壁際までよろけた勢いで、彼女と私は──


──顔が、近い。


というか。


(えっ、今……触れた?)


アイリーンの目が、一瞬だけ大きく見開かれた気がした。


だが私は、それどころではなかった。落ちそうだった恐怖と安堵が先に来ていて、


「ご、ごめん……! 私、バランスを崩して……!」


と、ただ謝るしかなかった。


アイリーンは無言で立ち上がったが、そのうなじは、今まで見た中で一番赤かった。


♢♢♢


その日の午後、廊下を歩いていると、ふと周囲の空気に違和感を感じた。


──視線。


なんとなく、他の生徒たちが私とアイリーンを見る目が、ちょっと変わっている。


「最近さ……あの二人、よく一緒にいるよね」


「……百合……?」


「なんだか、尊くない?」


耳に入ってくる噂話に、私はがくがく震えた。


なんでそうなる!?


♢♢♢


「──ということがありまして」


その夜、エルナに報告すると、彼女はなぜか目を輝かせた。


「いいわね〜! 青春! 誤解上等! それも演出のうちよ!」


「いやいやいや、あれ演出でもなんでもなくて!」


「でも、世間の評価って“事実”じゃなくて“見え方”で決まるのよ? なら、演出よ。完全に」


私はぐぬぬ……とうめくようにクッションを抱きしめた。


アイリーンは紅茶を啜りながら、ぽつりと言った。


「……そもそも、あなたがよろけるから」


「うう、ほんとごめん」


「……別に、嫌じゃなかったけど」


「えっ」


「な、なんでもないっ!」


……アイリーンのうなじが、また赤くなっていた。


♢♢♢


【報告書:特進科1年A組 課題進行状況】


担当教員:シルヴァン・モノール


内容:

課題「悪役令嬢的な所作の実演」において、カルディス嬢の登場演出は階段上でのバランス崩壊により未遂に終わる。リヴェール嬢が受け止める形となり、結果的に接触が発生。


一部生徒間に誤解が生じたが、当事者に悪意は認められず、本件は事故として処理する。


備考:

事故発生時、双方に明確な動揺が確認された。特にリヴェール嬢には顕著な情緒的反応が見られた。

カルディス嬢は状況を自覚しておらず、反応にも一貫して天然傾向が見られる。

なお、専任メイド(エルナ)が本件を「青春の演出」として評価していた点については、後日再確認を要す。


♢♢♢


「今回の課題は、“相手を揺さぶる挑発”です」


朝の教室に響いたのは、シルヴァン・モノール先生の冷静な声。


整えられた片眼鏡(モノクル)に整然とした白髪、今日もその完璧な佇まいは一流の執事そのものだ。


「ただし、喧嘩腰は不要。むしろ“言葉巧みに”、“上品に”揺さぶること。相手の感情を乱すことが目的です。方法は問いませんが、露骨な悪意は減点対象となります」


──つまり、精神的に小突けということらしい。


「また、挑発の際は“演出としての余白”を意識すること。相手が動揺すれば、それも演出の一部となる」


私は、隣で小さく息を吐いたアイリーンをちらりと見た。


揺さぶる──そんな器用なこと、できるんだろうか、私。


「実演はペアでも単独でも可。評価は効果、演出、表現力の三点です。では、解散」


♢♢♢


「課題、“挑発”って言っても……どうやればいいんでしょうね……」


放課後の図書室。人気のない窓際のテーブルに、私とアイリーン、そして椅子にふわりと腰かけたエルナがいる。


「“相手を揺さぶるような挑発”よ? つまり、精神的にグラつかせれば勝ち!」


「ううん……たとえば、侮辱っぽくないとダメですか?」


「いえいえ逆です。誉め殺しとか、“悪意のある親切”とか、そういう“たちの悪い好意”も立派な挑発になるのよ〜」


「なるほど……!」


私は目を輝かせ、アイリーンの方へ向き直る。


「アイリーン、ちょっと実演してみていい?」


「……どうぞ」


♢♢♢


「アイリーンは、本当に姿勢が美しいよね。まるで訓練された貴族の肖像画みたいで」


「……っ」


「それに、そのツインテールもすっごくかわいくて。特に左右の跳ね方とか、完璧なんだよ……」


「な、なにそれ……」


アイリーンの視線が泳ぐ。さっきまで読みかけていた書物から完全に注意が逸れていた。


「あとね、言葉選びが上品だし、ちょっとした眉の動きがすごく繊細で……すごくかわいい……」


「……っ……っ」


「あとあと、アイリーンが紅茶を飲むときに目を伏せる仕草、あれ、反則だと思う。もう──」


「──もう、大好き!」


「なっ……」


アイリーンの目が見開かれたかと思うと、すぐに視線を伏せ、耳まで真っ赤になった。


本の影に顔を隠すように俯いたその姿は、完全に“挑発に負けた”というやつだ。


そして、そのうなじは見事に真っ赤だった。


♢♢♢


「ふふふふふ……いいわ、いいわよアクヤ嬢。あなた、やればできる子じゃない!」


隣でエルナが、本当に楽しそうに拍手している。なぜかお茶まで飲みながら。


「え? あれ? え?」


周囲のテーブルでは、図書室に居合わせた他の生徒たちがざわざわしはじめていた。


「いまの見た?」


「リヴェール様、真っ赤だった……」


「やっぱり、あのふたり……!」


「尊い……」


……な、なんか、違う方向に空気が流れてる気がする!?


