表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

壱 鎖と楔




 いつもと変わらぬ日常。


 シャン……。

 シャン………。


 今日も何処かより響く鈴の音。

 ―――死の奏でる音色は、切なく……甘く。


 シャン…。

 シャン……。


 微かな余韻をこの耳にのみ残して、消え去る。

 決して触れることの許されない地への旅立ち。


 私たちだけにしか聴くことのできない旋律だから。

 確と聞き届けよう。


 最期の音を。

 

 耳からではない。脳に直接送り込まれてくる特殊な音。さっきからやけに五月蝿いと思ったら、真っ赤な消防車が三台、私の脇を走り抜けていった。その先に視線を向けると、遠くにもくもくと煙があがっているのが見て取れた。

「ねぇ聞いてる?」

「え」

 とんっ、と肩を叩かれ我に返る。

「全く。深麗香(みりか)ちゃんはいつもぼーっとしてるんだから」

 校章入りの学生鞄をリュックのように背負ったクラスメイトが、私の顔を覗き込んできた。そこでようやく、いつも独りで帰っているのに下駄箱でいきなりこいつに捕まり、何故か一緒に帰る破目になっていたことを思い出した。下校途中の考え事は、私の至福のひと時なのだ。邪魔をしないでもらいたいところだが、相手がこいつである時点でそれは叶わぬ願いだった。

 新谷早鳴(しんたにさお)。一言でこいつを説明するなら「馬鹿」。

「あなた、何で私についてくるわけ」

「えー。たまには深麗香ちゃんとお話してみたいな的な」

 イラつく。

「私はあなたと話したいなんて思ってないですから」

「うわー、噂通りの毒舌だね」

 そんな風に噂されてるのか。別にいいけど……微妙に傷ついているらしい自分が一番悲しい。

「そんな噂聞いてるなら、尚更あなたが私に用もなく近づいてくる意味がわからないのだけれど」

「用ならあったりするんですよ」

 笑った顔はまあ見る人が見れば可愛らしいと評価しないでもない出来だった。こんな様な顔のアイドルをテレビで見た気がする。興味ないけど。私にはただのアホ面としか映らない。

「用があるなら早く済ませてくれない?私は暇じゃないの」

 直ぐに本題を言わなければ無視して帰ってやろうと思った。確かにそう思ったが……こいつはあまりにもあっさりととんでもないことを言い放った。

「私、一遍死んでみようと思うんだ」


 ✻     ✻     ✻


 それはあまりにも突然で、ともすれば聞き流せるくらいの自然さだった。「明日のテストノー勉で挑もうと思ってるんだ」というカミングアウトと同じほど日常に溶け込んでいた。しかしその内容は、絶対に自然じゃない。

 直ぐ隣を歩く新谷は、くるりと内側にカールした自身の髪を玩んでいる。ほんの数十秒前にとんでもない発言をした張本人であるにも関わらず、別段変わった様子もない。普段どおりの、今時女子高生だ。さて、私はどうしたらいいのか。

 いっそ本当に聞き流してしまおうかという名案が脳裏を過ぎったその時、ぱっと新谷が私の方を向いた。

「深麗香ちゃん、私の鎖になって」

「―――は?」

 思わず立ち止まり、新谷の顔を見詰めてしまう。鎖になれ、なんて意味がわからない。

「えっと…イマイチ話が見えないのだけれど」

 困惑する私を、あろうことか新谷はスルーして、歩き出してしまう。仕方なく私も追いかけるように止めていた足を前に出す。

「深麗香ちゃんってさ、霊感あるらしいじゃん」

 会話の主導権は、今や完全に新谷のものだった。深く考えることが馬鹿らしくなり、素直に頷いた。誰から聞いたか知らないが、確かに私は霊――死者の“音”が聴こえる。

「それって、『清士』の力でしょう」

「……!」

 『清士』のことは誰にも話したことがない。教えるわけがない。知っているのは、私の家族――大黒家の者達だけであるはず。

「どうして、そのこと……」

 大体、普通の人が『清士』という者達の存在自体、知っているはずがないのだ。知ってはいけないのだ。

 清士。広辞苑には、「清廉の士。心が清くて私欲のないこと。廉潔」とある。私の一族は遥か昔から、正にこの名が表すように私欲なく身を尽くして人々のためにあることをしてきたのである。

 このことを知っているのは大黒一族だけ……いや、もうひとつだけ、可能性があるではないか。

「まさかあなた、『志士』なの……?」

 新谷は笑顔で「正解」と答えた。

 ―――明らかに作り物の笑顔で。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

この作品には続きがございます。

ぜひ次のお話もお読みいただけますと幸いです。

感想もお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