陰の騎士団 ~追放されて光堕ちた英雄は陰として生きる~
レイモンド=アルバートは光の騎士団の中で最も高名な剣士の一人だった。その剣は王国を幾度となく救い、その名声は民の間で神話的なものとなっていた。しかし、騎士団の名のもとに行われる数々の作戦の裏側には、光とは相容れない闇があった。
光の騎士団は王国の安寧を守る組織でありながら、その使命を「王国の利益」と解釈し、時には民の犠牲をいとわない決断を下していた。レイモンドはその矛盾に常に胸を痛めていた。
ある日、国境沿いの小さな村での作戦が議論された。村の近くに敵軍の拠点が確認されたため、村を焼き払い、敵を殲滅するという方針が宰相ベルンハルトによって提案された。
「この村は小規模で、兵站の拠点としても価値は低い。しかし、敵がそこを利用する可能性を排除するため、完全に殲滅するべきです。」
会議室には重苦しい空気が流れた。数名が賛成の意を示したが、その場にいたレイモンドが立ち上がり、声を荒げた。
「民を犠牲にすることが、我々の正義の形なのか?それは騎士の誓いに反する行為だ!」
ベルンハルトは冷笑を浮かべながら返した。「では問おう、レイモンド卿。民を守る理想だけで、この国が侵略者から守れるのか?」
「確かに理想論かもしれない。しかし、民を守らずして、この国に未来はない!」
彼の言葉は重かったが、他の者たちの心を動かすには至らなかった。作戦は多数決で採用され、村は焼かれることとなった。それ以来、彼の意見は光の騎士団内で疎まれ始め、次第に孤立していった。
玉座の間での決定
その日、宮廷の玉座の間には光の騎士団の全員が集められていた。中央の玉座には国王レオポルド三世が鎮座し、その隣には宰相ベルンハルト、そして騎士団長オルフェウスが控えていた。
「レイモンド=アルバート卿、前へ。」
国王の重々しい声が玉座の間に響き渡った。レイモンドは堂々とした態度で進み出た。
「貴殿のこれまでの功績は確かに王国の誇りである。しかし、近頃の言動は騎士団の統率を乱し、国家の安定を脅かすものとなっている。」
宰相ベルンハルトが続けた。「光の騎士団は貴殿の理想を否定するものではない。しかし、現実の中でその理想を貫くことがどれほど困難か、貴殿も理解しているはずだ。」
「それでも俺は、民を見捨てるような行いを許すわけにはいかない。」
レイモンドの反論に、団長オルフェウスがため息をつきながら言葉を続けた。「レイモンド、お前の志を否定するつもりはない。しかし、この場においては決断せざるを得ない。貴殿を光の騎士団から追放する。」
その瞬間、アリシア――光の騎士団で最もレイモンドを理解していた女性騎士が前に進み出た。
「陛下、宰相様、団長!レイモンドは確かに理想主義者です。しかし、彼の信念は私たち全員に訴えかけるものがあるのではないでしょうか。どうか――」
しかし、団長がその言葉を遮った。「アリシア、これ以上は口を慎め。」
アリシアは悔しげに唇を噛み締めながらも、一歩下がった。その目はレイモンドに向けられ、無言のエールを送っていた。
追放の翌日、レイモンドはアリシアから一冊の手記を渡された。それは過去に光の騎士団が関与した非道な行為を記録したものだった。
「これはある衛視長が私に託したものです。彼はある領主の残虐な行為を見かねて光の騎士団に密告しました。しかし、その結果、彼は逆に暗殺され、領主の行為は握りつぶされました。これが私たちの正義の現実です。」
手記には、領主が村人たちを強制労働させ、虐げていたこと、反抗した者たちを見せしめとして処刑したこと、さらにはその領主の行いが王国の政治的利益のために隠蔽された経緯が詳細に記されていた。
「こんなものが許されるのか……」レイモンドは震える声で言葉を漏らした。
「あなたが正しいかどうかは分かりません。ただ、あなたがその正しさを追求する覚悟があるなら、これを託します。」
レイモンドは深く頷き、アリシアに感謝の言葉を告げた。「俺は俺の信念を貫く。そのためならば、どれだけ深い闇に堕ちようとも。」
光有ればこそ影があるこれは、陰を生きる者の物語だ。