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アンユの日記~Pollen・Allergy・Lover~  作者: 昼場まなと
第一話「アンユの日記」
6/42

空を舞う光景

エピソード5

「いやもう、今朝は最悪だったんですよー。」


 この日はさすがにお酒は控えようと思ってはいたのだが、結局マスターの料理が食べたくなって、夜にはお店にやってきてしまっていた。


「仕事だって、やればやるほど新しいのが追加されて、そりゃもう大変で。」

「アンユッチも、ちゃんと社畜スねー!!」


なぜお前は、また隣に座っているのだ?あと「アンユッチ」ってなんだ。


「いや、ウサギはキャッチ行きなよ。」

「ようやくできた常連さんを、『おもてなし』するのも大事な仕事じゃないスかー。ネっ?マスター。」

「うちのウサギがすみません。こちら筑前煮でございます。」


マスター、ウサギに甘すぎん?


 こうして、この夜も美味しい料理に舌鼓を打っていた。


「あ、そろそろアレください。「花のおひたし」。」

「うぃ!『おひたし』入りまーす!」


 ウサギは私が注文をするたび席を外しては、店の雰囲気をぶち壊すようなコールをしていた。


「そういえばマスター。この花って何て名前なんですか?データベースに乗ってなかったんですよね。」

「そうなんですか?この植物はつい先日発見されたばかりなので、まだ申請されていなかったのかもしれませんね。」


 そんな話をしているうちに、ウサギが小鉢を二つ持って帰ってきた。

ひとつは私の前に出したが、もう一つは自分のところに置く。

そして、そのまま席に着き、ちっこい手で器用に箸を使っては、おひたしを口に運んでいった。


いや、お前も食うんかい。


「この花は『サクラ』と呼ばれています。」

「サクラ?……なんだか不思議な響きの名前ですね。」


 私も、「サクラ」を口にする。


うん。やっぱり、すごく美味しい。


「あぁ、でもやっぱりこれ食べるとお酒が欲しくなるなー。」

「スよねー!どうしましょ?いっちゃいまスか?」

「うーん、どうしようかなー。」


 味付けによるものもあるのだろうが、特にこのめしべ部分のほろ苦さがビールとよく合っているように思った。


「これ食べながら、酒ナシはありえないスよ。つか自分も飲みたいんで良いスか?」


いや、お前は飲むな。


「えー、じゃあ一杯だけもらおうかなー。ビールでお願い。」


 こうして、ウサギの巧みな(?)話術に負けて、私はお酒を頼んでしまった。

ウサギは相変わらず仕事だけは早く、すぐにグラスを持ってきた。


「お待たせっしたー!それじゃあ、あらためてアンユッチの社畜人生に――。」


 当然のように、ウサギは自分のビールも注いできたようで。


「――かんぱーい!!」


 軽くグラスを合わせると、静かな店内にチンという音が響いて。

なんだかんだ楽しい気分のまま、私はお酒をあおるのだった。




 ここで、私の意識はぷっつりと途絶えた。




お腹がカユい……。


 私はこの感覚を、知っている。

この痒みは、やがて私の全身に広がり、そうして私は目が覚める……。


 これは、そういう夢だったはず。


 やはり痒みが食道を上る。

だから、この後口の中まで到達し、そして表面に来るはずと、心構えを済ませる。

目が覚めるまで、ただただじっと耐えようと覚悟をすると……。


「はくしょんっ!!」


 予想に反し、くしゃみがでた。

しかし私が驚いたのは、前に見た夢と違う展開だった事ではなく。


……なんなの、これ。


 自分の口から吐き出された、おびただしい数のサクラが空を舞う光景だった。

空中のサクラは金属片のようにキラキラと輝きながら、いつまでも揺らめいていた。




 そして、再び、意識を取り戻す。




 白い天井には、強い光が私の目を貫くように灯っていた。

とっさに顔を背けようとするが、頭が拘束されているようで、それを阻害する。

瞳だけ動かし、自分の体の方を見る。

そこには天井と同じ、白で埋め尽くされた壁の中、手足を拘束され横たえられている私の体があるだけだった。


「適応者、巴野アンユの覚醒を確認。」


 部屋の中に、冷たさを帯びた女性の声が流れた。


なに、ここ……病院?


 しばらくして、私の頭上の方で、プシューという音がして、人の入ってくる気配を感じた。


「システムは問題なく稼働しているようですね。……アンユさん、ここは病院ではありませんよ。」


 動けない私にも見える位置までやってくると、「マスター」は私に向かって語りかけてきた。


「体の調子に問題はありませんか?」

「え?……あ、えーと。」


調子っていうか、まずこの拘束されてる状況が分からない……。


「……そうですね。まずは、拘束具を解きましょうか。」


 あいかわらず優し気な表情で、マスターが手に持った端末を操作する。

カチャリと音を立て、すべての拘束具が外れた感触がした。

しかし、すぐには起き上がる気になれず、私は首だけを回して、自分の体の感覚を確かめた。


べつに、どこも痛くないし。なんならスッキリ目が覚めた後みたいに体が軽い?


 自分の身に何があったのか思い出そうとして、意識を頭の中に集中させる。


昨日は、結局お店に行って、マスターの料理を食べて……。それから。


「アンユさん。安心してください。」


 声に意識を戻されてからも、私は黙ってマスターを見つめていた。


「状況は順を追って説明します。ですが、まず結論から申し上げますと――。」


なんだかマスターの目って、私のお父さんと似ている気がする。


 ぼんやりと顔を見ていたら父の事を思い出してしまった。


そういえば、おにぎりのお礼してなかったな……。


「――あなたには、人類を救っていただくことになります。」

ここまでのエピソードで、所謂「第一話」となります。

続きとなるエピソードも投稿いたしました。

よろしくお願いいたします。

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