第12話:婚活なる復讐の狼煙
舞踏会の翌朝、セレーナは邸宅の書斎にこもっていた。
豪奢な部屋に積み重なるのは、フォルスター家とベルトラム・オーヴィルが交わした契約書や手紙の山。それを片手に、セレーナは冷静な目つきで次々とページを捲っていく。
(忌々しいベルトラム……奴にも弱点となる何かがあるはず)
昨夜の舞踏会、華やかなダンスの裏に隠された権力者たちの策略。そして、舞踏会が終わった後にベルトラム・オーヴィルとの会話。彼の不遜な態度と、セレーナとの陰湿な過去の記憶が脳裏を駆け巡っていた。
——『お前はフォルスター家の道具だ。お前に選択肢はない』
あの言葉が耳元に響き渡ったとき、体が凍りついたように感じた。ベルトラムの下劣で冷酷な視線が、自身の存在そのものを無価値なものと断じるようだった。
(昨夜の……ベルトラムのあの言葉、忘れるものですか)
心に刻まれたベルトラムの無礼な振る舞いと、セレーナとして生きていた過去の記憶がフラッシュバックのように蘇る。だが、今の彼女はただの被害者ではない。真奈美としての冷静な思考と、現代の知識を生かし、この状況を逆手に取る決意を固めていた。
(これまでセレーナが耐えてきた屈辱を……あいつにも味合わせてやる)
「厄介なのは、多くの権限を持つ貴族院議長という地位……まずはこの男の権力基盤を崩す弱点を探らないとね……」
書斎の机には、フォルスター家の古い書類が山積みにされていた。彼女はベルトラムがどのようにしてフォルスター家を操り、またバイオレット・グレイスフィールドの一族と敵対してきたのか、その足跡を追っていた。古い契約書、手紙、そして家系図。これらすべてを検証することで、ベルトラムが築き上げた権力基盤の裏にある秘密を探り当てようとしていた。
「彼の手口は単純だけど効果的。政略結婚を利用して、自分の勢力を拡大してきたのね……」
セレーナは資料の中から、ベルトラムが過去に多くの貴族同士の結婚を仕組んでいたことを確認した。自分に従う貴族同士を結婚させ、影響力を固める。さらには、反対勢力に属する貴族が拡大するのを阻止するため、彼はフォルスター家を利用してきた。
「つまり、セレーナとアルトの婚約も……この一環だったわけね」
バイオレットとアルトを結びつけることを妨害し、フォルスター家の力を強化する代わりに、ベルトラムは自分の権力基盤を強化しようとしていた。彼の策略は成功したように見えた。
——だが、その裏で、彼が見落としていた事実があった。
「アルト・デュラハンのお家事情は破産寸前……そのことをベルトラムは知らないってことね」
仮にこのままセレーナがアルトと結婚し両者が没落した場合、デュラハン家とフォルスター家という強力な貴族を失い、ベルトラムの構想は崩壊することになる。
皮肉にも、シナリオ通りにセレーナが悪役令嬢として『ざまぁ』没落すれば、黒幕だったベルトラム自身も権力基盤を失う運命にあったのだ。
「私が悪役令嬢として破滅することで、この男が失脚するだなんて……本当に皮肉な運命よね」
セレーナは一瞬、ため息をついた。
(結局、悪役令嬢セレーナは家族の犠牲として扱われ、ベルトラムの駒として生き、最後は全てのカタルシスを背負って破滅するのね)
セレーナは無意識に拳を握り込んでいた。
——冗談じゃない……そんなの許せない。
セレーナは書類を一通り確認し終えると、立ち上がって窓の外を眺めた。青い空が広がり、冷たい風が木々を揺らしている。
「どうして運命は私をセレーナとして選んだの……何を求めてるのよ」
——私が真奈美としてここにいるのには何か意味があるはず。この運命をどうにかして変える方法を見つけるのよ——
フォルスター家を守りながら、ベルトラムを失脚させるための策。セレーナは頭の中でいくつものシナリオを組み立てていたが、どれも決定打に欠けていた。彼の権力基盤を崩すには、もっと効果的な方法が必要だった。
その時、セレーナはふと、資料の中に記された貴族たちの名前を見つめていた。
「私にしか出来ないこと……私の存在する意味」
(そうか……ベルトラムが政略結婚を使って勢力を拡大してきたのなら、こちらもその手を使い貴族社会の相関図を一気に変えてしまえば……!!)