♢♢♢


私は、ようやく自分の“なりきりモード”から戻ってきた。


そして、机に伏せるアイリーンの肩がわずかに震えているのを見て──慌てた。


「ど、どうしたの!? アイリーン、どこか具合が悪い!? 私、なにか……!」


「う、うるさい……!」


本の陰から聞こえたのは、震える声だった。


「あなたが……あなたが、ずっと、そんなこと……真顔で……!」


「えっ?」


「心臓に悪いのよっ!」


私は、ようやく気づいた。


たしかに、やりすぎたかもしれない。


♢♢♢


【報告書:特進科1年A組 課題進行状況】


担当教員:シルヴァン・モノール


内容:

課題「相手を揺さぶる挑発」において、カルディス嬢はリヴェール嬢に対し、称賛の連続と明確な好意の表明という手法を実演。


その結果、リヴェール嬢に動揺・赤面・沈黙・涙目が確認され、課題の目的は十分に達成されたと判断する。


備考:

当該実演を目撃した生徒複数名より、「尊い」「交際中では」といった反応が見られた。

カルディス嬢はその影響を自覚しておらず、演出と感情表現の混同が疑われる。

また、専任メイド(エルナ)は「青春の勝利」として高評価を下しており、指導方針のすり合わせが今後の課題である。


♢♢♢


「この数週間で、各自なりの“悪役像”を模索したことと思います」


朝の教室で、シルヴァン先生が眼鏡の奥から私たちを見渡す。


「総評としては──不出来。しかし、可能性あり。特に、数名の演出には独創性を感じました」


ちらりと目が合った気がした。気のせいかもしれない。


「来週からは、より実践的な演目に移行します。各自、心して準備するように」


──実践的って、なに。


♢♢♢


「アクヤ嬢」


部屋に戻ると、エルナが上機嫌で紅茶を用意していた。


「“なりきれない悪役令嬢”として、あなたのこと──わたし、けっこう評価してます」


「それって……褒めてるんですか?」


「もちろん。あなた、ぜんぜん悪くないわ。むしろ今の時代、そういう“ズレた感じ”のほうが怖いのよ」


「……よく分からないけど、ありがとう……ございます?」


エルナはうれしそうに頷いて、お茶を一口。


そして、いたずらっぽく言った。


「アイリーン嬢のうなじの赤さは今日も絶好調でしたね♪」


「ちょ、何を見てるんですかっ」


♢♢♢


最近、アイリーンとはだいぶ話しやすくなった。


たまに、扇で小突かれることもあるけれど、それはそれで楽しかった。


そんなある日──廊下で、偶然ぶつかりそうになった。


「ご、ごめん! だいじょう──」


そのとき、アイリーンの手が私の腕をきゅっとつかんだ。


「……っ、びっくりした」


「え、えっと、わたしも……」


なんでもない出来事だったのに、なぜかその一瞬を見ていた周囲の生徒たちはまたざわつき始める。


「触ってたよね……?」


「これはもう確定なのでは……」


「ああ、尊死しそう……」


──うん、噂ってこわい。


♢♢♢


その夜、私は机に向かっていた。


カーテンを閉じ、ランプを灯し、静かな空気の中で便箋を開く。


誰に頼まれたわけでもないけれど、気づけば、今までのことを書き留めておきたくなっていた。


私はそっとペンを取り、父に宛てて書き始める。


──親愛なるお父さまへ


こちらの学園生活にも、少しずつ慣れてきました。


最初は戸惑うことばかりで、「なぜ私がこんな場所に」と何度も思いましたが……


最近では、どうにか“それらしく”振る舞う術を覚えつつあります。


同室のアイリーンさんとも、よく分からない距離感ながら、気づけば会話が増えていて。


メイドのエルナさんには振り回されっぱなしですが……そのおかげで、少しずつ自分らしく、立ち回れるような気もします。


先生方からの評価がどうかは分かりませんが、毎日なにかしらの“悪役”に挑んでいます。


結果はだいたい失敗で、ときどき噂になったり……ちょっと恥ずかしいです。


でも、失敗ばかりの中に、ほんの少しだけ、成功もあったような……気がしています。


──だから、今の私はまだまだ未熟だけれど。


それでも、楽しく頑張っています。


以上、近況報告まで。


──アクヤ・カルディス


♢♢♢


手紙を折り、封をして、そっと机に置く。


小さく息を吐いて、私はぽつりと呟いた。


「……なんか、ちょっと向いてるかも?」


気づかぬうちに“尊い”と呼ばれながら、アクヤの学園生活はまだ始まったばかりなのであった。


──了

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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