第1話:ざまぁ回避!悪役令嬢の覚醒
「お嬢様、準備が整いました。さすがは王国が誇る至宝とまで称されたセレーナ様……大変お美しいです」
真奈美は、豪華なドレスに包まれた自分の姿を鏡越しに見つめていた。深く美しい黒髪、白く透き通った肌、そして高貴な衣装。今の自分が転生前の「佐藤真奈美」ではないことは明らかだった。
(たしかに、この美貌はやばいわね)
しかし、その驚きよりも、心の中に広がる違和感が大きくなっていた。
「でも、これは……夢じゃないの?」
「ご冗談を。セレーナ様であれば、婚約者デュラハン様が虜になるのは当然です。さて、お茶会に向かいますか?」
「ねえ、私って一体どんな設定なの?」
そう自問した瞬間、突如として脳裏に映像が駆け巡った。大量の記憶——まるで嵐のように、知らない出来事が頭に流れ込んでくる。
それは、この身体の本来の持ち主、セレーナ・フォルスターが歩んできた人生そのものだった。
「……痛っ!」
頭を抱えながら、真奈美は無意識に椅子に腰掛けた。記憶は次々と浮かび上がる。彼女がいかにして周囲の令嬢たちを見下し、嫌がらせを繰り返してきたかが、鮮明に蘇ってくる。そこには、表面上の美貌や権力を武器に、人を蹴落としてきたセレーナの姿があった。
———「あなたなんか、所詮私にはかなわないのよ!」
主人公令嬢に向けて放った言葉が頭に響く。令嬢の顔には涙が浮かび、その背後にいた婚約者のアルトが、冷たい目で見守っている場面が強烈に記憶に残る。
さらに、もう一つのシーンが脳裏をよぎる。
———「これでアルト様は、私のものよ!」
彼女は麗しい貴公子アルト・デュラハンを主人公令嬢から奪い取った。しかし、それは強引なもので、真奈美はその瞬間、自分の立場を理解した。セレーナは無理やり婚約を進め、いじめの末にアルトを手に入れた……が、そのアルトがとんでもない「クズ」であることには気づいていなかったのだ。
しかもセレーナは異常にプライドが高く、おだてに弱い。さらに世間知らずで思慮に浅く、計略等には無警戒な人物らしい。
「これはまずいわね……」
冷や汗が背筋を伝う。頭の中で、断片的な記憶がつながり、全貌が見えてきた。
(私が転生したのは、さんざんいじめた主人公令嬢の婚約者を奪った悪役令嬢、セレーナ。しかも、その婚約者が実はクズで、結婚後に破産、家が没落し、『ざまぁ』される……そんな未来!)
真奈美の心臓が一瞬で跳ね上がる。これから待っている運命が、冷酷なシナリオとして脳裏に広がる。だが、それと同時に、何か不思議な感覚が彼女の中で芽生えた。まるで、自分の婚活カウンセラーとしてのスキルが『強化』されたかように、状況を即座に分析できるようになっていた。
(なんてこと……この世界では、私の婚活カウンセラーとしての洞察力が、異様に鋭くなっているみたい)
過去の記憶からでも、人の感情の細かい変化が、まるで手に取るようにわかる。相手が嘘をついている瞬間、その目の揺れ方、息遣い——以前なら微妙な違和感でしかなかったそれが、今では「答え」として確信を持って感じ取れるようになっていた。
「ちょっと待ってよこれ、マジでまずいじゃない……異世界に来てまでこんな目に遭わされるの?」
「お嬢様?……さっきから何をおっしゃってるのですか?」
このメイドの名前はアリサ。記憶を辿る限り、この子だけはマトモで純粋にセレーナを信奉する田舎娘だ。
しかし目の前が真っ暗になる。自分の今の状況はとにかく最悪だ。このまま何も手を打たなければ、自身はおろか、一族の破滅が目に見えている。