その瞬間、セレーナの頭の中で『政略的な婚活』という新たな戦略が浮かび上がった。
「これが、私にこそ——出来る策よ」
彼女は天才婚活カウンセラーとしてのスキルが、ここでも活かせることに気づいた。この異世界に転生してから、政治や陰謀に巻き込まれながらも、自分自身がどう動くべきかを常に模索してきた。
前世の真奈美が誇った成婚率95%という能力は、転生後にさらに『強化』され研ぎ澄まされている。
(前世で達成できなかった成婚率100%……ここでやってやろうじゃない)
「私が、この世界の婚活事情を変えてみせるわ」
セレーナは再び机に戻り、ベルトラムを中心にした貴族社会の相関図を書き出した。彼がどの貴族とどのような関係を築いているのか、それがどのようにして影響力を広げているのか。そして、どの結婚が鍵を握っているのか——すべてを整理し、彼の力を崩すための糸口を見つけ出そうとしていた。
(重要なの組み合わせ、つまり思惑の一致するマッチング……婚活と同じ。そこへ至った理屈があるはず。ベルトラムの裏をかくには、秘密裏に私が優位に立つ組み合わせを作ること……)
その時、軽いノック音がして扉が開いた。アリサが紅茶を運んできたのだ。
「お嬢様、お疲れでしょう。少しお茶をお持ちしました」
アリサの明るい声が、緊張感に包まれた書斎に響いた。その無邪気な笑顔を見て、セレーナは一瞬、思考が途切れた。
「ありがとう、アリサ」
セレーナは微笑みを浮かべながら紅茶を受け取った。だが、アリサの何気ない言葉に、思わず笑いがこみ上げてきた。
「お嬢様、最近はとてもお忙しそうですね。どうかあまり無理をなさらないでください。私、少しでもお手伝いできることがあれば……」
セレーナは軽くため息をつき、紅茶を一口飲んだ。
「アリサ、ありがとう。でも、こればかりはあなたに手伝ってもらうことはないわ」
アリサは心配そうな顔をしながらも、セレーナのそばでそわそわとしていた。
「すみません……私はお嬢さまのように頭が良く無いので、お役に立てないですよね」
(この子……ほんと純粋で真っ直ぐね。こんなんでよくこの世界を生きてこられたわね……)
「あら、私はあなたほど上手に紅茶を淹れられないくてよ」
そう言うとアリサは、にぱぁと笑顔になり、顔を赤くしながら照れている。
「あの!もっとお紅茶おもちしましょうか?!」
「そういう意味じゃなくてね……」
セレーナはアリサの無邪気さに、少しだけ心が和むのを感じた。アリサの存在は、ドス黒い貴族社会の中で彼女にとって数少ない「隙」を作らせる存在だった。彼女の純朴さが、逆にセレーナにとって良いガス抜きになる。
(案外、彼女みたいな純真が、ドス黒い悪の天敵なのかもしれないわね)
セレーナはアリサの無邪気な姿を見つめながら、ふと思考が一つの方向に向かっていく。
(そういえば……バイオレットもアリサと同じようなタイプよね。純粋で、真っ直ぐで……)
——!セレーナは再び相関図に目を戻しながら、頭の中で計画を練り直す。
(バイオレット・グレイスフィールド。表向きの主人公令嬢……誰からも愛される純潔な令嬢……セレーナと対局の存在で……ベルトラムの天敵か)
セレーナはペンを置き、ゆっくりと立ち上がった。アリサの純朴さに一瞬ほっとした自分を感じながら、次の戦略が明確に浮かび上がった。
「ありがとう、アリサ。おかげでいい考えが浮かんだわ」
「え?わ、私がですか?それなら良かったです!」
アリサは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「……セレーナ婚活相談所……本日オープンよ!」
「お嬢様??婚活ってなんですか?」
そう決意を新たにしたセレーナは、書斎の扉を開けて外の光を浴びた。
「アリサ、これからバイオレットに会いに行くわ。執事を呼んでちょうだい」
次の一手が、すでに彼女の頭の中で動きだしていた。




