私の話
エピソード8
エレベーターが降下し始めてから、どれほどの時間がたったのだろう。
私は流されるまま、センタータワーの最下層へと下り続けていた。
頭の中がぐるぐるする……。
いきなり、「あなたが知っている情報は、全て間違っています。」と言われたのだから当然なのかもしれないが。
ウサギとの会話で気がほぐれたものの、沈黙により私の考えは再びマイナスな方へと傾きかけていた。
「少し……私の話でも致しましょうか。」
その気配を感じ取ったのか、マスターが沈黙を破った。
「私は、今年で38歳になりまして。ここの所長として働き始めてから20年目になります。」
少し意外だ。もう少し年上かと思っていたけど。
「ずいぶん若くして、所長になられたんですね。」
所長は少しだけ苦笑したが、すぐに私に微笑みかけた。
「私は、先ほどの話に合った、生き残った人類直系のものでして。生まれながらに、この塔での生活が義務付けられていたんですよ。」
「この中の人たちはみんなそうなんですか?」
「はい。物心つく前から、各々の役割に沿った教育を施され、任務を継ぐためだけに生活しています。」
それってなんだか、……うまく言葉にできないけど。
心の奥に、ざわざわとした感覚が広がったが、なんとなくそのことに触れるのはマスターに対して失礼な気がした。
「マスター達が人類の直系ってことは、私たちはいったい何なんです?」
取り繕うように、ふと湧いた疑問を投げかけた。
「あなた方も、遺伝子的には彼らの子孫と言って差し支えありませんが――。」
やけに、遠回しな表現だな。
と思った。
するとマスターは、少しだけ考えるような仕草をした後、やがて決意を固めるように言葉をつづけた。
「――これは、これからあなたにしていただく任務にも関わりがあるので、正直にお話しさせてください。」
そして、真剣な面持ちでマスターは言った。
「あなた方、地表で暮らす人々は皆、いわゆる『デザイナーベイビー』なんです。」
「人工的に作られた……ってこと?」
「完全な人工物というわけではありません。あなたは間違いなく、ご両親から遺伝子を受け継いで生まれました。」
その言葉に、どこかほっとしてしまった。
この感覚は何なんだろう?
「ですが、母体が検診を受ける度、我々は少しづつあなた方、地表で暮らす人々の遺伝子に改良を加え、人類の進化を促進させていったのです。」
マスターが語る、ウサギによる人類救済の計画は、こういった内容のものだった。
コロニーの建設によって人類という種の保存には成功したが、それだけでは終わらない。
それはあくまで、時間稼ぎであり、塔に残る人々はその維持に尽力する。
その間、地表で暮らす人々が、インフラ整備を行いながら、「遺伝子を書き換えられる人間」として生活をすることになったという。
そうして改良を繰り返し、桜に対抗する手段を持った人類へと進化する。
「その、対抗手段をもった人類が、私ってことですか?」
まったく実感がわいてこない。
「はい。あなたは我々人類が持ち合わせていなかった、ある能力を持って生まれてきたんです。」
「ある、能力?」
そう口にしたとき、エレベーターは音を立て、下降をやめた。
「続きは、『彼』の前でお話ししましょう。」
エレベーターが開かれ、二人で外に出た。
そこにはもう一つの扉があり、マスターは、横にあるパネルを操作して、その扉を開く。
「この先に在るのが、我々人類を滅亡の危機に追いやった元凶。」
扉が開くと、中から土の匂いがした。
「そして、人類最後の『希望』です。」
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