お気に入りの店
エピソード3
店内は明るすぎず、暗すぎず。外観と違わぬ、落ち着いてお酒が楽しめそうな空間が作られていた。
中には他にお客さんらしき人はおらず、しかし返ってそのことが、空間の贅沢さを増しているように感じられた。
「いらっしゃいませ。」
カウンターにいる、店主らしき、壮年とみられる男性が頭を下げた。
手を前で軽く合わせて、ゆったりとお辞儀をする仕草は、店の雰囲気とよく似あっていた。
良かった、お店自体はまともそう。
座席は完全個室とカウンターになっているようで、一人で個室にこもるのもどうかと思ったし、この男性が相手なら安心して話せそうだと、カウンターに座ることにした。
「マスター、ドンピシャでしたよ!こちらのおねぇさん、ばっちりお酒求めちゃってまスから。あ、こちらメニューっス。」
お前はとっととキャッチに戻れ。
と、渡されたメニューは、ドリンク・フードともに充実したものであった。
が、涼しい夜道とはいえ歩き回っていたこともあり。
「とりあえずビールでお願いします。」
と流し見で注文をして。
「あと、速めに出せそうなものでオススメはありますか?」
我ながらこなれた感じに注文できた気がする。
などと悦に入っていた。
「それでしたら、当店オリジナルの『花のおひたし』がございますよ。」
「花?」
「ええ、第三地区で栽培された新種の植物なんですが、やや肉厚の花びらが可食部となっていまして。知り合いから直接卸していただいてるんです。」
そんなのあったっけ?会社のデータベースで調べてみよう。
「へー!面白そうだし、それでお願いします。あとは、……。」
と、他にも面白そうなものがないかメニューに目を落とそうとしたのだが。
「うぃ~!そうなると思って、すでにご用意してました~。」
ウサギがグラスビールと小鉢を、私の前に持ってきた。
相変わらず、見透かされているようでイラっとはしたが、仕事の速さに普通に関心したところもあった。
「……どうも。」
生意気なウサギにも、最低限の礼儀を欠かさない自分を褒めてあげつつ、小鉢の中を見る。
そこには、なんだか上品な薄紅色をした花のお浸しが盛られていた。
店内の照明を反射するように、つやつやとした光沢を放っていて、それが単純に料理としても丁寧に作られていることをうかがわせていた。
「わぁ!美味しそう!!」
マスターを見ると、「どうぞ」と言う代わりのように優し気に目を伏せて、軽く会釈をした。
私も、我慢ができずビールを一口だけ含むと、続けざまにそのお浸しを口に運んだ。
食感はほうれん草のようにやわらかで、歯で噛むと優しい花の香りが鼻に抜けていった。
ほんの少し塩味が付けられていて、噛むほどにみずみずしさと、その香りがあふれてくるようだった。
おそらくめしべであろう部分には、ほろ苦さとほんのりとした甘さがあって、それがアクセントとして花の味を引き立ててくれていた。
そしてホップがきいたビールとの相性も良く、私はそのまま一気に、一皿を平らげてしまった。
「え!これすごく美味しいです!」
受けた感動をそのままに、マスターへ感想を伝えると、なにか料理を盛り付けながら「ありがとうございます。」と控えめに答えてくれた。
「でしょ!!これマジでイケちゃいまスよね?で、次のお飲み物はどうしちゃいましょう?」
いや、お前には言ってないんだが。
気づけば、グラスも残り少なくなっていた。
一品でお酒も空けてしまうとは、私にはピッチが速すぎるとも思ったが、それほど料理が素晴らしかったのだろう。
「というか、何で隣に座る?」
あろうことか、どうやって上ったのかも気づかぬうちに、ウサギはスツールの上でその短い脚を放り出していた。
「良いじゃないスか。一人じゃ寂しいかと思って、お相手させて下さいよ。マスターも今日はもう良いスよね?」
という、「一応」と言わんばかりの態度でマスターに指示を仰ぐと。
「うちのウサギがすみません。こちらお通しの『はちみつクリームチーズ』でございます。」
「あ、これも美味しそう。」
じゃなくて、そこは止めてほしかったが。……まぁいいか。
料理は申し分なく素敵だし、適当に話す分には、このウサギが相手というのも、気が紛れていいのかもしれない。
「それじゃあ、ウサギ!君の考える『私にピッタリのお酒』を持ってきて。」
すでに酔いも回り始めているのか、簡単に気が大きくなった私は、考えることをやめてお酒を楽しむことにした。
ウザガラミには、ウザガラミを。
歴史にあった「ハムラビ法典」にも、きっとそう書かれているに違いない。
こうして、私の社会人一歩目となる「お気に入りの店」は決まったのであった。
エピソード4も投稿いたしました。
よろしくお願いいたします。