真奈美は頭を振って冷静さを取り戻し、左手で肘を支えながら、右手の中指で眉間を押さえ考えを巡らせる。
これは前世の真奈美から引き継いでいる癖。このルーティンでいつも集中力を高めるのだ。
「セレーナ様、本当に大丈夫ですか?お気分が優れないならば無理には……」
メイドのアリサが心配そうに真奈美の顔を覗き込む。
このままでは、この娘も路頭に迷うことになる。悪役令嬢のメイドなど、主人の没落後は惨めな人生しか待っていないだろう。
真奈美は状況を瞬時に把握し、頭の中で今後のシナリオを再構築していく。
まず、この世界で一番避けなければならないのは、クズ婚約者アルト・デュラハンとの結婚。彼は外見こそ美しいが、実家の財産を浪費し尽くし、借金まみれの男だ。
婚約した瞬間にセレーナ家の資産も食い尽くされ、破滅の道へ突き進む。そんな「ざまぁ」エンドは絶対に避ける。
そう心に決めた瞬間、表情が引き締まった。
かつて数々の婚活戦場を生き抜いてきた経験が、今こそ力を発揮する時だ。
「アリサ……私にまかせなさい」
「お嬢様、よろしいのですね?」
メイドが問いかける。真奈美――今やセレーナは微笑みながら答えた。
「ええ、もう準備は整ったわ。行きましょう」
◇◇
豪華な庭園で行われるお茶会の席に、真奈美は悠然と現れた。目の前には麗しい貴公子——いや、クズ中のクズ、アルト・デュラハンが座っている。優雅に笑みを浮かべ、彼女に向かって手を伸ばしている姿は、外見だけなら確かに誰もが憧れる存在だ。
「セレーナ、今日も君は美しい。こうして君と会えるなんて、僕は幸せだよ」
甘い言葉。しかし、その裏にある偽りを、真奈美は一瞬で見抜いた。彼の作り笑い、虚ろな目、そして表面的な言葉の選び方——全てが「演技」であることがわかる。
(この男、本当にクズね)
真奈美は内心で冷笑する。この男がどれほど外見に頼っているか、その内面がいかに空虚であるかが、手に取るように感じられる。そして、何より彼の焦りと下心——それが透けて見えていた。
「……そう。ありがとう」
彼女は冷静に微笑んで返した。従来のセレーナなら、ここで彼に舞い上がり、そのまま破滅に向かって一直線だっただろう。しかし、今の彼女は違う。この婚約は——。
「君との結婚も、きっと祝福されるだろうね」
「そうね……でも、その前に一つ、確認したいことがあるの」
真奈美は、優雅にカップを持ちながら、にっこりと微笑んだ。その笑顔の裏には、冷静に張り巡らされた計画があった。
彼女の目は、アルトのわずかな表情の変化や仕草を逃さない。先ほどの甘い言葉の裏に、何かを隠そうとしている気配が読み取れた。
「アルト様、実は最近……あなたのお屋敷が少し賑やかになっていると耳にしましたが、何か特別な理由でも?」
「……セレーナ、なぜそんな話を?」
真奈美の言葉に、アルトの顔が一瞬、固まった。呼吸が浅くなり、目が一瞬泳いだ。
彼はすぐに笑みを作り直そうとしたが、そのわずかな動揺を見逃すことなく、 真奈美は続けた。
「いえ、あまり贅沢をされると、結婚前に妙なウワサが立つのも困りますから」
その質問に、アルトはさらに動揺を隠せなくなった。頬がわずかに引きつり、手が震えているのが見える。
(よし、効いてるわね)
彼の偽りの笑顔が、少しずつ崩れ始めているのを感じた。これが真奈美にとっての最初の一歩。
磨き抜かれた洞察力を駆使し、このクズ婚約者、そして陰謀のシナリオとの戦いが、今始まるのだ。
(ざまぁフラグ?そんなもの、絶対に私は回避してみせる!)